① 女神来訪す
【掌(NO.06)】
つながりを保証するものは何だろうか。
一番確かなものは「血」だ。家族と家族をつなぐ血は、つながりを保証するものとして最も実際的なものだ。たとえそれが望まないものだったとしても、血で結ばれたつながりは断ち切ることはできない。
他には例えば、同じ屋根の下に暮らしていること。
実際は、それはなんの保証にもなっていないかもしれない。そういう人もいるだろう。でも私にとってはその確証たるものが、
家族を永遠に失った私にとって、人と人とのつながりは
私と彼の「つながり」を保証してくれるものは何もない。
「俺の名前は『アンク』。よろしくな」
不確かなつながり。
こう言うと笑うかもしれないけれど、私と彼は、目に見えない何かで繋がっている感じさえした。
あの森で彼に助けられた後も、アンクと名乗ったその男に私は何度も出くわした。お互いに魔物退治を生業にしているからか、依頼を探している時、魔物の住処で野営をしている時、依頼の報酬を受け取った後の酒場で、何度も会うことになった。
「最近、良く会うな」
アンクも同じことを思ったらしく、良く私に話しかけてくるようになった。私が何も話さないにも関わらず、酒場やなんかで私の姿を見つけるとアンクは一方的に話しかけてきた。
「師匠と別れてから、結構大変でさ。1人で魔物を捕まえるって言うのは、骨が折れるな。今日もほら、魔法を失敗してアカザミコウモリに噛まれちまった」
アンクはそう言って笑いながら、ぱっくり開いた傷跡を見せてきた。痛々しく赤くなった傷跡からは、まだ少しだけ血が出ていた。
アカザミコウモリは動きは速いが、大した力もない。
「どう、して」
「ん?」
「ころせば、いいのに」
邪魔ならば動けなくして仕舞えば良い。この男にはそれくらいの力がある。わざわざ怪我をする理由が私には分からなかった。
私の言葉に男は困ったように顔を伏せて、そして笑った。
「殺せないんだ。正確に言うならば、殺したくないかな。生き物を殺すっていうのは、未だに抵抗がある。変なことを言っていることは分かるけれど、こればっかりは身体に染み付いたものだ。食べ物の好き嫌いみたいなものと同じで、治せるものじゃない」
「そう……」
「…………その目はどうして、おまえなんかが魔物退治をしているって感じだな」
私の顔色を読み取って、アンクは苦笑いした。テーブルの上をトントンと指で叩いて、少し考えたあとで彼は口を開いた。
「俺もまとまった金が手に入ったら、止めようと思っていた。だが、状況も事情もそれを許してはくれなくてさ。助けを求めている人がいるなら、俺はその力を使わないといけない。君は……『異端の王』って知っているか?」
ドキン、と心臓が跳ね上がる。
知らない、と首を横に降ると、彼は肩を落とした。私に向けられたものではなく、どこか冗談めかしたような仕草だった。
「だよなぁ……。俺もどこを探せば良いか。にっちもさっちも……」
アンクは水を飲みながら、ぶつぶつと文句の言葉を続けた。
話の
瘴気が濃ければ強い魔物が産まれる。
それが『異端の王』の手がかりになる。顔色を読まれないように視線を
「……君はどうして魔物退治をやっているんだ」
大体、自分のことを話を終わったあとで、アンクは私に質問してきた。何の気なしに、グラスを傾けながら私に問いかけた。
どうして……?
さっき自分が同じような問いをしたにも関わらず、何と答えて良いのか分からなかった。自分自身のことを問われるのは初めての経験だったので、普段以上に言葉が出てこなかった。
どうしてだろう。
どうして魔物を殺すことを、私は選んだのだろう。
人助けのためではない。誰かの役に立ちたかったからでもない。やりたくてしょうがなかったからでもない。
これはいわば罪滅ぼしだ。
なんの解決にもならない自己満足だ。
ただ丁度よかっただけだ。手の届きそうなところにあったものを、選ぶでもなく自然に手に取っただけだ。
そう考えると、私はそもそも選んですらいなかったように思える。意思ではなく惰性。転がった先にあったものを、手に取っただけ。水に落ちたから、当然のように浮き輪を取っただけ。
それを言葉にするならば……、
「ほしい、から?」
「欲しい? 金か?」
「ちが、くて……ゆるし」
「ゆるし?」
「ゆるしがほしい。わたしも、まものを、ぜんぶころしたいとおもっている」
罪を
私の答えにアンクは瞳を左右に揺らして、深刻そうにうなずいた。
「そうか、魔物が憎いんだな」
「憎い、そうかもしれない」
アンクは私の言葉を聞くと、グラスをおいた。
「憎い……か」
口に手を当てて何かを考える仕草をして、アンクは予想外の言葉を口にした。視線をあげて、私の顔をまっすぐに見てきた。
「良かったら、『異端の王』を討伐するのを手伝ってくれないか。莫大な
「私……が?」
「あぁ、君の力が必要だ。魔物をこの世界からなくすことが出来るんだ。危険な仕事になる可能性が高いから、もちろん無理強いはしない。……君さえ良かったらの話だ」
予想外の提案だった。
私にそんな勇気はない。最初は断ろうと考えた。
「よかったら頼むよ。君が力を貸してくれれば、もっと多くの人を救うことが出来る」
彼は必死だった。
そして私もまだ助けられた恩を返していない。断る理由はなかった。
「危険は、大丈夫。けど……」
「けど?」
アンクは酔ってはいたが、冗談を言っている様子では無かった。私のことを見つめる彼の瞳はまっすぐで揺らぐことが無かった。
きっと彼は本気で『異端の王』を倒すまで諦めないだろう。短い付き合いだが、それくらいのことは理解出来た。
……そう、これは罪滅ぼしだ。
私が力を貸さないという理由にはならない。あと少し一歩踏み出すことを決意すれば良いんだ。
彼に確認する。
「私で、良いの?」
「もちろん」
私はその仕事を承諾することにした。
決して彼に本当のことを言わないと誓って。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかった」
「◼︎◼︎、◼︎◼︎、◼︎◼︎」
アンクに自分の名前を教える。
すると、彼は
「それじゃあ、ただの数字の羅列だ。名前じゃない」
否定されてしまった。
そうは言われても、それ以外の呼び名を私は知らなかった。その名前以外で呼ばれたこことはないし、呼ばれる必要も無かった。
アンクはしばらく目を伏せて、何事かを考えていたが、諦めたようにため息をつくと私の方へと手を伸ばしてきた。
「まぁ、名前は今度で良いか。とりあえず、握手だ。これからよろしくな」
伸びてきた手を見つめる。
この男の手にはいくつかの傷跡がある。たくましく鍛え上げられた腕にも、痛々しい傷跡がついている。
おそるおそる、その手に触れる。
がっしりとした人間の手に触れると、体温と血管が脈打つ音が聞こえたような気がした。どくん、どくん、とその音は私の心臓にも響いてくるように思えた。
彼も私も生きていて、そして繋がっていた。
「よろ、しく」
つながりを保証するには余りにか
けれど、彼の心臓の音は、私の内側で声高に幾度も反響して。
……そして、消えることが無かった。果たして、これはつながりと言って良いものなのだろうか?
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