⑤ 彼女の罪と罰

【終わりの日(No.03.1)】


 この数日は今まで重ねたどんな年月よりも、はるかに長く感じた。耳を澄ませて、どういう風に逃げるかと頭の中でシミレーションを重ねてきた。


 大丈夫。

 今の私ならば、大丈夫だ。弟を助けて、この地獄のような日を終わらせることが出来る。自由はもうすぐそこに迫っている。


 決起集会の始まりが、私の計画の始まりの合図だ。

 交わされる信徒たちの言葉も高揚こうよう感を増しているように思えた。


「幹部たちは到着したらしい、いよいよだな」


「いったい何をするんだ?」


「噂によると、邪神を召喚する準備が出来たらしい」


「さっきバイシェさんが牢屋に来ていたな。何かを確かめに来ていたみたいだった」


「どちらにせよ、俺たちの計画もいよいよ大詰めだな。決起集会の前には、教祖さまから直々に発表があるらしい」


 いつもは見張りでいる幹部連中がいないからか、兵士たちの声はどこか呑気のんきそうだった。


 邪神……なんていうものが本当に存在するのかは知らないが、見張りたちが油断している間がチャンスだ。

 

 目の前の錠前じょうまえを壊すために、手を伸ばす。入り口のところにいる兵士は3人。武器は槍で、保有している魔法も戦闘向きのものではないことは知っている。


 今の私なら、錠前を壊して兵士を気絶させるのに、10秒とかからないはずだ。素早く飛び出して、頸部けいぶに一撃すれば倒すことが出来る。


 いよいよだ。

 心臓の高鳴りが激しくなってくる。どくんどくんと徐々に大きくなる鼓動は、気持ち悪くなるほどに頭の裏側で響いていた。


「……?」


 何かがおかしい。

 息が苦しくなってくる。呼吸が落ち着かない。肺の中が奇妙な空気に満たされていった。

 

 気が付いた時にはもう遅かった。

 視界がかすむ。意識が遠のく。牢屋の外から奇妙な煙が入ってきている。しゅうしゅうと奇妙な音を立てて、紫色の魔力がドアの隙間から入ってきている。


「なに、これ」


 手に力が入らない。煙を追い出そうと身体拡張エキスパンションの魔法を使おうとするが、うまく反応しない。


 視界が傾く。

 筋肉が弛緩しかんして、どしゃりと身体が崩れていく。呼吸がうまくできない。


「やだ、どうして、こんなの」


 ……これは、催眠魔法だ。

 だけど、ラサラが地下祭壇に行ったことはちゃんと確認した。1時間と13分前に牢獄から離れて、下に降りて行った足音を私は聞いた。

 

 じゃあ誰が?

 どうして今日で無ければならなかったのだろう。なんでこのタイミングで、身体に力が入らないのだろう。


「く、そっ。くそっ……くそっ!!」


 叫ぶように出した言葉も、かすみのように消えていく。拳に力を入れるが、とうてい錠前じょうまえを破壊するほどの力は出ない。


 なすすべなく意識がどんどん薄れていく。視界が真っ黒に染まって、意識が眠りへと誘われていく。


 崩れていく希望。

 私が聞いたのは1つの足音だった。カツン、カツンと不安定なリズムで歩く足音の主はいやに軽く、まだ女か小さな子どものように思えた。



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