第15話 エマが眠りについた日

カールとダイアナの教育により、デイモンはお行儀よく振舞えるようになった。

たまにフェンリルの本能が理性を上回ることがあるが、付き添いの祖父母や護衛兼保護者のサタンたちの「待て!」で暴走を未然に防ぐことができている。


保護者付きデートでは、パフェやパイ、スフレなど、デイモンのリサーチしたスイーツのお店巡りやレストランデートもした。人懐こいエマはデイモンになつき、デイモンを見つけると駆け寄って抱きつくほどだ。祖父母による訓練の甲斐あってデイモンはテオとニナに認められ、幼馴染として受け入れられた。

「待て!」でエマへのハラスメントを防げることに、テオも満足していた。




出会いから4年、エマとデイモンは7歳になった。

「エンマ、エンマは大人になったら魔界ランドに来てくれますか?」

もじもじしながら問いかけると、

「まだ将来のことはわかりません。でも、もし魔界ランドに行くことになったら、エンマは魔女になりたいですね。」

むふふ。エマに魔界ランドの観光案内や魔女の絵本など、折に触れて贈り物をしてきた甲斐があった。

「エンマはハーブを育てて薬を作りたいです。」

「エンマはきっと可愛い魔女になりますよ!」

頬を桃色に染め、尻尾を揺らす。

「でも・・・魔界に行って魔女になったらニナちゃんやテオくんたちと離れ離れになってしまいます・・・。」

エマの羽が淋しそうに縮む。

「エンマ、僕がいますよ!ずっと側にいるから、寂しい思いはさせませんから!」

ぎゅ!

デイモンの小さな手がエマの小さな手を握る。

「エマちゃん、大人になったらエマちゃんはエマちゃんの人生を生きるのよ。成長するうちに、段々と考えも変わってくるから、今すぐ将来のことを考えなくても良いのよ。選択肢のひとつくらいに思っておくといいわ。」

ルーシーのアドバイスに素直に頷くエマ。

デイモンの手を握り返し、にっこりと笑った。



魔界ランドに帰るデイモンを見送ったルシファーがエマの頭をなでながらつぶやいた。

「エマちゃんはいいわねえ。」

「ルーちゃん?」

「デイモン君はエマちゃん一筋でしょう、ちょっとうらやましいかな、なんてね。」

淋しそうにほほ笑むルシファーの儚げな様子に不安になり、エマはルシファーに抱き着いた。


ルシファーの恋人のアポロは浮気性だった。



頻繁に浮気を繰り返すアポロにルシファーは疲れていた。

アポロの浮気は治らない病だ。エマは2人が別れれば良いと思っていたが、ルシファーがアポロを好きすぎるので何も言えなかった。



「ルーちゃん!」

ハーブ畑にやってきたルシファーに向かって、ふよふよとエマが飛んでくる。

エマとルシファーは神力の波長が合う二人だった。


波長の合う者同士は側に寄り添うだけで心地よく、中でもエマとルシファーは相性が良かった。

エマはルシファーのことが大好きでハーブ畑の世話も好きで、エマはルシファーに抱かれているとご機嫌だし、エマを抱っこした翌日のルシファーは何故かお肌艶々で美貌が3割増しになるのだ。


「ルーちゃん!」

やっとルシファーの元にたどり着いた。

「畑の水まきは終わりました。サフランはそろそろ収穫の時期みたいです。」

「エマちゃん、いつもありがとう。」

「えへへ。」

ハーブ畑でエマを抱っこしてほほ笑み合っているところに不穏な空気を持ち込む者がいた。

「ルシファー!!」

ルシファーの浮気性な恋人、アポロだった。

「俺と別れたいとはどういうことだ!」

ワナワナと身体を震わせながら怒鳴りつけるアポロに怯え、エマはぎゅっとルシファーにしがみついた。

「別れたいから別れましょうと言っているのよ。あなたの浮気にはうんざり。もう終わりよ。」

天使たちの中で最も美しい大天使と称えられるルシファーは自慢の恋人だ。そのルシファーに振られるなど、アポロのプライドが許さない。たとえ自分に非があろうとも。

「だめだ!別れるなんて絶対に許さない!!」


ルシファーはデイモンから一途に愛されるエマが羨ましかった。デイモンのように自分だけを見てほしいと願いと働きかけてきたが、アポロは浮気を繰り返した。

「あなたに許される必要はないわ。あなたの浮気にはもううんざり。愛想が尽きたの。私はもうあなたに恋していないの。」

「なっ!」


「だめ!」

かっとなったアポロから危険な雰囲気を感じたエマはとっさにルシファーの前に飛び出した。

「ぎゃっ!」

ぼとり。


感情的になったアポロが身体纏った雷に自ら飛び込んでいったエマが悲鳴を上げて地面に落ちた。怒った神に近づくものではないというのは天界の常識であるが、エマは考えるより先に行動することあり、普段からテオやニナに窘められることが多かった。


「エマちゃん!!・・・エマちゃん、目を開けて!!」

雷を纏う前からアポロンの目にエマは映っていなかった。そこに存在すると思っていなかったエマが自ら飛び込んできたのだが、まだ幼く力も弱いエマにはショックが大きく、完全に意識を失っていた。


「エマ!おい!しっかりしろ!アスクレピオスを呼んでくるからな!!」

アポロもまた子供好きであり、エマを害そうという気持ちはまったくなかった。突然飛び込んできたエマに驚き、青褪めて意識のないエマに動揺しながら医神のアスクレピオスを呼びに走った。


アスクレピオスによると、力の強いアポロの雷を浴びたとはいえエマも天使、不死である。衝撃から身体が回復するまで眠っているだけ、後遺症の心配もないとのことだった。とはいえ、アポロの雷は大変な衝撃で、回復するまで数年は眠り続ける見込みだった。


エマが自ら飛び込んでいった成り行きを聞いたテオとニナが眠るエマに覆いかぶさって泣きじゃくり、泣き疲れ、二人とも気を失うように眠った。

ニナだけでなく、いつも冷静なテオが一目を憚らずに泣く様子に大人たちが胸を痛めた。


その日の夜、ぐったりと青ざめて動かないエマを抱いたルシファーが消えた。

次の瞬間、魔界ランドにエマを抱いたルシファーが現れた。力ある大天使とはいえ、天界から魔界ランドへの転移で力を使い果たしてしまった。エマを抱いてふらふらと歩いていたところを抱き留められた。

「ルシファー?事前の訪問申請はなかったはずだが・・・2人とも真っ青じゃないか。後は任せろ。」

ルシファーとエマを抱き留めたのはサタンだった。

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