【ゼロ(No.00.1)】


 空き巣に入る家は、その家人をきちんと観察した後で選ぶようにしている。


 まず成金なりきんであること。ただの金持ちではない。由緒ある大金持ちである貴族は金の管理には厳しい。帳簿ちょうぼをつけて管理することが染みついている貴族から、何かを盗むというのはリスクが高い。


 反対に成金なりきんというのは金の管理が雑だ。

 金銭感覚が身体に染みついていない。大量に金が入り込んでいくものだから、出て行く金にもうとい。金が底なしで入ってくることを信じてやまない。


 だから、空き巣に入る家はそういう家を探す。


 そのために必要なのが情報収集。

 とは言っても私自身も子どもだから、出来ることは限られる。行き交う人の噂に耳を澄ませることしかできないが、それだけでも十分。


 何せ私は透明人間だから。

 風景と同じようなものだから。


 セキュリティが甘い家を選んで、それを『お得意先』として記録しておく。仕事がしやすい家として、侵入口や空き時間を記載しておく。


 さらに1つの場所に集中することが無いように、地図とチェック表も作る。あまり同じ家に空き巣に行くと、家人に怪しまれる可能性が高い。最低でも1ヶ月に2度同じ場所には出むかない。


 それがルール。

 孤児として暮らすには、注意をし過ぎることはない。どれだけ準備を重ねても、不足の自体は起こる。私自身も危うく自治警察に見つかりそうになって、ひやっとしたことは何度もある。


「今日は……東のルイマ酒店かな」


 この店はもう2ヶ月『仕事』をしていない。

 3丁目の東に住居を構えるルイマ酒店は、辺りのバーの好景気にうながされて、羽振あぶりも良い。2階の事務所は雨どいを使えば、簡単に侵入できるし、老夫婦2人で営んでいるために日中はもぬけのからになって、見つかっても逃げやすい。


 簡単な仕事だ。

 金庫から銀貨1枚でもせしめてしまえば、当分は暮らすことができる。今日は夜中から雨だというから、早めに仕事を終わらせてしまおう。


 早足で通りを駆け抜ける。迷路のように入り組んだ通りも、私にかかれば庭も同然だ。最短距離かつ目立たない道を選んで走っていく。


 10分も経たずにルイマ酒店に到着。

 まずは店先の確認。ディナーの前の時間ということもあって、店は繁盛していた。入り口の方では老夫婦が忙しそうに客の応対をしている。


「うん、今日も繁盛、繁盛」


 この分ならば、当分は店にかかりきりだろう。こんな昼間から空き巣が入るだということは、考えもしまい。裏の事務所は絶対に誰もいない。


 裏口の方に回って雨どいをつかむ。

 屋根の方まで続いている古い雨どいは、途中で窓枠の近くを通る。ここから伝っていけば、誰にも気づかれることなく窓から侵入する。


「さぁ行くか」


 家では育ち盛りの弟が待っている。

 細い雨どいを掴んで、力を入れてよじ登っていく。こういうときに魔法を使うことが出来れば、もっと手早く出来るはずだが、残念ながら私は魔法が使えない。


 同年代の子どもであれば、家庭教師を雇ったり学校に通って魔法を習う。市民権の無い孤児にとっては魔法は縁遠えんどおい存在だ。


「よし、よし」


 ギシ、ギシと手をかけるたびに、雨どいがきしむ。折れないように必死に祈りながら、登っていく。


 大丈夫、今日はツいている。

 生きることで重要なのは体力と運。それさえあれば、こうやって窓から忍び込んでピッキングで鍵を開けることも出来る。


 ————今日を生きることが出来る。

 

 中に誰もいないことを確認して、窓を開ける。そおっと音を立てないように、薄暗い部屋の中へと足を踏み入れる。足跡がつかないように靴を脱いで、綺麗な模様の絨毯じゅうたんをふむ。


 部屋の中は暗く視界は良くないが、だいたいの位置取りは頭に入っている。目を閉じていても、金庫までの道のりは分かる。


 のっぺりとした黒の四角い形状の金庫。鍵は正面に1つ。鍵穴は窓と同じような単純な作り。

 針金を差し込んで、鍵穴の作りに差し込んでカチカチと音を鳴らす。1分以上かかると、リスクが大きくなる。


 カチッ。

 解鍵の合図がする。「よし」と声には出さずに、頭の中でガッツポーズする。


 中を開けると、金貨と銀貨が山のように入っていた。


「もうかってるなー……」

 

 ルールはもう1つ。

 欲張ってはいけない。


 雑然と並べられている金貨の山から、銀貨をいくらか拝借する。なくなっても気づかれない程度の3、4枚を取っていく。


 持ってきた袋の中に入れて、金庫を閉じて再び鍵を閉める。何事も無かったかのように、元通りにするまでが仕事だ。


 あとは退散するだけ、そう思った時だった。


 ガタリ、と背後で物音がした。誰かが後ろにいる。足音は私の方へと確かに近づいてきている。


 ————やばい


 汗が吹き出す。足音からすると老夫婦のどちらかではない。


 まだ他に人が?

 どうする? どうする? どうする?


 謝れば許してくれるだろうか。いや、甘いことを考えるな。つかまれば自治警察に引き渡されるのは間違いない。そうなれば、1ヶ月は強制労働を強いられる。

 私は良い。でも弟はダメだ。私なしで1ヶ月も生き延びることなんて出来やしない。


 ……逃げるしかない。

 ポケットからナイフを取り出して、震えてる手をおさえて、背後から忍び寄ってきた影に向ける。


「……おねえちゃん」


「え……?」


 その正体はフードを目深まぶかにかぶった弟だった。今度は別の意味で血の気が引いていく。


「な……んで?」


「ついてきちゃった……! だって普通に言っても、連れて行ってくれないじゃん。だからこっそりお姉ちゃんの後ろにくっついてきたんだ。上手でしょ、雨どい登るの!」


 弟は自分の武勇伝を嬉々ききとして話した。寝ぐらに帰ると見せかけて、私を尾行してきたことを誇らしげに語った。


「ね。だから僕にもやらせてよ、仕事!」


「…………バカ」


「あれ……もしかしておこってる?」


「当たり前だよ……! なにやってるの、危ないじゃない! あぁ、もう!! 早く行くよ!!」


 弟にもむかつくけれど、尾行に気がつかなかった自分はもっとむかつく。

 早く行かなきゃ。さすがに家人やじんが気がついたかもしれない。ぼけっと立っている弟の背中を押して、早足で窓まで駆けていく。


「あれ、もう仕事終わったの?」


「とっくに終わった。さぁ逃げるよ」


「……おねえちゃん。あれ……」


「ん?」


 前を進む弟の背中が固まったように動かなくなる。恐怖でこわばる彼の横顔は、まっすぐ窓の方を指差していた。


「あ……」


 彼が指差していたその先には、深い闇を纏った人影があった。

 黒い服は光を反射しない。絵の具を全部混ぜた色よりも黒い。


「子どもさらい」


 弟がそうつぶやく。

 目の前の闇は背の高い人間だった。この家の人間ではない。いつからいたのか、気配すらなかった。


 こいつが……子どもさらい。

 私たちに近づいてきた子どもさらいは、かすれた声でこう言った。


「……すばらしい」

 

 動けない。

 守らなきゃいけないのに。足がすくんで、手も震えて、身動きが取れない。底知れ無い恐怖が目の前にあるのに、逃げることすら出来ない。


 闇はゆっくり忍び寄ってくる。

 悪魔のような手が伸びてきたと同時に、意識が遠のていく。眠るように、意識がさらわれていく。けれど、つないだ手だけは離さないように握った。


 どこにも行っちゃダメだと。

 その手に……強く強く力を込めた。


 


 

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