第117話 ユーニアと温泉(◆)


「よし、アンク、一緒に温泉に入ろう!」


 ケイドメ火山は世界有数の温泉地としても知られている。地熱によって温められた地下水が、源泉となってところどころからあふれ出している。


 ある魔法使いが水の魔法を使って、街の近くまで温泉を運ぶ水道設備を作ったことがきっかけとなり、一大温泉街となった。今では十数の温泉宿やサウナが立ち並んでいて、プルシャマナ各地から訪れる観光客も多い。


「ケイドメ火山は様々な成分を含んでおり、怪我の回復、肩こり、リウマチ、美肌、魔力炉の増幅などに効果があると言われている……か。なかなか良いじゃないか。よし、アンク、一緒に入ろう!」


 ユーニアはり切った調子で俺の手を引っ張った。


「いやいや、おかしい。一緒に温泉って、別々に入れば良いだろ」


「一緒に入らない理由にはならない」


「……第一、混浴でもあるまいし」


「貸し切り風呂があるんだ。2人で入った方がカップル割引で、安くあがるんだ」


「無理があるだろ、カップルって……」


「いけるいける。ほら、背伸びして歩いて!」


 ユーニアに引っ張られるままに、俺は貸し切りの湯治場まで歩いて行った。

 小さな掘っ立て小屋の中に湯船があって、そこで貸切風呂をやっているらしい。

 姉弟はともかくカップルはきついと思っていたが、番台のおばちゃんは「こりゃあ若いカップルだねぇ」と言って俺たちを中へ入らせてくれた。


「……入れてしまった」


 まさか入ってしまった。

 さっそくユーニアは服を脱ぎ始めている。


「やったな! これで久しぶりに風呂に入れる!」


 弾んだ声で言ったユーニアが、湯治とうじ場の扉を開けると、大きな浴場が広がった。少し緑がかった源泉が特徴のケイドメ火山の温泉は、木造の掘っ立て小屋の中でもうもうと威勢いせい良く湯気を立てていた。


「さすが、プルシャマナ有数の温泉だね。湯気で目の前が何も見えない。おーい、アンク、どこに行ったー?」


「ここにいるよ。なぁ、貸し切りだからって言っても、タオルで隠すなりしたらどうだ」


「なによ。風呂入る時に、タオル巻くやつなんかいないっての」


「……俺が目のやり場に困るって言ってるんだよ」


 一糸まとわぬ姿で浴場に立ったユーニアは、きょとんと目を丸くすると、室内に響く大声で笑った。


「あはははは、そっちこそ何言ってんの。こちとら、アンクの裸なんか見飽きてるよ。ほら、おいで背中流してあげる」


「見飽きている……? おまえ……いつ見たんだ」


「はいはい、こっちおいで」


 俺の抗議に耳を傾けることなく、ユーニアは小さな椅子とおけを持ってきて、俺を手招きした。


「ほらほら、早く」


「いつ俺の裸を見たんだ。おい」


「うるさいなぁ。せめて、ちんぽこに毛が生えたら聞いてやるよ」


「……ちくしょう」


 俺を無理やり座らせると、ユーニアは頭から石鹸せっけんをぶっかけてワシャワシャと頭を洗い始めた。もこもこと泡だてて、ユーニアは乱暴かつ粗雑そざつな手つきで俺の背中を洗って行った。


「いつの間にか、ずいぶん背が高くなったね。まだ1年とちょっとしか経っていないのに」


「成長期だからな」


「へぇ、男の子っていうのは見違えるくらいに変わるんだね」


 感心したようにため息をつくと、ユーニアはぴったりと俺に身体を寄せた。柔らかいおっぱいが背中に当たって、呼吸が一瞬、完全に止まった。


「…………っ!」


「ふむ、精神面はそこまで慣れていないみたいだな。良かった、師匠に隠れて童貞を卒業していなくて」


「馬鹿か、あんたは!」


「いや、お風呂場で女性に背中を流してもらうってそういうことだぞ。後ろから抱きつかれて、おっぱいを押し当てられるんだ。そういう場合が合ったら、迷わず押し倒すんだぞ、分かったな」


「そんな場合があってたまるか!」


 それから約10年以上経って、俺はパトレシアとお風呂に入って、同じシチュエーションにぶつかることになるのだが、それはまた別の話。


「どうしたアンク。さっきから何も喋らないで」


「…………」


 後ろからおっぱいを押し当てられたり、腕をおっぱいで挟まれたり、肩におっぱいを乗せられたり、俺の思考は完全に停止した。


「じゃー、今度は私の番。アンク、背中を流してくれ」


 ユーニアは髪を上にあげると、洗い場の床の上にうつせころんと寝転がった。


「風呂場で寝るのか。日焼け止め塗るんじゃないんだから」


「良いの良いの。こっちの方が楽チンだから。さ、早く」


 うなじからつま先まで、綺麗に整えられたユーニアの身体は湯気に当てられたのか、少しだけ汗ばんでいるようだった。水滴の1粒がキラリと光って、彼女の肢体したいを流れていた。


 ゴクリとつばを飲み込んで、目の前の女の身体に手を伸ばす。


「じゃ、洗うぞ」


「ん」


 眠たげにユーニアは言って、俺の手の動きに任せた。上半身から下半身へ、身体のラインに沿うように洗っていく。

 もこもことした白い泡に包まれて、ユーニアの身体は気のせいか赤く光っているように思えた。試しにそこに触れてみると、彼女は甲高い声をあげた。


「ひゃ、ぁ」


「変な声出すな……!」


「うん、だって、気持ち良いんだもん。あ、そこ、やっ」


「…………」


 魔力炉の付近から赤い魔力が漏れ出している。そのあたりに触れるとユーニアは「やんっ」とか「きゃあっ」とか「いやんっ」とか、気持ち良さそうに、いやらしい声をあげた。


「……観自在菩薩行深般若波羅蜜多時」


「アンク、さっきから何言ってんの?」


「おきょう」


 煩悩ぼんのうが弾けそうな頭を抑えて、なんとかユーニアの身体を洗うことに成功した。彼女の注文通り、際どいところまで洗い尽くすことが出来た。


「いやぁ、気持ち良かった。あとは自分で洗うよ。アンク、ありがとう」


「…………疲れた」


 風呂に入るのがこんなに疲れる行為だとは知らなかった。神経をけずるように人の身体を洗うことなんて、今後一切ないと願う。

 

 それからようやく俺たちは、湯船につかることが出来た。


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