第19話 茉優と仲直り
雫を送った後、俺は家に入る。
体は既に冷えきり、いま出ていった雫が少し心配だけどまずは自分の心配もしなくちゃな。
「はぁ、はぁっ、ハアックションっ!」
俺は大きなくしゃみをする。鼻水も勢いよく出てきてもう最悪だ。もしかしたら、風邪を引いたかもしれない。
週末は週末で国からの用事とかで忙しそうなので風邪なんて絶対に引けないんだけどな。
それに、風邪が悪化し学校を休むことにでもなったら……皆と……雫に会えないじゃないかッ!そんなこと、絶対に嫌だ。
「よし、すぐに風呂に入るか…!」
俺は床を濡らさないように自分が使ったタオルで足裏の水分を拭き取り、浴室まで急いで行った。
制服はかすみさんが乾かしてくれると思うので、ハンガーに掛けておき下着などは俺専用のカゴに入れた。
そして、浴室に入る。
☆☆☆
「うぃぃぃぃ。気持ちぃぃぃぃなぁぁぁ。」
おっさんみたいな声を出して湯船に浸かる俺。
冷えきった体を温かいお湯が一気に温めてくれる。
家の風呂は手足が充分過ぎるほど伸ばせて、ちょっと泳げるくらいの規模の大きさだ。
まあ、広くて気持ちいいのだけど何処か落ち着かない。元々、俺は狭いところが好きな庶民的な人間のためだ。手足はあまり伸ばせないし狭いけどあの落ち着く湯船にいつかまた入りたいものである。
「ふぅ……怒涛の5日間。長いようで短かったな……」
全身で湯を堪能しながら考える。
この世界に転生して初めての学校。それは俺が思う学校とは全くの違うものだったけど、楽しくやれていて毎日がとても楽しい。
まぁ、勿論大変な事も色々とあるけどね。
今日はいつもより長めに湯船に浸かって俺は風呂をあがるのであった。
☆☆☆
俺が洗面所から出ると、俺のパジャマとバスタオルが畳まれて置いてあった。
恐らくかすみさんだ。俺が風呂に入っているときに用意してくれたのだろう。
ありがたい。
「よし。風呂も入ってリフレッシュした事だし、その良い気分のまま宿題もぱぱっと終わらしておくか。そうすれば土日が楽になる。」
俺は着替えて自分の部屋に移動し、カバンを開ける。俺のカバンは防水仕様で表面を軽く拭けばすぐに乾く万能なやつだ。なのであんな雨なんてもろともしてないし、中の教科書なども全て無事だ。
カバンから宿題の道具を取りだし机に座って宿題をやろうとペンを持った時……
……あ!
俺はふと気付く。
「そうだった。今日時計を壊しちゃったんだっけ……」
俺は時計のことを思い出す。
時計のことをきちんと報告してちゃんと謝らないと……
俺はお母さんに言う誤る言葉を頭で考えながら時計を探す。
家に着いた時に、時計が壊れているのを雫に言われて気付いた。その時には確実に俺の手首にあったためあるはずなんだけどなぁ。
あれ?………あれれ!?無い。………無いッ!!!
俺の……大事な時計が無いッッ!!??
カバン、制服、そして玄関。部屋から出て、至る所を探しても時計は見つからない。
な…なんで?確か………………え、でも?
俺はお母さんに言う言葉を考えるのも忘れて、必死にさっきの出来事を思い出し、ようやく時計の行方を知る犯人を特定した。
雫…か?いや雫しかいない。
間違って持って行っちゃったんだな……
これじゃあ、お母さんにまだ報告する事がまだ出来ないな。
壊れた実物がないのに「時計、壊れたから買って」なんて言ったら[この時計飽きたからまた別のを欲しがっている]と思われる。お母さんはそういうのを感じる所があるから絶対にそう思う。つまり、お母さんの俺への愛情を傷つけてしまう。
俺は1度死んで転生した親不幸者だ。なので、新たなお母さんだけは絶対に、絶対に親不幸にはしないと心に決めている。なので雫に時計を返してもらうまで時計の事は黙っていて改めて言う事にした。
☆☆☆
次の日の土曜日。
「…………………暇だ。」
宿題もさっき終わり、特にこれといった趣味も無い俺は暇を持て余していた。
「あーあ、学校で本でも借りてくればよかったなぁ。」
電子機械に疎い俺は、電子書籍を上手く使いこなせず断念していた。やっぱり紙の本を読みたいのだ。
現代人では普通ありえないことだろうけど……マジなのである。サッカーをやりすぎてしまった前世のツケである。
あ、確か学校には大きな図書館があって様々な本があるらしい。今度行ってみてもいいかもしれないな。余裕がある時……だからしばらくは行けないかもしれないけど。
───ボンッ!ボンッ!ダダンッッ!!!
「ん?何だこの音?……外から激しめの音が聞こえるけど…………外で爆竹とかでもやってんのかな?」
外から何かが壁にぶつかって跳ね返るような音が聞こえた。その音は、俺の頑丈で家の奥の方にある俺の部屋まで聞こえてきているのでそれなりに大きい音が出ている事が分かる。
まてよ……この音?聞いた覚えがある。
俺の記憶に微かに残るこの音が俺の興味を沸き立たさせる。
俺は窓から外を見てみると……!?
ポニーテールに髪をまとめた茉優がサッカーボールを蹴っている姿が俺の目に入った。
スポーツウエア姿の茉優からは、真剣さと必死さがひしひしと伝わってくる。
茉優は全国1位のチームのキャプテンを任されるほど、サッカーが上手いらしいので一つ一つの動作が綺麗で洗練されている。絶え間ない鍛錬を積んでいる事が分かった。
……というか、初めて茉優のサッカーをしている姿を見たけど、すごいなぁ。あんなにも今も昔も可愛い妹だったのに、サッカーをしている時だけは俺に見せたことの無いくらいカッコイイっ!
茉優がサッカーボールを蹴っている姿を見て、俺も何だかボールを蹴りたくなってきた。 今まで転生して以来サッカーボールを蹴ったことが無くうずうずして、しょうがなかった。
1度だけさりげなくお母さんに頼んでみたけど、まず男は運動をすること自体がタブー見たいなそうで全力で止められた。なので、ボールを蹴るという行為を断念していた。
まぁ、聞いたのは小学生ぐらいの年齢の頃だ。今はもう高校生。体も程よく鍛え、ちょっとやそっとでケガはしないし、大丈夫だろう。
そう判断し、俺はかすみさんがオーダメイドで作ってくれた服の中で動きやすそうな服をチョイスし、タオル2枚を持って外に出た。
今日は快晴、昨日が雨だったこともあり少しだけ水溜理があるけど、十分なサッカー日和である。
茉優がボールを蹴っていた所は……門から正反対の方の庭。俺がほとんど行ったことのない場所だ。
茉優は既に壁当てをやめ、リフティングを行っている。
俺が近くに行っても茉優は気づかず真剣にリフティングを淡々とこなしている。滑らかな動きで左右交互に一定の高さ、一定のリズムやっている。
これは邪魔してはいけない。
俺は茉優のリフティングが終わるまでぐっと蹴りたい気持ちを抑えながら待つ。
──数分待ち、やっと終わったのか茉優は息を切らしながら、サッカーボールを地面に転がし近くにあった長椅子に腰をかけて水筒を飲み始めた。
汗は垂れ、スポーツウエアをパタパタさせ体に風を送っていた。タオルを忘れたのだろう。
妹の姿で興奮とかはしないけど、女の子なんだからもっと、そういう事にはしっかりとしてて欲しいな。
「茉優、お疲れ様。はい、これ。」
俺は気さくに声を掛ける。
「う!?うわぁぁっっ。お、お兄ちゃん!?何で?」
茉優は飛び起き、焦る。
焦りすぎて転んでしまうほどに……
「はは。気づいてなかったの?集中してた証拠だね。」
俺は茉優を立ち上がらせ、タオルを渡す。
「あ、ありがとうお兄ちゃん。」
素直に茉優はタオルを受け取り、汗を拭く。
今の茉優にはさっきまでのカッコイイ茉優では無く、いつもの可愛らしい茉優だ。
「でもどうして……?お兄ちゃん、勉強してたんじゃないの?」
「あれ、よく知ってるね?」
普通、男は勉強しない……そういうイメージがこの世界で定着している。男というだけで勝ち組なので勉強をしなくても、働かなくても自堕落な生活を送れるだ。
まぁ、もちろん俺は勉強をする。後々は働きたいとも思っている。そのために勉強はやっていて損ではない。
俺は“頭がいい”とい事はクラスや学校の人は課題テストの事で知っているかもしれないけど、家族の茉優は知らないはずだと思うんだけど?
「あぁ、うん。何となく。そうなのかなって。」
「ふーん。そうなんだ。」
少しだけ嘘っぽい仕草をする茉優だったけど……あまり気にしない事にした。
「それで、お兄ちゃんどうしたの?こんな汗臭い所に?」
ここは茉優の練習場という事もあってか、外でも少しだけ汗臭い。でも、別に気にならない程度だし今の俺の頭の中はサッカーしか無かった。
「たまには体を動かしたくてね。茉優が外でサッカーをしているのを見て俺もやりたくなったんだ!」
「そっか。」
茉優は少し不機嫌そうになって俺を見つめる。
本当は、茉優目当てで来て欲しかったのかな?
まぁ、いいや。
俺は転がっていた、サッカーボールを右足のつま先でポンと持ち上げ、右足のインサイドに軽く乗せる。
「ほぉ、よ、ほぉっと、と。」
自分の記憶を思い出しながら軽くリフティングをしてみる。右足、左足、右膝、左膝、胸、頭の順にリフティングを重ね、順々にそれをループさせる。まだ、全盛期には程遠いが転生して初めてのサッカーでこのぐらい出来ればまぁ、及第点だろう。
しばらくの間ボールを蹴り続け、
「やっぱり難しいけど……楽しいな。」
久しぶりのこの“運動をしている!”という感情は俺の精神的な疲労を消し飛ばし、頭をクリアにさせてくれる。でも、こんなに急に体を動かしたら明日は筋肉痛になってるかもな。
少しばかり調子に乗りすぎたかな?と後悔をするも今の俺は楽しさで頭がいっぱいだった。
「それで、どうかな?日本一のキャプテンの目から見て俺ってどんなものかな?」
俺は茉優に自分の実力がどのぐらいなのか聞く。
まぁ、元々本気でサッカーをする気では無いし男と女では筋肉の量もガタイも色々と違うから比べるのは間違っていると思うけど……
「…………………………………」
「茉優?どうかしたの?ぼーっとしてるよ。おーい?おーいって、」
ちゃんと、茉優に聞こえる声で言ったのに反応が無い。なので、茉優に近づき手を目の近くでヒラヒラさせた。
「うひゃぁっ、ごめんお兄ちゃん。カッコよすぎて見とれてたよ。…………でもなんでそんなにサッカーが上手なの?……もしかして影で練習でもしてたの?」
ようやく反応を見せた茉優は顔を真っ赤にして慌てふためく。
「いや……、あ、うん。そう。そうだよ。」
そうじゃないと普通おかしいもんな。
「でも、すごいよ、お兄ちゃん!こんなに運動神経がいいなんて!サッカーのテクニックも本当にすごいし、初心者には見えないよ!」
「うっ、茉優顔が近いよ。」
茉優は興奮気味でずいっと俺に顔を近づけて来る。
今の俺はそれなりに汗をかいてるから汗臭いはずだ。なのであまり近づいて欲しくないんだけど……
「いいじゃん。別に。たまには妹にも甘えさせてね。……えいっ♪」
そう言って茉優は俺に抱きついてきた。
「ま、茉優……さん!?」
茉優の胸が俺の腕に吸い付くように当たる。茉優はまだ中学3年生なのにそれなりに胸に膨らみがある。なのでたとえ妹だとしても興奮してしまいそうになる。だが、俺は”お兄ちゃん“なんだ!鉄の心で耐え抜く。
「お兄ちゃん、カッコよくて優しくて……大好き。」
「そ、そう?ありがとう。俺も茉優の事が大好きだよ。」
茉優には好きな人がいるという事を知っている。だから俺には“妹”として、という風にしか聞こえない。なので余り、意味を気にせずに言葉を受け取り、返した。
「それって……本心?」
茉優は慎重に聞いてくる。
「あったり前だろ?俺は茉優の事が大好きなんだから。」
“家族”として……“妹”としてな。
「そっか……………………」
茉優は恥ずかしそうにしながら、笑をこぼす。
頬を赤面させながら、両手で顔を隠す仕草もする。
昨日までの茉優とは大きく違い、元のかわいい妹に戻った。兄妹喧嘩?みたいなのが嘘みたいだった。
自分でも分かる。俺のシスコンがどんどんこじらせていっていることに………
雫にもすぐにバレたんだし、直したいとは思っている。
いつかは茉優だって好きな人の男の所に行くかもしれない。そう考えると感慨深いものがあるけれど……
そろそろ俺も妹離れをしなければならない時期なのかもしれない。俺もその事は自覚している。
…………でも……まだ………もう少しかわいい妹を可愛がりたいのだ。
「それで…まだ、茉優はサッカーをするの?」
「あ、うん。そうかな。もう少しだけやろうかな。」
「わかった。さすがに俺は疲れたから休むよ。無理する必要も無いし。」
「うん。わかった。そうだ、…………ねぇ………お兄ちゃん。」
俺が立ち去ろうとした時、茉優から呼び止められた。
「ん?どうした茉優?」
「また……ボール蹴りに来てね。私、部活がない日は毎日ここで自主練してるから。」
茉優は必死にしゃべっている感じがした。
だけど、その誘いは俺にとってとても嬉しいものだった。
「うん!わかった。暇な時に行くよ。」
「うん。呼び止めてごめんね、お兄ちゃん。ありがとう。」
「いやいや、いいよ。茉優も自主練頑張ってな。」
そう言って俺は家に戻る。
息は若干切れ、汗もダラダラ。ふぅ……ゆっくりと休む事にしよう。
我が妹は、最高に可愛い。それだけが十分に分かった休日であった。
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