第37話 魔界でサミット

数日前から宮殿がざわざわしている。

各国持ち回りで開催されるサミットが今年は魔界ランドで開催されるのだ。

軍人も文官も皆忙しくしており、サミット期間中は帰宅も儘ならなくなる。

「エマちゃんを一人にしてしまう時間が増えるのが心配じゃあ・・・。」

カールが耳を倒す。

「テオ君もサミットに合わせて多忙になるし、このタイミングでニナちゃんが海外公演だなんて・・・。」

ダイアナも心配そうだ。

「大丈夫ですよ!忙しくてもすぐ側にいるのですし。エンマ良い子にしていますから。」

「やっぱり僕も留守番を・・・。」

「それはだめじゃ!」

エマと一緒に留守番したいデイモンだったが、次期魔王としてそれは許されない。

ぐずるデイモンが引きずられて行き、エマは一人になった。

魔女たちも駆り出されており、いま忙しくないのはエマだけだ。

とはいえエマも暇ではない。留守にしている魔女たちに変わって魔女の薬草畑を任されているのだ。


「エマちゃん、お水をやりに行きましょう!」

エマを完全に独りぼっちにしないよう使い魔たちが交代でエマに付き添うことになっており、今は火蜥蜴のサラが一緒だ。

「はい、サラちゃん。」


「エマ、休憩しよう」

薬草畑や木々の世話を終えるとアニーの使い魔であるフクロウのアウルがエマに声を掛ける。

器用に魔法を使ってエマのためにお茶と焼き菓子を用意する。

「ありがとうアウル君。」

「いや、こんなことしかできなくてすまんな。水やりも協力できたら良いのだが・・・。」

「あたしも水は使えないのよ、火蜥蜴だから。ごめんなさいね~。」

「お前が魔法を使ったら畑が全焼してしまうぞ!」

止めろ!とアウルが慌てる。

サラとアウルの掛け合いに笑顔がこぼれる。

エマが淋しさを感じないよう気を使っているのだ。


いつも騒がしい魔女の館が静かすぎて居心地が悪い。

「エンマ、ヒース君の果樹園もみてきますね。」

「俺も行くぞ。」

「私もよ!」

アウルとサラの掛け合いに笑ったり、忙しくしているうちに晩御飯の時間になり宮殿の食堂へ行くと宮殿職員たちが慌ただしく交代で食事を取っていた。

慌ただしい雰囲気と込み合う状況に尻込みしているとシスコンのモレクがエマに気づいた。

「エマ、これから食事か?」

「モレクくん。あのね、エンマこの食堂を使うの初めてで・・・。」

眉尻を下げて困ったように答える。背中の羽も小さくなっている。

「では俺と一緒にどうだ?」

「はい!」

パタパタと羽が嬉しそうだ。


モレクは完璧だった。年の離れた妹の世話をしてきたのは伊達ではない。

片手でエマを抱き、エマの好みのメニューを手際よくトレーに乗せてゆく。分量の気配りも完璧だ。

どこから出したのか、小柄なエマが不自由しないよう、ふかふかのクッションを椅子に敷き高さを調節してエマをエスコートした。

エマのためにポークソテーを小さくカットしてやったり、頬についたソースをさり気無く拭いてやったりしながら、エマの話を心から興味ある様子で真剣に聞いた。

「エマは偉いな、畑の世話を完璧にできたのか。」

「アウルくんとサラちゃんも一緒でしたから。」

褒められすぎて恥ずかしい。

「エマは立派だ。謙遜し過ぎだぞ。」

モレク君がほめ過ぎなのですよう!

真っ赤になって俯く。


食後のお茶を飲み干した頃にメイが迎えに来た。

「エマちゃん、そろそろお風呂かな?もう少しゆっくりする?」

忙しそうなメイにわがままは言えない。

「エンマは大丈夫です、ありがとうメイちゃん。モレク君もありがとう、おやすみなさい、またね。」

「ちょっと待ってくれ、エマ。」

メイに手を引かれ下がろうとするエマをモレクが引き留める。

「淋しい思いをさせてすまない、今回のサミットではデイモンにも役割があり、それは誰かが代わりを務められることではないのだ。」

「うん。」

「なるべくデイモンの負担を減らせるようにしたいと思っている。」

「ありがとうモレクくん。」

にっこりと笑い、感謝のハグをした。

メイに手を引かれながら、バイバイと手をふる。


・・・・・超やる気でた。

妹キャラの幼女からの感謝のハグで俄然やる気になった。


やる気になったモレクのおかげで翌日の午後にはデイモンが自由になった。

前夜祭のような夜会での挨拶や接待、初日に予定されていたスピーチを熟したところでデイモンを開放すべきとモレクが主張したのだ。

閉幕にあたり、開催国の次期魔王として、もうひと働きしてもらう必要はあるが、実際の会議への同席は見送っても良いのではないか?この先何度でも、その機会はある。幼女を一人にするのは虐待であると説いたのだ。エマを一人にすることに皆が心を痛めていたこともあり閉幕までの4日間、デイモンはエマと一緒に過ごせることになった。


「よいしょ!」

収穫時期を迎えた枝豆を引っこ抜く。

イケメン白蛇のカヴァディールと美人なネズミのメルをお供に、エマは今日も畑の世話だ。収穫した作物はインベントリに入れておけば時間経過もないからフレッシュなまま食べることができるのだ。


「エンマ!」

聞こえるはずのないデイモンの声が聞こえた。気のせいだと思いつつ振り返るとでろんとピンクの舌を垂らしたフェンリルが尻尾を振り回していた。

「ダモ!」

駆け寄って首に手を回して抱き着く。

「どうしましたか?戻らないと叱られてしまいます。」

「大丈夫です!閉会の時には戻らなければなりませんが会議期間中はお役目から解放されたのでエンマと一緒ですよ。」

ピンク色の舌を垂らし、尻尾をぶん回しながら嬉しそうだ。

エマがもう一度ぎゅっと抱き着く。

「収穫ですか?僕もお手伝いしますね。先ほどエンマが収穫していた枝豆も美味しそうでしたね、ガーリック・チリ・エダマメにしたら美味しいでしょうねえ。」

「エンマそれ食べたい!」

「じゃあ、今日は二人でごはんにしましょうか。このトウモロコシも食べごろなのでスープにしましょう。」

エマが元気になった。カヴァディールとメルも安心顔だ。

「さあ、枝豆は良く洗ってさっとゆでますよ。その間に大蒜をみじん切りにして、赤唐辛子を輪切りにして・・・茹で上がったのでザルにとって、フライパンに油を引いて弱火で大蒜と赤唐辛子を炒めます。香りが立ってきたら茹でた枝豆と塩を入れて炒めて出来上がりです。」

「美味しそうな匂いです!」

コーンスープと夏野菜のピッツアで二人きりの夕食だ。

「いただきまーす!」

ぷちっ。

「枝豆美味しいです!」

「エンマの育てた野菜は全部美味しいですよ!」

楽しそうなエマに安心し、カヴァディールとメルが帰って行った。


翌日もデイモンとエマの二人で過ごした。

エマは前日も前々日もしなかったお昼寝をした。使い魔たちが付き添ってくれていたが、一人でいることが不安で落ち着かなかったのだ。デイモン一人いるだけで安心して眠ることができた。もちろん隣にはヘソ天のフェンリルが転がっていた。


「今日はナスやトマトも収穫できますね!」

しっかりとお昼寝して元気いっぱいのエマが張り切っている。

「立派なナスですね!これは焼きナスにしましょうか、お豆腐があったので冷奴にして、他の野菜は白だしで焼き浸しに・・・」

「エンマそんな地味なごはん嫌!」

振り返ると仁王立ちのエマが眉間にシワを寄せて、やだ!と主張していた。

「や、焼きナスはおじい様のいる時にするとして、今日は・・・・今日は・・・」

だらだらと冷や汗をかきながら脳内でメニューを検索する

「カポナータ、やきな・・・いえ、ムサカ、いえ・・・麻婆茄子にしましょう。ごはんが進みますよ。」

「うん!」

エマも賛成のようだ。


「茄子は縞目に剥いてカット。長ネギと大蒜はみじん切りに、生姜はおろしておきます。じゅわっとナスを揚げたら取り出します。

キレイにしたフライパンでひき肉を炒めたらナスや残りの材料と調味料を入れて、水溶き片栗粉でとろみをつけて出来上がりです。

ごはんは土鍋で炊いた土鍋ごはんで、スープは昨日のコーンスープを中華出汁で伸ばして溶き卵を加えた中華風コーンスープですよ。」

麻婆茄子の赤に、中華風コーンスープの黄色、ほかほかの土鍋ごはんにエマの顔が綻ぶ。

普段よりもゆっくりと二人の時間を過ごし、デイモンもエマも大満足だ。



無事にサミットが終了し、各国の要人たちが帰国する中、「チビに会ってから帰る。」と言い張った閻魔大王が残っていた。

「デカエンマ!」

「おお、元気にしていたか?」

閻魔大王のポテ腹の上に座るように抱き着いた。

デカエンマのお腹は納まりが良いですね!


隣でガネーシャが笑いながら閻魔大王のポテ腹をつついている。

「・・・ガネーシャ。」

「ぷぷ、だって。ぶふぉっ、ちょうど良いお腹で良かったわねー。」

「・・・・・。」

「ほら、それよりも!」

「ぬ。ちび、ちびにお土産があるのだ。」

閻魔大王がインベントリから水色や黄色の鮮やかな色のリボンを取り出した。

「インド更紗という生地でな、ガネーシャの故郷の特産なのだ。夏にちょうどいいかと思ってな。」

「わあ!かわいいリボンですね!」

「今日のポニーテールにも似合うと思うわ。」

ガネーシャが黄色のリボンを巻いてくれた。エマの燃えるような赤毛に黄色が映える。

「愛らしいな、良く似合うぞ。」

閻魔大王が魔術で鏡を出してくれた。

「えへへ、ありがとう。ガネーシャちゃん、デカエンマ。」

「うむ。色も模様もいろいろあってな、リボンとお揃いの生地でワンピースを仕立ててみぬか?」

「わあ!いいのですか!?」

「うむ、では参ろうか。」

ばくっ!

エマを抱いたまま帰国しようとする閻魔大王の服を2頭のフェンリルが咥える。

「ぬう。ダメか?」

「ダメに決まっているでしょう!」

ダイアナが閻魔大王からエマを抱きとる。

「エマちゃん、ワンピースはモンたんに仕立ててもらいましょう。生地は閻魔大王が送ってくれるそうよ。」

デイモンが閻魔大王の服を咥えたまま、ワフ!ワフ!と頷く。

「ぐぬぬ。」

「閻魔が悪いわね、ちびエンマちゃんまたね!」

ガネーシャに引きずられるように閻魔大王が帰還し、長かったサミットが終わった。


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