第116話 大魔法使い ユーニア(◆)
プルシャマナにおいて歴史上最高の魔法使いと聞けば、皆が口を
わずか10歳の時にシブキ山の悪竜を討伐し、15歳の時には東方の新島に到達した。現地住民との交流の窓口となり、長期間使用可能な魔導石など貴重な
学術の分野でも多大な功績をおさめた。22歳で魔法学園都市の教授に就任。そこからわずか3年で学長の座に上り詰めた。そこで、新種の魔法を23種を開発して、不治の病と呼ばれたバリキナ病の特効薬を開発した。
プルシャマナの人々は口を揃えて言う、魔法使いユーニアほど、プルシャマナ随一の大魔法使いと呼ぶに相応しい人間はいない、と。
「だからさ、あたしはもう疲れたんだよ。期待されてばっかで、自分の好きなことも出来やしない。学園都市の魔法塔に缶詰にされて、仕事ばっかり。ありゃ監禁だよ、監禁」
酒を飲むと、ユーニアは昔の話をぐちぐちと文句を言った。
何の魔法薬を服用してるは知らないが、彼女の見た目は20歳かそこらで止まっていた。当時12歳になったばかりの俺と比べると、周りからはそれこそ姉弟のようにしか見えなかっただろう。
年齢不詳を良いことに、ユーニアはためらいなくその
「何よ、ジロジロ見て」
ユーニアはそう言って俺の肩を抱いた。この酒場に入ってから、もう1
完全に酔っている。
「……なぁ、アンク。お前、ぜっったい12歳じゃないだろ」
「違うって。何度も言ってるだろ」
「いや、あたしには分かる。そうだなぁ……ひょっとして30歳前後で1度死んで、生き返ってるんじゃないか」
「…………っ」
やけに鋭いところが苦手だった。
こういう時は、手っ取り早く宿に連れ帰って、ベッドに寝かせるに限る。そうすれば昼まで寝ている。
「むにゃむにゃ」
背中に抱え込んだユーニアをベッドに放り投げると、気持ち良さそうにイビキを書き始めた。彼女の燃えるような赤毛は、明日になったらそれこそ爆発したみたいな寝癖になっているだろう。俺には関係ない。
「全く、世話のかかる師匠だ」
俺が前世の記憶を持った転生者だということは、誰にも知らせていない。だが、俺の師匠であるこの女は、厄介にも
……何度逃げようかと考えた。
しかし世界の危機に立ち向かわないといけないことを思うと、文句はいっていられない。自分の魔法をものにするまでは彼女と一緒にいるのが最良の選択だ。
「まったくプルシャマナ最高の魔法使いって言われなかったら、すぐにでもサラダ村に帰りたいんだけどなぁ」
彼女との出会いを思い出して、ため息をつく。
サラダ村で俺を見つけたユーニアは、「この子は偉大な魔法使いになる。ぜひとも私のそばにおいて育てたい」と半ば
「危ないんだよ、お前みたいな才能のある子供は。強い力を振りかざして、何をしでかすか分からない。だから、若いうちに芽を
えっへんと偉そうに言っていたが、実際の所はろくに魔法を教えようとしたことはない。魔法学園がやるような形態的な教育ではなく、乱暴な実地訓練だった。
ある時は獅子の群れがたむろしている谷に叩き落とされ、
ある時は人喰い虎が潜むジャングルに放り出され、
ある時は闇討ちを得意とする
ある時は荒れ狂う海に流され馬鹿でかいクラーケンと戦わせられたこともある。
「なんだ、また負けて帰ったきたのか」
命からがら逃げ出してきた俺を、捕まえてユーニアは茶化すように言った。
「むりむりむりむり! あんなデカイやつ、相手に出来るわけないだろ! 俺に出来るのは相手の動きを止めることくらいだって! 攻撃手段はないんだ!」
「ははは、それは甘えね」
「甘えてねー!」
俺の言葉にユーニアはくすくすと笑って言った。
「前に作ってあげた
「だから、魔力を貯める隙がないって」
「……アンク、あんたの持った力は何のためにある?」
ユーニアの口癖はいつでも決まっていた。
勝負に勝っても負けても、酔っていようが
「頭を使うんだ」
「はぁ……そうは言うけどさ……」
俺がため息を着くと、ユーニアは再び微笑んだ。
「やれったらやりなさい。これは師匠命令。頭を使って、複雑に絡み合った糸をほぐすように考えるの」
「……相手は海の怪物だ。ゆっくり考えている間に、海に叩き落とされてお
「じゃあ、頭を使って、早く、考えるんだ」
ユーニアはぽんぽんと俺の頭を叩きながら言った。育て親以外に俺のことを子ども扱いしたのは、彼女くらいだったかもしれない。
「アンク、よく聞きな。これは生き方の問題なんだ。道がないって思ったらない。あるって思ったらあるんだ。選択肢なんて、最初からあるものじゃなくて、見るやつの決め付けでしかないんだよ」
「乱暴な結論だ」
「そういうところだよ、あんたが子どもっぽくないのは。年齢不相応に思考が固まっている。まるで中年のおっさんみたいだ。あんたはもっと多くの可能性を見ていいんだ」
この話をする時のユーニアは、決まって期待するような視線を向けていた。意思の強い燃えるような瞳が俺のことを見ていた。
「大丈夫、この世界にどうにもならないことなんて1つもない。全ては私たちが何かを欲する強い意志があるかどうかなんだ」
俺がユーニアと一緒にいたのは、この瞳に
燃えるような瞳。
気を抜けばフッと飲み込まれしまいそうな、人を取り込む力がある。
彼女といると、不思議と自分には無数の可能性が開けているんだという気になった。世の中にどうにもならない最悪なことなんてないと、勇気付けられるような瞳だった。
「たまに、ノセられている自分が嫌になる」
それもまた真実だった。
ようやく腰をあげた俺を、ユーニアがポンポンと肩を叩いた。
「よし、じゃあ行って来い。言っておくが路銀は底をつきた。
「……全部スったのか?」
「全部だ」
文句を言うにもならない。
ユーニアがどこまで俺のことをからかっていて、どこまで本気だったなのか、俺には最後まで分からなかった。
……ただ、その言葉だけは俺の心に
全ては俺が何かを欲する強い意志があるかどうか、だったんだと。
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