第29話 ありがとう薫君

デイモンの尻尾がだらりと垂れた姿を見るのは辛かった。

祖父母から話が伝わったのだろう、両親からもTV電話で謝罪された。

・・・・家族からの謝罪を受け入れない訳にはいかない流れだ。

唄子やヒース、モテないトリオがまでもがかおるに同情的なのも居たたまれない。かおるからエマに歩み寄って和解せざるを得ない成り行きだ。しかもエマが破壊した東屋の修復を命じられてしまった。修復が終わるまでに和解しろということらしい。


しかも今日はルーシーやサタンにまで平謝りされてしまった。サタンに「かおるの孤独に思い至らず可哀そうなことをした。」としみじみされて気まずい・・・。


「東屋の修復というよりもゼロから新しいものを作るようなものだな、瓦礫は片付いたのか?」

「・・・うん。スライムがペロリだよ。」

そうかとほほ笑むサタンはクールなイケメンでかおるの憧れる漢だ。

石材と木材はヒースに相談すれば入手できるだろうということで、二人でヒースの元へ向かっている。

ヒースと唄子からも「淋しがり屋なんだね・・」とか「お兄ちゃん子なんだね・・・」とか同情されたばかりで気まずいが仕方ない・・・。


・・・・・いた。ヒースがいた。一番気まずい相手のエマも一緒だ。

「ヒース!」

かおるの気まずさを物ともせずにサタンがヒースを呼ぶ。

「やあ、珍しい組み合わせだね。どうしたの?」

「木材を分けてほしくて・・・・・あれば石材も。」

「ああ、なるほどね!エマちゃんが破壊した東屋の修復だね!木材も石材もあるよ!」

東屋の修復と聞いてエマがざまあ顔で見上げてくる。

・・・絶対にムカつくと思っていたのに腹が立たないどころか、ちょっと笑える。

腰ほどの低さから見上げられても全然、腹がたたない。むしろざまあ顔が滑稽に感じられる。

「ちょっと出してみるね。」

ヒースがインベントリから取り出した木材と石材は充分なサイズだった。

「ああ、これはダメだ・・・。」

「ダメって何故?充分なサイズだと思うけど?」

「石材はいいんだけど・・・木材は水分を多く含んでいるからね、いったん乾燥させないと使えないなあ。乾燥させないままの木材を使った場合、自然乾燥が進むにつれて変形や収縮が起きるからね。」

「じゃあ乾燥させる方法を考えるから、この木材をもらってもいいかな?」

「うーん、ちょっと待って。エマちゃん、乾燥できる?水分を20%くらいまで。」

「やったことないけど出来るし!」

かおるの腰の低さで精いっぱい胸を反らせるエマ。

「はーい、じゃあエマちゃんお願いしまーす。」

「えい!」

しゅうーーーー

水分がぴったり20%くらいになった。

「うん、良さそうだね。じゃ、これどうぞ。」

お礼を言って自分のインベントリに収納する。

「別にこのくらい大したことないし!エンマ大人だから許してあげるし!」

腰の高さの下から目線でドヤるエマ。


「エマは子供だろう。」

「エンマ23歳だし!」

「エマ、ステータスを開いてごらん。年齢欄は?何歳と書いてある?」

「・・・・・」

「エマ?」

「・・・・・・・ななさい。」

「7歳は大人ではないな?」

認識は正しくな!とサタンが頷く。

「エンマ赤ちゃんじゃないもん!」

捨て台詞を残してエマが走り去った。


夕食に集まった頃にはエマはケロリとしていた。

ハンバーグに乗せられた半熟の目玉焼きの黄身を割り、ハンバーグに絡めて幸せそうに頬張る。

「美味しかったです、ごちそうさまです。」

カトラリーを置いて満足そうにお茶を飲むエマ。

「エンマ、まだごちそうさまじゃないですね。」

エマのお皿にはニンジンのグラッセが残されていた。

赤くて艶々で美味しそうな見た目につられ、勢いよくパクリといったら、なんというかニンジンくさかった。甘く味付けされたことでニンジンの癖が強調され、ぐにゃりとした食感と合わせて、おえっとなって無理だったのでお水で丸飲みした。

デイモンが残りのニンジンをフォークに刺し、エマに差し出してくるけど、おえってなるやつです!エンマ絶対に食べませんから!!

「むー!むー!」

絶対に口を開かないとばかりに顔を背けるエマ。


いつの間にか隣にいたかおるがデイモンの手ごと掴んでニンジンのグラッセを食べた。

かおるくん!エンマの食育を妨げないでください!」

ぷんすこと怒るデイモンの横でエマが嬉しそうにかおるを見ている。

「兄さん、そんなやり方じゃ義姉さんがニンジンを嫌いになるよ。義姉さんはニンジンが嫌いなわけじゃなくてグラッセの調理法が苦手なだけだよ。キャロットラぺは美味しそうに食べていたし。」


かおる君、これでいいかい?」

唄子がかおるに小皿を渡した。

「ありがとう唄子さん。これは昨日の残りもののかぼちゃの煮つけ。ニンジンと同じくベータカロチンが豊富に含まれる緑黄色野菜だよ。栄養素は同じだから代わりにこちらをどうぞ。昨日美味しそうに食べていたし、好きでしょう?」

かおるが箸で一口大にしたかぼちゃをエマに差し出す。

「はい、あーん?」

あーん。・・・もぐもぐもぐ。

かぼちゃ美味しいです。

「兄さんの心配は間違っていないと思うよ、でも義姉さんに寄り添った方法を考えてみても良いんじゃないかな。」

エマにかぼちゃを食べさせながらデイモンを諭すかおるはイケメンだった。


どすっ

かおるの腰にエマが抱き着いた。

かおる君、ありがとう!」

抱き着いたエマがキラキラと輝く笑顔で薫を見上げる。

「どういたしまして。」

・・・・・かわいいな、これは叶わないや。


「エンマお部屋で遊びます、ダモはついてこないでください。」

ぷいっと一人で部屋に下がってしまった。

この1件で暴落していたかおる株がエマの中で急上昇し、デイモン株が下げ止まった。



いつもは朝までぐっすりなエマが、その日は深夜に目覚めてしまった。

「トイレいきます、お水も飲みたいです・・・。」

トイレを済ませて厨房へ向かう途中で話声が聞こえる。

声のする方へ足を向けると、見たことのないメイドがデイモンに迫っていた。


「ねえ、デイモン。次の休みに二人で良いところに行きましょうよ。」

誘い方は古いが年若いメイドだ。

もちろんデイモンはさらに若いが、フェンリルなので成長が遅いだけで問題はない。永遠の命を持つ者同士、成人してしまえば同じだ。

それならばと、次代の魔王となる予定のデイモンを誘惑しようとする者は少なくない。


「いえ、行きません。」

もちろんデイモンはエマ一筋なので誘いに乗ることはない。


それにしても臭いですね・・・・。

エマ以外の生き物のフェロモンには否定的だが、魔界の女は一度断られたくらいでは諦めない。超肉食なのだ。

デイモンがすげなく断り続けているが諦めない姿は見習いたいほどだ。


・・・・・・モテている・・・ダモがモテモテだ・・・・・・。

声がすると思ったのはデイモンとメイドで、なんだか二人は良い感じに見えた。

これはエマには面白くなかった。


「ダモ!」

真っ白いワンピース型の寝間着に身を包んだエマが涙目でプスプスと怒りながら仁王立ちで自分を呼んでいた。


「エンマ!」

ドンッ!

名も知らぬメイドを体当たりで突き飛ばし、エマを抱き上げる。

「どうしましたか?お目目が覚めちゃいましたか?」

デレ顔で話しかける。

「エンマ、目が覚めちゃったの!だからダモが寝かしつけするのよ!」

寝起きの悪さもあり、怒りの神力をバチバチいわせるエマ。デイモンの毛先がちょっと焦げてチリっとしている。

「背中ポンポンはエンマが寝るまでずっとよ!」

「はい。」

エマの無茶ぶりも嬉しそうだ。


エマをベッドに運ぶと、デイモン手作りのデイモン型抱き枕(だも枕)がベッドの上に転がっていた。

エマを寝かせ、だも枕を渡すときゅっと抱き込んだ。

布団を掛けてバッフ!バッフ!バッフ!・・すう…すう……すう。


エンマは寝つきが良いですね。

それにしても僕の枕を抱いて寝むるエンマはなんて可愛いのでしょう。

ほう、と満足そうにため息を吐きフェンリル型に変化する。

「よいしょ」

添い寝しようとエマのベッドに上がったところでうなじを掴まれて廊下に運ばれた。


どさり。

廊下に降ろされて、不満そうに見上げるとダイアナだった。

「おばあ様!」

「だめよ、モンたん。」

「エンマが泣いて起きてしまいます!」

「結婚前に添い寝はいけません!」

「お昼寝では添い寝しています!」

「ハウス!」

「・・・・・・・・」

「モンたん!ハウス!」

フェンリルはすごすごと自分の寝床に戻った。


「危なかったわ・・・朝まで添い寝したことがエマちゃんのお兄さんにばれたら・・・想像したくないわ・・・。」

エマを溺愛するテオはダイアナのトラウマだった。

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