第62話 大英雄、反撃する


 ガムズが後ろを振り向いた瞬間、自分の周りの空間を一気に固定する。イメージの箱を自分の周囲数10メートルに張り巡らせて、近くにいる男から急襲する。


 手錠を外した俺に、目の前の男が言葉にならない悲鳴をあげた。


「な……!」


「悪いな。こんなところで死ぬ訳にはいかないんだ」


 動きを止めた仮面の男の首筋に一撃。

 懐から取り出した杖を当てると、敵の首筋を電流が走った。


「ぐあああぁっ!!」


 まずは1人。男の身体が崩れ落ちる。

 特製の電気杖スタンガンを喰らって無事な人間はまずいない。たくわえた魔導石の余力は十分ある。4人倒すくらいなら訳はない。


「くそっ! 手錠を外していやがったのか!」


 固定魔法が解けて、レイナの横にいた男が叫ぶ。懐から鈍く光るナイフを取り出し、一直線にレイナの首筋に向けた。


「おい! この女がどうなっても良いのか!?」


固定フィックス!」


 敵の言葉を聞く必要は無い。

 ナイフを持った手の動きを固定させる。そのまま杖を持って、レイナを助けようとしたが、彼女は「必要無い」というように小さく首を横に振った。


「大丈夫です」


 手錠を外したレイナは、自由になった手で男のみぞおちに3発の拳を喰らわせた。ドスと骨が砕けたような痛々しい音が辺りに響く。

 目にも止まらぬ速さで急所に拳を喰らった男は「ぐむぅ」と声を出して、地面に崩れ落ちた。


 男を地面に転がして、レイナは服についた汚れを払った。

 

「本調子ではないですが、このくらいなら問題ありません」


「おう……助かった」


「ありがとうございます。ただ後ろの人たちは、今の私には少し荷が重いです」


 レイナが俺の背後に目をやる。


 後ろから迫って来ているのは、図体の大きい男と声の魔法を操るガムズだった。まず眼を血走らせた巨体の男が、素早い動きで俺にタックルしてきた。


 直進してくる巨体をイメージの箱で覆う。


固定フィックス!」


「地の魔法、重なり合うものプリティブ・ニト!」


 さすがに学習したのか、俺の魔法に合わせて、敵も魔法を発動した。


 俺の魔法をかき消して、土が盛り上がり巨大な山が形成されていく。ズズズズと地鳴りがして、うねるように地面が動き始めた。


「へぇ、ゴーレムか」


 敵が作り出したのは、人間の背丈の3倍はあろうかという巨大な土人形ゴーレムだった。

 不恰好なゴーレムは、俺の視界を封じるように正面にそびえたっている。その後ろから、俺の様子をうかがう巨体の男が見えた。


 図体のわりに随分と姑息こそくな戦い方をするやつだ。


索敵サーチ……」

 

 空間補足の魔法を展開。

 視界をさえぎって固定魔法を封じたつもりだろうが、そんな戦法なんて腐るほど見ている。たとえ、幾千の岩壁に囲まれようとも、魔力をまとった人間の動きは手に取るように分かる。


 索敵サーチはあらゆるものを俯瞰ふかんできる。たとえどれだけ目の前を塞がれようとも、動く敵をとらえる完璧な眼だ。


 岩の奥にいる男を捕捉する。その方向に手をかざし、固定魔法を発動する。


固定フィックス


 男の動きを止めると、土ゴーレムの動きも止まった。間を縫って固まった男の背後に周り、スタンガンをお見舞いする。


「あ、ぐ……!」


 敵がうめき声をあげると同時に、バラバラと音を立ててゴーレムが崩れていった。これで一丁あがり。あとはガムズだけだ。


 崩れ落ちた仲間を見て、ガムズはいまいましげに俺を見た。


「やってくれたな……!」


「先に喧嘩けんかを売ったのはお前たちだ。俺たちを襲ったこと、たっぷり後悔させてやるからな」


めるなよ」


 ガムズはここに来て初めて仮面を外し、素顔をさらした。カルカットで見た時とは、同一人物だとは思えないほど怒りに歪んだ顔をしていた。


身体強化ブースト……!」


 ガムズの周りをどす黒い魔力が包む。

 俺たちを気絶させた時と同じ魔法。ガムズの周りに強い魔力が集まっているのが視認できる。なかなかの使い手だ。


「レイナ下がってろ! 音波がくるぞ!」


「……はい!」


「もう遅い!」


 ガムズが口を開ける。途端に声による衝撃波が放たれる。ビリビリと辺りの木々が震え倒れていく。下手な爆弾よりもずっと威力がある。


 ガラガラガラと派手な音を立てて遠くの岩肌さえも崩れていく。


「…………っ!」


 人間がやったとは思えない威力。魔物化したドラゴンの息炎ブレスすら思い出させるほどだった。

 ヒビの入った地面から砂塵さじんが舞い上がる。吹き飛ばされた俺たちを見て、勝ち誇ったようにガムズは笑い声をあげた。


「ハハハ! 至近距離での音の波動だ。最大威力で生きていた人間はいねぇよ!」


 音の波動で空気がビリビリと震える。

 

 ……だが、全ては種の明かされた手品。防ぐ手立てが分かってしまえば、なんということはない。衝撃から身を起こし、ガムズの正面に立ってみせる。


「残念だったな。おまえの攻撃はもう効かない」


「な!?」


 平然と立つ俺を見て、呆気にとられているガムズにスタンガンを食らわせる。腹に杖を押し当てて電撃を浴びせかけると、力なくガムズは倒れこんだ。


 電撃をまともに喰らったガムズは悔しそうにうめいた。


「あばよ」


「悪いな、ちょっと電流を強くした。しばらくは動けない」


 電気杖スタンガンのパワーをあげておいた。人間には十分すぎる威力のはずだ。これ以上の抵抗は無理だろう。


 これで一件落着。

 人間相手というのは頭を使うし、どうも疲れる。不意打ちを除けば無傷で戦闘を終えられたし、レイナも元気そうにガムズたちをしばっているから、まずまずの結果と言えるだろう。

 

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