第16話 サタンとルシファー
魔界ランドで目覚めたルシファーは、アスクレピオスの診断通り、エマが自ら作り出した繭のようなものにくるまれて眠りについたことを知らされた。
もはや天界に戻る気のなかったルシファーは魔界ランドに移住し、デイモンと共にエマの目覚めを待ち続けた。
ルシファーもデイモンもエマの目覚めを待ちながらエマの元に通い、眠るエマに話しかけた。
エマやデイモンに申し訳ない思いからルシファーは目に見えて窶れていった。一向に目覚める気配のないエマに不安が募った。
ルシファーを案じる魔王陛下たちの声も、残念ながら効果はなかった。
ルシファーの食欲が落ちるとデイモンは「ルシファーさん、思いつめてはだめです、エンマは必ず目覚めます。それにルシファーさんは何も悪くないのですから、ルシファーさんが罪悪感を感じる必要はないのです。さあ、唄子さんが消化に良いものを作ってくださいましたから暖かいうちにいただきましょう。食べ終わるまで側を離れませんよ。お残しは禁止です。」と言い、その通りに行動した。
ルシファーだけでなく、頻繁にお見舞いにやってくるテオとニナを励ました。
「エンマには少し時間が必要なのです。エンマが無事な姿で再び目覚めることは間違いありません。そんなに長い時間にはなりません、僕にはわかるのです。だから悲しまないでください。」
落ち着いた様子でそう語るデイモンを頼もしく感じつつ、不安をぬぐい切れないルシファーは眠れない夜を過ごすことが多かった。私は大丈夫だから心配しないで。と言うルシファーの青ざめた表情に説得力はまるでなかった。
ルシファーの寝不足が続くと「いくら元が天界一の美女でも、寝不足は美容に良くありませんよ。これは僕の作ったラベンダーの安眠枕です。悪夢を払う魔法をかけてありますからね。それから何度お願いしてもしっかり眠ってくださらないので、サタンさんに見張ってもらうことにしました。ルシファーさんに拒否権はありません。」
「ちょ!デイモンくん!!」
以前からサタンから好意を寄せられていることに気づいてはいた。
気づいてはいたというか、サタンは超肉食で強引系なメンズだった。
ぐいぐいくるサタンに、ルシファーも惹かれていたが素直になれないルシファーだった。デイモンのお節介でルシファーとサタンは晴れて恋人同士となった。
デイモンとエマが失った二人の時間を思うと胸が痛む。エマが眠り続ける間にデイモンだけ、先に成長してしまった。あの可愛らしい小さなカップルに一緒に子供時代を過ごさせてやりたかった。
どんなに悔いても過ぎてしまった時間を取り戻すことはできない。
過去を振り返り、後悔に胸を痛めるルシファーを現実に引き戻したのはデイモンとエマが言い争う声だった。
「もう!ダモのわからずや!!」
「エンマこそ!意地っ張り!!」
両腕を振り回しながら、だん!だん!と地面を踏みならすエマと、頭をブンブンと振り回す四つ足の少年フェンリルがいた。2人の側には困ったような、呆れたような唄子さんが立っていた。
「唄子さん、いったいどうしたの?」
「プリンのことで喧嘩になってね・・・。」
「プリン?」
「ルーちゃん!ルーちゃんはどっち!?」
「ずるいですエンマ!ルーシーさんはエンマの味方に決まっているじゃないですか!」
ぎゃんぎゃん鳴きながら頭を振る少年フェンリル。
「ルーちゃんはずるくないもん!」
両腕を振り回して反論するエマ。
「あのね、いったい何のことかわからなくて・・・。」
「プリンです!僕はトロトロなプリンが至高だと思うのです!!」
「違うもん!トロトロも美味しいけど一番じゃないもん!究極のプリンは卵の風味が濃くてカラメルがほろ苦くて固いプリンだもん!」
「あたしはどっちも作るよって言ったんだけどね・・・。材料も作り方も同じだし、分量の違いだけだから・・・、でも、そういう問題じゃないらしいらしいんだよね。」
「どっちも美味しいと思うわ・・・。」
2人の剣幕に、ルシファーはどうでもいいとは言えなかった。
「もう!ルーちゃんたら、こんな時まで優しくなくていいの!」
「そう言われても・・・。」
思わず本気で困った顔をしてしまう。
「あ、じいじだ!」
「おじいさま!おじいさまはどちらがお好みですか?」
ちび魔女と少年フェンリルがバビューンと魔王陛下の元に駆けていった。遠くから見守っていると、陛下もお困りのようだ。
「ふふっ、二人とも元気で仲が良いねえ。」
「本当ねえ。」
唄子さんに微笑みかけられて思わず頷いてしまった。
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