第18話 別に俺は露出狂ではない。


「ただいまー」


俺と雫はずぶ濡れの状態で家に入った。

家はいつもとは違い、静かで俺の声がよく響く。


数秒後、俺の声を聞いてドタドタと走ってくる音が聞こえた。


「お兄ちゃんおかえりーっ。………………え!?」


茉優はずぶ濡れの雫の姿を見て固まった。口をあんぐりと空け、今にも気絶しそうだ。

俺も茉優と同じように固まった。今は絶賛兄弟喧嘩中?で、茉優とは正直気まずかった。それでも茉優は仲直りをしようとしたのだろう……いつも通りに接しようと俺の事を迎えてくれたはずなのに──


茉優は涙をポロポロと落とした。

それは、“妹”としてのものでは無い。そんな気がするガチの涙だ。


「ううっ、お兄ちゃんの浮気者ぉっ━!」

「ま、待ってくれぇぇぇぇー、茉優っっッッ!」


茉優は叫びながら走って2階へ行ってしまった。


俺もすかさず追いかけようとしたが、ずぶ濡れだし雫の事を置き去りに出来なかった。


「……優馬、あなたってシスコンなの?こんな仲が良さそうな兄妹は初めて見たけど?」


不思議そうに雫は聞いてくる。

この状況で俺と茉優の仲が良さそうって思えるのか?


「え?いや、シスコンって……さ。」


シスコン……それは妹が大好きだということ。

く……………………ひ、否定できないッ!

よく考えると、俺は一切否定出来なかった。


茉優の事が大好きなのである。勿論、“家族”としての感情だけど。


「う、それはそうかもしれないかもね。」


雨で濡れているから冷や汗はバレないけど……

今の俺は冷や汗がドバドバと出ていた。


だって、初めて女の子を家に招き入れたら自分がシスコンだということがバレてしまったからだ……


「……そうなんだ、妹想いなのね。」


でも、なんだろう。雫はどことなく機嫌が良さそうだった。珍しく笑顔も見れた。


「って、茉優にタオルを持ってきて欲しかったな。」


流石に2人共このままだと、風邪を引いてしまう。

まだ、季節的にも寒い方なので普通に辛い。風呂にも今すぐにでも入りたい。


雫も俺と同じで、カタカタと細かく震え始めていた。


ずぶ濡れだけど、このまま家を濡らしてタオルを取りに行くしかないか……


「……所で、その優馬がしている時計…煙が出てない?」


俺は今まで、頭がてんやわんやで気付いていなかったが、俺の左手に着けているお母さんに貰った時計から真っ黒い煙がモクモクと出ていた。


「え………?うわッ!!??本当だッッ!!!」


俺は急いで時計を外した。燃えている訳ではなく煙が出ているだけだったので熱くはなかったが、そのため気づくのに遅れた。たぶん、雫に言われなかったらしばらく気づいていなかっただろう。


「え、嘘だろ嘘だろっ!」


時計は画面が完全にバグっていて、既に時計という役割は果たせなくなっていた。画面に何度もタッチしても何も動作はしない。

雨水で故障してしまったようだ。


「うう、せっかくお母さんに買って貰ったのになぁ………」

「……珍しく、防水じゃなかったのね。」


俺は項垂れる。大切に大切に壊さないように扱ってたのに……まさか、この時計が防水じゃないとは……完全に予想外である。


「……少し見せて。」


俺は何も言わずに雫に時計を手渡した。

雫はその時計を眺めたり触ったり色々としていたがどうやっても動かなくなっていた。


相当ガッカリした。だって……まだ1週間も付けていないんだぞ!

この時計って確か相当高かったと思うし、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


というか……この状況って相当やばいんじゃないのか?

ずぶ濡れな雫もいるし、時計も壊れちゃったし。

このままお母さんが帰ってきたりでもしら……大変まずいこととなるのでは……?


「っ………雫──」


俺はなるべく早めに体を温めて、時計を隠そうとした。お母さんは最近忙しいから、まだ帰っては来ないだろうから大丈夫であろうけど……


でも、そういう時に限って───


「ただいまー。優くんーいる?お母さんだよー!すごい雨だったね!大丈夫だった?………ってえッ???」


ちょうど良くお母さんが帰って来てしまった。

お母さんは勢いよく家のドアを開き、雫が視界に入った瞬間に固まった。茉優と全く同じ反応である。


「あ、あっと。えっとね、まずおかえりなさい、お母さん。それでさ……」


俺は茉優の様に話がズレないように、すぐに話を切り出そうとするが──


「──イヤぁぁぁぁぁぁッッ!!!ゆ、優くんが女の子を連れてきてるぅぅ。なんでぇっー、まだ入学して1週間経ってないのよぉー。それに、私はまだこんな女の子に“お義母さん”なんて呼ばれたくないわよぉー」


俺の言葉は、お母さんの悲鳴でかき消されてしまった。


「お母さん、落ち着いてよ!雫とはそんな関係じゃ無いから。雫はクラスメイトで雨で濡れたから雨宿りで家に招いただけだから…………」


お母さんは相当なショックだったのか俺の声が聞こえてないのかブツブツと何かを言い始めた。


「優くん………優くん………。私のかわいいかわいい優くん………」


まさに修羅場。浮気現場に婚約者が乱入してきたかのような感じだ。


雫は下を向いていて、なにも喋らなない。雫にもちゃんと説明をして欲しいんだけど……緊張しているのか!?


「1回、落ち着こう。ね、ね!」


俺は頑張って1人の力だけで、お母さんを落ち着かせようとしたが全くお母さんは聞く耳を持ってくれない。


「優く…………ん。」


そして、力尽きたのかお母さんが崩れ落ちた。


「え、お母さん…………?どうしたの?」


俺は咄嗟に受け止めようとしたが、すかさず後ろに控えていたかすみさんがお母さんを受け止めた。


このかすみさん。家の家政婦さん兼お母さんの助手?運転手?みたいなものをやっていて大抵お母さんと一緒にいる。


でも、俺はそのぐらいしか情報を持っていないという謎の多い人でもある。


そのかすみさんは黒いスーツ姿で珍しく仕事モードのようだ。


かすみさんはお母さんを受け止めつつ、真っ白なバスタオルを2枚俺に渡してきた。


「お母様には私から説明をしておくので、体を拭いておいてください。お風呂も沸かしておきましたので。」


簡潔に要件を言いお母さんを肩に担ぐ。

あはは……お母さん、白目を向いて気絶してるや…


「あ、ありがとうございます、かすみさん。助かりました。」


俺のお礼を聞き、コクっと一礼をしてかすみさんは奥の部屋へお母さんを担いで消えて行った。


「はい。これで体拭いて。体冷えてると思うから、なるべく水分を取って温まってね。」


俺は雫にそう言ってタオルを渡す。


「……ええ。ありがと。所で、なかなか個性的な家族なのね……」

「うん。俺も常々そう思うよ……………」


俺は頭にタオルを被せ、ゴシゴシと拭く。タオルはふわふわの感触で最高な仕上がりだ。それに吸収性も素晴らしく、かなり濡れていた髪もそれなりに吸い取ってくれた。


雫は制服の上着を脱ぎ、ワイシャツ姿になって体を拭いていた。


「………………………っ。」


ワイシャツは薄い生地なので、濡れると透ける。

うん………雫の水色のブラジャーがバッチリ透けて見えていた。


「あの……雫、前隠した方がいいよ……」


俺は咄嗟に手で両目を隠して後ろを向き、雫の現状を教えた。


「……っ。ありがと。」


雫は恥ずかしながら俺から正反対の方向を向き、隠す。


「……って、私なんかよりも優馬が隠した方がいいんじゃない?今、中々すごいことになってるわよ?」

「え、そう?」


雫に指摘されたので俺は今の自分の現状を確認する。


俺は今、雫と同じワイシャツ姿になっている。勿論、ワイシャツは透けているがそれがどうしたんだろう?

別に大したことは無いんじゃないのか?

そんな事よりも雫の方が大変だろう。


「別にいいんじゃないの?それぐらい。」

「……優馬って、そういう性癖とか、何かなの?」

「ん…………どーゆこと?」

「……だって男の優馬が肌を隠そうともしないし、そういう性癖なのかなと思ったのよ。」


あ、そうか……忘れていた。

この世界は男が圧倒的に少ないため男女の価値観が違うのだ。転生する前の世界みたいに普通に男が肌を見せたりしてはいけないのだ。


ってことは俺は露出狂みたいではないか!

そう思ってくると、心の中から羞恥心が溢れ出る。


「いやいや、違うからね。別に俺は気にしないだけだから。」


咄嗟に考えて理由を言ったけど、誤解されてないだろうか?少し不安だな。


「……そう。ならいいけど。」

「お、そうだ。雫、お風呂にでも入って行く?」


お風呂が沸いた音が鳴っていたので、雫を誘う。

もちろん、レディファーストでである。


「……お、お、お、お風呂!?優馬の家の?」


あからさまに動揺を見せる雫。反応を見てて面白いけど、流石に異性の家のお風呂は嫌かな?

彼女でも婚約者でもないのに……ハードルが高いかな?


「……ご、ごめんなさい。わ、私は、大丈夫よ。」

「そ……そうだよね。流石にね。」

「……ええ、お風呂もお借りしたら、悶え死ぬから。」


雫は申し訳なさそうに断られた。

何となく答えは分かっていたため、大丈夫だけど自分の考えの浅はかさに後悔する。


「ん?」


でも“悶え死ぬ”というパワーワードも雫から聞けた事だし…まぁ、よしとするかな。


「……いつの間にか外、晴れてるわよ。」

「お、ほんとだ。」


どうやら、雨は止んでいたようだ。

もう少し降っていれば良かったのに……そうすればもう少しだけ一緒にいられたのに、一緒にこの家にいる理由が無くなってしまった。


「……じゃあ。タオルありがとう。私は帰るから。またね、優馬。」

「う、うん。また。来週の月曜日にね。」


雫は俺に使い終わったタオルを丁寧に畳んで渡し、家を出て行った。俺は家の門の所まで送ったのだった。


☆☆☆


「……ふぅー。」


雫は優馬の家から少し離れた所まで歩き、深く深呼吸をする。


大雨が止み、所々に大きな水溜りができている帰り道。水溜まりを避けながら自分の家に向かう。

雫の足取りは軽く、今にもリズムを刻みそうな程だ。


ほんとに……優馬といると良い意味で心臓に悪い。


今日は……雫にとって初めての事が沢山あった。

優馬に優しく抱きしめてもらったり、手を繋いだり、頭を撫でて貰ったり、優馬の家にも入る事が出来た。今、それを思い出すだけで心臓の鼓動が早くなる。呼吸が荒くなる。顔が熱くなる……


体は雨で芯まで冷えきっているはずなのに……ここまで感情の変化だけで体が温まるなんて不思議でならない。


もう……完全に私は優馬の虜なのかもしれない。

いつも優馬の事を考えている。いつも優馬のことを見ている。もう私にとって“優馬”とはかけがえのない存在なのだ。


雫は一旦、頭を整理して自分の感情を認める事にした。


雫は制服のポケットからある時計を取り出す。それはシンプルな時計。でも、作りは綺麗で高価そうだ。──でも、それは壊れている。


これは優馬の物だ。優馬の時計を雫が貸してもらっている時に、お義母さんが帰ってきてしまい、何処かあやふやになってしまったのだ。


また、月曜日…優馬に返さないとね。


……でもこれって、いつも優馬が付けてるのよね。


雫はいつも優馬が身につけている時計の事を知っていた。


……少しくらいいわよね。どうせバレないし………例えバレたとしても優馬なら許してくれそうだ。


出来心で雫は身に付けてみたい感情に襲われる。


……いいよね?優馬なんだし。


雫は優馬の時計を左手に身に付ける。

優馬の時計は全く機能していなくても、晴れた陽の光を反射して輝く。


「……ふふ。」


少し嬉しくなった。人がいる前では絶対にしない笑い声も出てしまうほどだ。まるで優馬の彼女になったような高揚感も得られた。


「──キヒッ。随分と楽しそうね 雨宮 雫さん。」


突如、怪しげな人の声がその場に響いた。


「……え?…だ、誰?──────痛っ!!」


後ろを振り向こうとした瞬間に、右腕にブスリと痛みが走る。


痛みに我慢しながら腕を見てみると、腕に注射器が刺されてあり、自分の体に透明な薬品が注入されていた。


「……う、何を………ッっっっ!」


雫は咄嗟に注射器を振り払い。距離をとる。

ガシャァンと注射器は地面に落ちて砕け散る。

薬品は半分ほどしか注入されてはいないが、すぐに効果は現れる。


急に視界が、かすみ始めた。

体に力が抜け始め、手足が痺れる。

立っていられなくなりその場で雫は崩れ落ちた。


「……ぇぅ。」


受け身すら取れず地面に衝突し全身を強打する。


まだ意識が残っている中、最後に雫に注射器を指した相手を見た。全身黒ずくめの服を着ているが顔の部分は何もつけておらず顔を見ることが出来る。


雫は執念で相手の顔を見る。


「……っ!?」


雫はその相手の顔を見てゾッとした。全身が大爆音で危険だと叫んでいる。


でも、逃げられない。


「……な、何で……ですか……毒牙先生っ……?」


雫はゆっくりと意識を失っていった。


「た……すっ………け、」


助けて……優馬ッ!


無くなりかけた意識の中、雫はかけがえのない人のことを思った。

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