第74話 もうすぐ換毛期

「ついにこの季節が来てしまったわ・・・。」

ダイアナが絶望的な表情で遠くを見る・・しかし目の焦点が合っていない。


「エマちゃん、ありがとう!すっきりしたわ。」

「どういたしまして、ブラッシングするとマリーちゃんは、より一層美人になりますね。」

「さすがエマ、分かってるんだぜ~!マリー、・・・綺麗だぜ。」

「ありがとう、ジジ。」

「ジジ君もハンサムですよ。」

「エマのブラッシングのおかげなんだぜ!」

「エマちゃん、毎日ありがとう。」

ジジとマリーのブラッシングはエマの日課だ。

二匹ともまだ子猫なので身体も小さく、毎日のブラッシングも苦労しない。

使い魔たちとの貴重なコミュニケーションである。


「はあああ・・・・・。」

エマがジジとマリーのブラッシングを終え、二匹と遊ぶ様子を見て、ダイアナがため息を吐く。


「ダイアナさん!どうしたの?」

ダイアナに気づいたマリーが、ダイアナの足元で尻尾を振る。

マリーもジジもブラッシングを嫌がらず、エマに身を任せ、ブラッシングの後には「綺麗にしてくれて、ありがとう」と感謝を伝える良い子たちだ。



――――――――うちのフェンリルとは大違いだわ・・・・。

ダイアナのため息の原因はフェンリルの換毛期だった。


一人娘であるバイオレットが嫁ぐ前は地獄だった。

暴れるわ、逃亡するわで言うことを聞かないカールとバイオレットの巨体を、ダイアナ一人でブラッシングしたのだ。


自分よりも大きなダブルコートのケモノ2頭。

ブラッシしてもブラッシしても終わらない悪夢。


くらり。


「きゃあ!ダイアナさん!しっかりして!」

「ダイちゃん!」

「俺、カールさん呼んでくる!」

ジジが呼びに行くまでもなくカールが現れ、倒れるダイアナを支えた。

「ダイちゃん・・・。」

「・・・・・・カール。」

「いったい、どうしたんじゃあ・・・ダイちゃんに何かあったら、わし・・・わし・・・。うっ」

カールがめそめそと泣き出した。


「ダイちゃん・・・・」

エマとジジとマリーも心配顔だ。


「・・・・・カール・・・・。私のお願い、きいてくれる?」

「もちろんじゃあ、ぐすっ。」

「絶対?」

「もちろんじゃあ。」

「・・・・大人しくブラッシングされてちょうだい。」

「・・・・・・・・・・・・。」

返事をせず、キョロキョロと視線を泳がせるカール。

冷や汗ダラダラだ。

「カール?」

ダイアナの声が冷たい。

「・・あの・・・わし、ちょっと、呼ばれてて・・・・・・」

ダイアナをそっとクッションに降ろし、フェンリル化して高速で走り去った・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る