第27話 大英雄、訪問を受ける
レイナの声が聞こえる。
身体が揺さぶられ、頬を彼女の髪先がくすぐった。
「アンク……さま!!」
目を開ける。
レイナが必死の
身体がどことなく
「だ、大丈夫ですか……!」
「あぁ……問題ない」
目をこすると、痺れのようなものはすぐに無くなった。意識も
「また、気を失っていたんだな」
「はい。今度は苦しそうにうなされていて……いったいどうされたのですか」
「いや……」
『アンク』
今度ははっきりと分かった。映像の中の登場人物の1人。森の中でシチューを作っていたものの男は間違いなく俺だった。顔形や『異端の王』を討伐すると言っていることも
けれど、なぜだろう。今の映像は俺自身の記憶にはないものだ。そもそも俺の記憶ではないのか、それとも……、
「アンク……さま?」
横に立つレイナが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……なんでもないよ、大丈夫」
レイナの手のひらに視線を落とす。餃子を包むために、レイナは手袋を外していた。そして手を重ねた瞬間に、あの映像が流れ込んできた。
前回はシチュー。
前々回は血に触れた瞬間だった。
いずれも、この家の中で起きたことだ。
「なぁレイナ。何か……隠していないか?」
そう問いかけると、レイナは息を呑んで俺から視線を
怪しい。心当たりがありそうだ。
「何か……知っているんだな?」
「……私……は……」
レイナは手を組んで、ふるふると震えていた。俺から距離をとるようにすっと、後ろに下がってそのまま逃げようとした。
「待ってくれ、レイナ。秘密は無しだ……!」
俺が呼びかけると、レイナは何かに
間違いない、彼女は何かを知っている。そして何かを恐れている。
「何か知っているなら教えてくれ。できる範囲で構わないから」
彼女は俺から視線をそらしたまま、ようやく言葉を発した。
「……おそらく、それは私の魔法に関係するものかと、思われます」
「魔法?」
レイナは頷いた。
「私の魔法は人の記憶に関するものです。……接触によって記憶を
「5大魔法に属さない力か……もしかして、それを知っていて手袋をはめたのか」
「……はい、力のコントロールがうまくいかなくて、アンクさまにご迷惑をおかけするのではないかと思って、それで……」
目を伏せながら、レイナは言った。乱れた前髪に隠れて、彼女がどんんな表情をしているかは分からなかった。
ただ、彼女の声は震えていた。途切れ途切れの様子で話す彼女は、明らかに動揺していた。
「じゃあ、あの映像については? あの森の中で会った人間のことだ。真っ赤な。あれは一体誰なんだ? 本当に起こったことなのか?」
「わかりません。あくまで幻覚ですから」
レイナは少しだけ視線をあげて、首を横に振った
「……私に分かるのは、自分の能力が記憶を混乱させるものだということだけです。その際にアンク様が何を見ているかまでは分かりません。その人について、アンク様の記憶に無いということであれば……やはり幻覚は幻覚なのでしょう」
「全部……幻覚」
「はい、ですから気になさることではありません」
「気にすることは……ないか」
全て幻覚。そう言われたほうが安心はする。
だが、何かがおかしい。あれはおそらく一続きのストーリーになっているからだ。
レイナの説明では納得は出来ない。
考えを巡らせていると、レイナが申し訳なさそうな声を発した。
「あの……ごめんなさい。今後はこのようなことが無いように、アンク様には触れないようにいたしますので」
「いや、良い。むしろ気になってきた。一体、あの映像が何なのか。レイナ、もう一度試してみても良いか?」
「だ、ダメです!!」
レイナは怯えたように大きな声で叫んで、後ずさった。手をかざして近づいてきた俺から逃げるように、キッチンの出口の方まで後退した。
レイナの息は荒く、本当に嫌がっているようだった。
「……この魔法はダメです。負担がかかって、とても危険なんです。ですから……不用意に近づかないでください……!」
「そんなに危険なのか」
「はい……ですから、絶対に……ダメです!」
「あー……悪かった。ごめん、レイナ」
差し出した手を引っ込める。
無理してまで知りたいことでもない。それが危険なことならば、レイナが嫌がるのならば、強要することもできない。
あの映像に関しては忘れた方が良さそうだ。
それが何のなのかは知らないが、今のところ世界は平和で、
好奇心は猫をも殺す。
この辺が引き際だ。何より嫌がっているものを無理やり強制したくはない。
「よし! じゃあ餃子を作りを再開しようか! 皮も包んだからあとは焼くだけだ」
「は、はい……申し訳、ありません」
「もう謝らなくて良い。レイナは何も悪くない」
「で、ではお食事の準備を……」
ホッとした顔のレイナが、フライパンを準備しようとしたその時だった。
トン、トン。
ドアをノックする音がした。
「誰だ?」
「こんな時間にお仕事でしょうか……?」
トン、トン。
木の扉を叩く音は、再び鳴った。切羽詰まっているような感じでも無い。魔物退治の依頼だったら、もっと叩きつけるようにノックするはずだ。
俺にそっと目配せしたレイナが、ゆっくりとドアのほうへと向かう。軽くドアをノックする音に応えて、ドアノブを回す。
「はい、どなたでしょうか……?」
「突然、すいません。私、聖堂につかえるものです」
「……シスターさん、ですか?」
レイナが応対している相手は、黒い修道衣を羽織っていた。聖堂につかえるシスターが着用している制服だ。
そのシスターは子供かと思えるほどに小柄だった。目深に被っているので、顔は分からないが、ちらちらとブルーの髪の毛が見え隠れしている。
青い……髪……?
「そちらにおられるのは大英雄さまですか?」
シスターは顔を伏せたまま、俺の気配に気づいたようで、身体をこちらに向けた。
「あぁ、俺は『異端の王』を倒したアンクだ。なぁ、もしかしてあんた……」
「やはり、そうでしたか! 探した!……じゃなくて探しましたよ!!」
パァッと輝くような顔を向けた彼女は、にっこりと眩しいくらいの笑みを向けた。宝石のように綺麗な髪と瞳。神々しささえ覚える、この外見は間違いなく……、
「おまえ、めが……!」
「お久しぶりです、大英雄さま!」
女神じゃないか、と言おうとしたところで、シスターはすっと人差し指を動かして、俺に黙るように促した。
そして再び深刻そうな顔つきに戻ると、レイナの方を向いた。
「わたくし、旅先で大英雄さまに助けられました『サティ』と申します。今日は聖堂からのメッセージを届けに伺いました」
「は、はぁ……女神さまと同じお名前ですか」
レイナは突然現れたシスターに怪訝そうな視線を向けた。
「シスターとしてはありふれた名前です」
怪しすぎるシスターはフードを脱いで、ボサボサの肩まで伸びた青い髪を整えた。
ホッと息をつくと、サティは家の中に入ってキッチンの方を見ると、嬉しそうな顔をした。
「……突然でおこがましいのですが、わたくし、とてもお腹が空いておりまして……」
「お腹?」
「はい、腹が減って、もう倒れそうで……」
そこまで口にすると、サティは前のめりになってバタンと倒れた。糸が切れたみたいに彼女の身体は床に転がった。
ぐううううううう。
派手なお腹の音が鳴った。床で広がった修道衣はまるで、巨大な影のようだった。
サティ、もとい女神サティ・プルシャマナは突然俺の家へと現れて、そして空腹で倒れた。
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