第28話 大英雄、餃子パーティーをする


 人の家に入ってくるなり空腹で倒れたサティを、レイナはテキパキと椅子に座らせて、すぐに晩飯の準備に取り掛かった。


「どうやら、かなり長い旅をしていらしたみたいですね。待っていてください、今すぐにご飯にします」


「頼む」


 レイナがサティを怪しむ様子は見えない。まさか本当の女神だとは勘づくまいが、サティの様子を察するに他人には本当のことを言うなということだろう。


「腹、へった……」


 もっともこんな情けない姿をさらしている女が女神だとは俺も信じたくない。


「…………できました。アンクさま、サティさま、餃子なるものです」


 少し不恰好だが、こんがりと焼かれた餃子の山が出てくる。香草をまぜたひき肉を使ったので、心地よい香りがする。


 醤油がないので、代わりのソースで代用することにした。豆から抽出された酸味の強いあっさりとしたソースで、俺が知っている限り1番醤油に近いものだ。


「さぁ、食べろ」


「じゅるり」


 目の前に並べられた餃子を見ると、サティはむくりと起き上がった。フォークを取って突き刺すと、ソースをつけることも忘れて、次から次へと放り込み始めた。10個ほど飲み込んだあとで、小さな声でつぶやいた。


「……うまい」


「良かった」


「うまい、うまい!」


 レイナが焼いた餃子を、サティは次から次へと口に放り込んでいった。遠慮もなければ、節操もない。フォークで突き刺しては、一口でパクリと食べていく。大量に作った餃子の山は、みるみるうちに減っていく。


「すごい食欲だなぁ。おい、ちょっとは遠慮しろよ」


「うまい、うまい!」


 ……一心不乱に食べている。

 本当にこいつは女神だろうか。間違えてどこかの浮浪児が迷い込んできたとしか思えない。


「レイナ、焼くのはあとで俺がやるから、早く食べてくれ」


「ですが」


「良いから、ぼやぼやしているとこいつに全部喰われちまう」


 餃子をバキュームカーのように吸い込んでいくサティを指差す。


「うまい、うまい!」


「……分かりました。では失礼いたします」

 

 欲望を抑えずに食べるサティの姿に、さすがに危機感を持ったのか、レイナはそそくさと椅子に座った。


「いただきます」


 レイナはフォークを持つと丁寧にお辞儀をして、餃子を突き刺した。焼きたての餃子を冷まして、上品な仕草でぱくりと口に入れた。


 咀嚼そしゃく、のち無言。

 何の反応を見せることもなく、レイナはフォークを食卓に置いた。


「……どうだ」


「美味しいです、とても」


「良かった」


「美味しいです、とても」


「2回言うってことは気に入ってくれたんだな。ありがとう」 

 

 レイナは微笑みながら、もう一口餃子を口に入れた。


「香草がよく効いています。香ばしいというか、ソースにとても良く合います。不思議と止められない味です。はい、とても気に入りました」


「気に入ってくれたか。簡単で美味しいだろ」


「フォークが止まらないという比喩も分かります。どうぞ、アンクさまも召し上がってください」


「あぁ」

 

 レイナに促されて、餃子をフォークで突き刺す。


「いただきます」


 うん、完璧だ。

 感動とともに、ビールを流し込む。レイナもどこか自慢げな表情を浮かべて、俺のことを見ていた。


「いかがですか」


「われながら、うまい。次の焼いてくるから、ちょっと待ってろ。交代でやらないと、サティに全部取られちまう」


「はい……ではお言葉に甘えさせていただきます」


 レイナもそこそこ腹が減っていたらしく、サティに負けず劣らず食べ進め始めた。


 山積みになっていた餃子は、あっという間に無くなってしまった。たくさん作っておいて良かったが、せっかく買い出しにいったひき肉がほとんど無くなってしまった。


「はぁー、食べた食べた」


 のんきにお腹をさすりながら、サティはお茶を飲み干すとようやくまともな言葉を放った。


「いやぁ、ごめんね、ごめんねー。お腹が空いちゃってさー。おとといから何も食べていなくて」


 シスターであることを忘れて、もう言葉使いが適当になっている。レイナにばれないように注意すると、サティはあっけらかんと返答した。


「もうやめた。慣れないことはするもんじゃないね」


「おい、レイナにどうやって説明するつもりだ。さすがに怪しすぎるだろ」


「それはねぇ……まっかせてー」


 静かに席に座っていたレイナに、サティはぺこりとお辞儀をした。


「レイナさん、だったっけ。改めて初めまして」


「はい、サティさん。……あなたは普通のシスターとは雰囲気が違うようですが、一体アンクさまとはどういったご関係でしょうか……?」


「うん、ご名答。私はただのシスターではないよ」


 ふふ、と言ってサティはニンマリと笑った。指を立てて「ここだけの話だよ」とレイナに言うと、彼女は小さな声で言葉を続けた。


「私はね、秘匿機関ひとくきかんの一員なんだ」


「秘匿機関……?」


「そうだ。女神の神秘を守るために、聖堂総本山に置かれている機密部隊。それが秘匿機関だ」


「初めて聞きました」


「秘匿だからね」


 レイナの言葉に、サティはわざとらしく大きく頷いた。


「うん、サティという名前もコードネーム。隠密に動く私たちは存在を知られてはならないんだ」


「その……秘匿機関さまが何をしにいらしたのですか……?」


「実は、『異端の王』を討伐した大英雄に頼みごとでね。ここから話す内容はトップ中のトップシークレット。情報を知っただけで危険を及ぼす可能性がある。悪いんだけれど、席をはずしてもらえないか」


 さも深刻と言った顔で見つめてくるサティに、レイナは少し迷ったあとで、「分かりました」と言って立ち上がった。食器を下げて、水の中にけるとペコリとお辞儀した。


「では、失礼いたします。何かあれば2階におりますので、お声がけください」


「うん、おやすみ」


「……おやすみなさい」


 不審そうに顔をくもらせていたレイナだったが、俺たちに背を向けると静かに階段を上がっていった。

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