第61話 大英雄、捕まる
目を覚ますと、ガタガタと地面が揺れていた。耳鳴りと頭痛がする。腕と脚にも痛みはあったが、耳の奥の痛みが特にひどい。
「痛っっ……」
身体は木の床の上に転がされている。手首には手錠がついていて、脚もロープで縛られている。
室内は薄暗く、目を開けてもあたりの様子は良く分からなかった。ただ正面に黄色いワンピースを着たレイナがいることが分かった。
「レイナ……!」
ぐったりと横になったレイナは、声をかけるとうっすらと目を開けた。
良かった、生きてる。
レイナの顔にはほとんど傷はついていなくて、無事だった。
「ここは……?」
「たぶん馬車の中だ。どこかに運ばれている可能性が高い」
「……そうでした。私たち誰かに襲われて……」
「くそっ。誰がこんなことを……!」
情けない。
あんな至近距離の攻撃を防げないとは、大英雄の名が
「至近距離ではありません。遠距離からの攻撃でした」
レイナは俺の言葉を否定した。
「遠距離……、じゃあ攻撃方法は何だ? 頭を殴られたような感じだったが……」
「知らない男でした。黒い服を着ていて、武器は……声でした」
「声?」
レイナはうなずいた。
「尋常でないくらいの大きな声でした。何かを言ったことは分かりましたが、私も耳が痺れて……すぐに気絶してしまいました」
「そうか……声を強化する魔法か」
心当たりはある。最近、聞いたばかりの魔法だ。
「男だったか?」
「顔は隠していたので、良く分かりません。ですが私が見た限り……着ていた服は邪神教のものだったと思います」
「邪神教……」
「はい。調和を表す四角に黒い目玉のマークです。かぶっていたフードに付いていました」
「リタが噂していた奴らか」
「はい。残党がいたという噂は本当だったのでしょうか」
「そうみたいだな。しかし、なんでまた俺たちに……」
金銭目的なら、もっと金を持っていそうなやつを狙うだろう。レイナはともかくとして、俺は絶対に金持ちには見えない。
奴らに狙いがあるとしたら、俺が神託の勇者だということか。似ているとは言えない似顔絵も出回っているので、俺の顔を知っている人間もいないことはない。女神に
「可能性としては俺を狙ったのかもしれないな。すまん……巻き込んでしまって」
「大丈夫ですよ。幸い、アンクさまからいただいた服は汚れていないようですし」
レイナはにっこりと笑って言った。
服の心配をしている場合ではないのだが……レイナにとっては重要な問題らしい。自分の着ている服が綺麗なことを確認すると、ホッとした顔になっていた。
「どこに向かっているんだろうな」
馬車はかなりのスピードで進んで行っている。誘拐目的だとすると、どこか目的地があるはずだ。
馬車の窓から様子を見たいが、ここまで厳重に縛られてしまっては、身動きも出来ない。
「何か手はないか」
「背後から奇襲をしましょう」
「奇襲って……手錠はどうするんだ。この手錠、魔法を封じる呪いがかかっている」
「大丈夫です。魔法を使わなくてもこれくらいなら、すぐに外せます」
そう言うと、レイナは口の隙間から細い針金のようなものを出して、手錠の鍵穴に差し込んだ。歯の間に挟んだ針金を器用に動かすと、カチリと乾いた音がなった。
「外れました」
「…………」
あっさりと手錠を外して、両手をぷらぷらと動かしてみせる。自由になったレイナは、そのまま俺を縛っていた手錠もあっという間に
「いや……なんでそんなもの持っているんだ」
「癖です。ピッキング、得意です」
「あぁそうか……そういえば、そんな記憶を見たような……、レイナ、弟がいたんだな、初めて知った」
『弟』
その単語が出た瞬間に、レイナの表情は凍りついたように固まった。触れてはいけない
「私の昔の記憶……ですか?」
「詳しいことは分からなかったけど、レイナはどこかの家に忍び込んで、ピッキングで開けていたんだ」
「……それからは?」
「子どもさらい……だったっけか。黒い影に出会って、それで終わりだった」
「……子どもさらい」
「レイナ?」
俺の話を聞いたレイナは、明らかに動揺していた。口をつぐんで、それ以上何も言おうとはしない。薄暗い車内で表情までは分からないが、あまり話してもらいたくなさそうな雰囲気はあった。
悪かった、と声をかけようとした時、馬車が止まった。ガタンとひときわ大きな揺れのあとで、しんとした静寂が車内を包んだ。
「止まりました……!」
「つかまっているフリをしよう。油断させて話を聞き出すんだ」
話の続きだったが、直近の問題は目の前の襲撃者だ。邪神教だか何か知らないが、俺の故郷での不届きを許すわけにはいかない。
手錠とロープに拘束されているフリをして、床に横たわる。
馬の鳴き声と人の足音。耳を澄ませると複数人いることが分かった。会話しているのは男の声が3、4人。
足音が近づいてくると、車内の後ろにつけられた
「よぉ、お目覚めか」
邪神教のマークがついたフードをかぶり、仮面で顔を隠した男が声を発する。くぐもっていて聞き取りにくいが、やはり思った通りの声だった。レイナからの情報で正体はだいたい見当はついていた。
「おまえ、カルカットのオークションで司会をやっていたな」
「……覚えていてくれて光栄だ。俺もあんたのことを知っているよ。ガムズって言うんだ、よろしくな」
やはりか。声を強化する魔法は珍しく、そう同じ使い手はいない。
表情の無い仮面をかぶったガムズは、足を結んでいたロープを切り裂くと、俺たちを馬車の外へと押し出した。
辺りはこれといった特徴のない森で、太陽はちょうど真上に見える。時間は正午過ぎと言ったところだろうか。
「こっちだ、歩け」
他には3人の似たような格好の男がいた。背丈は俺とほとんど同じくらいだが、1人だけ腕力のありそうな大柄な男が先頭を歩いていた。
縦の隊列を組んで、まっすぐな道を歩いていく。俺のことを警戒してガムズが、何度も目をやってくる。
「おい、俺のこと知っているみたいだけど、何が欲しいんだ? 言っておくけど、金なんか持ってないぜ」
「……金目的ではない」
「邪神教って言ったか。そんな時代遅れなかぶりものして、何が楽しいんだ」
「我々は邪神教などではない」
「じゃあなんなんだ。訳も分からず殺されるのは勘弁してくれよ。せめて理由くらい聞かせてくれたって良いだろう」
沈黙。
どうやら俺の言葉に耳を傾ける気は無いらしい。かなり慎重な連中だ。情報を一切与えることなく、隊列は岩壁にあいた
「ここで止まれ」
ガムズはそう言って、先に洞窟の中の様子を確かめた。
俺がかたくなに立ち止まっていると、仮面の1つが近づいてきて、こう言った。
「大丈夫、儀式は一瞬だ。苦しみも無いし、痛みもない。あっとういう間に死ねる」
「儀式?」
「血の儀式だ。神託の勇者の血液はさぞ旨いんだろうな」
ガムズが火で灯した洞窟の先には、どす黒い色の血痕が見える。いくつもの色に染まった地面は、ここで大量の血が流されたことを意味していた。
「な……!」
1人や2人じゃない。
何人もこの場所で人を殺めている。
「早く進め」
「アンク……さま」
レイナが不安そうに俺に視線をやった。
これ以上は見ていられない。想像以上にやばい奴らだ。仮面の奥の瞳は、薬か何かでやられたみたいに焦点が合っていない。
こいつらは宣言通り、俺たちを殺すつもりだ。
「
巨大なイメージの箱を展開する。
時間はかけていられない。鍵のかかっていない手錠を外して、俺は
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