幕間 忘却の途次

【最果ての共犯者(No.14)】

 

 『死者の檻パーターラ

 この魔法によってどの死者が呼び出されるかは、選ぶことが出来ない。ただ術者の願いにより強く呼応した人間の魂が、無作為に呼び戻される。


 私がそれを使った際に、呼び出した死者は3人。いずれもアンクを深く理解している人物が私の魔法に応じた。


 ナツ。

 パトレシア。

 それからもう1人。


 3人目に呼び出された彼女は、条件付きという理由で私との契約に応じてくれた。


「あんたの作戦には全面的には乗れないね。積極的に協力するつもりはないけれど、それでも構わないかい?」


「それで構いません。いざという時に世界を支える柱としての役目をもってもらえれば十分です」


 事実、彼女が保有していた魔力炉はこの中で1番強く、女神を封印する際に必要な魔力を補填ほてんしてくれるだろう。私の計画には欠かせない存在だ。


「どうか、力をお貸しください」


 そう答えると、彼女は目を細めて言った。


「良い女だ。あいつには勿体もったいないくらい」


「……?」


「いや、何でもないよ。それじゃあ私は行くね。魔力は勝手にもらってくれて構わない」


 そう答えると、彼女は何処かへと去っていった。

 残された『死者の檻パーターラ』に応じてくれたナツとパトレシアは、私のことを興味深げに見ていた。


「初めまして。ナツさま、パトレシアさま。この度は召喚に応じていただきありがとうございます」


「ナツ、で良いよ。えーと……レイナちゃんで良いかな?」


「はい、ナツ……さん」


 私が答えるとナツはおかしそうにフフと笑って言った。


「生き返るって不思議な感覚だね。なんだか懐かしい気分」


「私も……変な気分」


 隣に座るパトレシアも頷いた。


「それで、レイナちゃん。あなたの願いは聞かせてもらった。アンクと一緒にいたいという願い。私はそれに全面的に協力しようと思う」


「本当ですか?」


「うん、さっそく計画を聞かせてもらえるかな?」


 パトレシアに促され、自分の計画を話す。

 まず、アンクの記憶を改ざんして、私の瘴気しょうきを出来るだけ察知させないようにすること。

 

「これが私の計画です。何より私が『異端の王』であるという可能性を、彼の思考から出来るだけ排除させます」


「分かった。それで、私たちは何をすれば良いのかな」


「……これに関しては特に何も」


「何も?」


 ナツは驚いたように首をかしげた。


「何もしなくて構いません。最初の魔法で上手くいけば、それで良いのです」


「ということは……上手くいかない可能性が高いってことね」


 パトレシアの問いに頷く。


「おそらく私の瘴気は近いうちに抑えられなくなるでしょう。もって1年か……それくらいです。そうなった時におそらく女神かそれに近いものが現れます。私はそれを相手取って戦わなくてはなりません」


 それを聞くと2人はゴクリとつばを飲み込んだ。


「勝てるの?」


「勝てません。9割以上の確率で私は敗北します。そうすれば、私はおろかアンクさまの命も危ないのです」


「だから、私たちの力を借りようってことね」


「はい、その通りです。決して、アンクさまに危害が及ぶことが無いように、あなたたちには防波堤ぼうはていになってもらいたいのです」


 自分でもひどいことをしているのは分かっている。

 死者を呼び出して、あまつさえ女神と戦えと要求する。


 なんて身勝手な女だろう。

 ただ、この道を選ぶと決めたからには立ち止まる訳にはいかない。


「お願いできますか?」


 彼女たちに問う。

 私とそう変わらない年頃の少女たちに懇願こんがんする。私の身勝手に協力しろと、必死に頭を下げる。


 ……もう、私にはこれしか出来ない。


「どうか……」


 そんな私を2人は嫌な顔1つすることなく、受け入れてくれた。


「もちろん、オッケーだよ。レイナちゃん」


「私たちはそのために呼ばれて、そして来たんだからね」


「では、2人とも……」


「うん、あなたに協力する。女神さまだろうが、何だろうが、私に出来ることだったら何でもするよ」


「……ありがとうございます」


「『死者の檻パーターラ』で呼び出された時点で、あなたが何を望んだかは理解できた。当然、


 パトレシアは微笑みながら言った。


「彼は私たちのことも忘れるのね」


「……そうなります」


「それでもそばにはいることは出来る」


「はい」


「じゃあ死ぬよりはましだね」


 ナツはそう言うと、「よし」と言って私に手を差し出した。


「やってやろうよ。瞑世めいせの魔法、絶対に完成させよう」


「…………本当によろしいのですか」


「ん?」


 無邪気に笑うナツに問いかける。

 まだ少しだけ分からないことがあった。


 魔法の代償。

 新しい次元を敷く代わりに、私たちは新しい女神になる。女神になる代わりに、私たちは人間であることをやめる。

 

 過去、現在、未来において、私たちが人間であったという事実は抹消まっしょうされる。


「あの人との思い出も消えます。それでもあなたたちは私に協力してくれるのですか」


 次元の成立はとても緻密ちみつな行為だ。

 そのためには私の魔力炉だけでは足りないことを知っていた。私の他にあと3人、女神を封印する間の器が必要なことは明らかだった。


 『死者の檻パーターラ』とはつまり……そのための生贄いけにえだった。


「今更何言ってるの」


 パトレシアは私の肩を叩いて言った。


「何も見返りを考えずに、応じる訳ないじゃない。私たちだって自分たちの望みを叶えるためにここに来たんだから」


「望み……?」


「アンクともう1度会うことだよ」


 ナツが私を見つめながら言った。

 彼女たちの瞳はまっすぐに私を捉えていて、それはまた彼女たちの覚悟の強さの現れでもあった。


 私は少し彼女たちを勘違いしていたようだった。決して、生贄いけにえなんていう考えでここに来たのではなかった。


「アンクに会うためにここに来た。アンクのためだったら、何だってする。それはレイナちゃんと同じ気持ちだよ」


「だから、被害者を見るような目で私たちを見ないで。まだ何もかも諦めた訳じゃないんだから。みくびらないでね」


「いえ……私はあなた方を見くびってなどいません……が」


 彼女たちの瞳は燃えるように輝いていた。


「少し、勘違いはしていたみたいです。あなたたちは私よりもずっと強いです」


「そう、共犯者だよ、私たち」


 不敵な笑みを浮かべて、彼女たちは言った。


「自分の欲望を叶えて、一緒に世界を壊そう」

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