第26話 大英雄、餃子をつくる


 ミンチ肉が入った小袋を抱えて、森の外れにある自分の家へと帰る。冷凍してあるので、溶ける前に急いで持って帰る。野菜も米もないけれど、肉さえあればどうにかなるだろう。


 まだ日も落ちきっていないし、今から急いで準備すれば、晩御飯までに間に合うはずだ。そんなことを考えていると、自分の家の方に明かりがともっているのに気がついた。


「レイナ、帰ってきているのか」


 少しほっとする。完全に家出した訳ではなさそうだ。

 扉を開けると、案の定レイナの姿が見えた。大きな荷物を抱えて、部屋の中を行ったり来たりしている。


「おかえり」


「おかえりなさいませ」


 俺が声をかけると、レイナは荷物を下ろしてペコリとお辞儀した。荷物の中はパンパンに膨らんでいて、随分と重そうだった。


「どこに行っていたんだ?」


「食糧を買いに行っていました。書き置きは残したはずですが……」


「あれ? そんなのあったかな……」


「ご主人様こそどちらへ?」


「俺も食糧を調達しに。書き置きは残した……はずだけど」


 テーブルの上に置いてあるメモ用紙を指さす。そこにはちゃんと『食糧を調達しに行ってくる』という俺の書き込みがあった。

 それを見たレイナは眉をひそめて、メモ用紙を手に取りくるりと裏返した。そこには綺麗とは言えない字体で『食糧を買いに行ってきます』というレイナの殴り書きのような書き置きがあった。


「あー……」


「どうやらすれ違いだったようですね。すいません、私の字が汚いばっかりに」


「そんなことないよ。俺の方こそ悪い。ちゃんと確認しなかったから」


 レイナは俺が抱えたミンチ肉がパンパンに入った袋に視線を落として、不思議そうな顔をした。


「それにしても……肉だけですか」


「あー、肉さえあれば、どうにかなるかなと思って」


「それは、実にご主人様らしいというか。えぇ……とても……」


 そこまで言ったところで、レイナはこらえきれないと言った感じで口元を抑えた。目の動きから察するにどうやら笑っているようだった。


 ……そういえばレイナが笑ったところを、最近見ていないかったような気がする。


「どうしましょう、このお肉たち。食料庫にはとてもじゃないですけれど、入りきりません。ですが常温で放置する訳にもいかないですし……。肉団子にしてお出ししましょうか」


「そうだなぁ……、せっかくなら今日は餃子にしようか」


「ぎょうざ、初めて聞く料理ですね。どんなものですが」


 キョトンとするレイナに餃子とは何たるかを説明する。小麦粉で肉を包んで調理するだけなのでシンプルかつ、ひき肉も消費できる。


「ご主人さまの故郷では定番料理だったのですね」


「ここにも似たようなものはあるけれど、一口サイズのほうがやっぱりしっくりくる。せっかくだから、作ってみないか」


「えぇ、とても良さそうに聞こえます」


 レイナがこくりと頷く。

 

 レイナがたるビールも買ってきてくれている。キンキンに冷やせないのが大変残念なのだが、あいにく我が家にはリタが持っているようなスーパー冷蔵庫はしつらえていない。 


 小麦粉はある。肉もある。醤油はないが、それに近いソースは作ることが出来る。


 準備は整った。


「まずは餃子の皮となる部分を作ろう。本当は強力粉と薄力粉を一対一でまぜた方が美味しく作れるんだけれど、小麦粉の種類もないし、少し厚めに生地を作ることにする」


「は、はい……」


「生地は熱湯でこねた方が良いんだ。お湯をかしてくれるか」


 焼き餃子を作る際は熱湯で生地をこねた方がもちっとした生地になる。特にこの辺の小麦は生地が柔らかいので、食感が少し弱い。


「こんなもんかな」


「こんなに薄く伸ばしてしまって良いのですか」


「破れても味は変わらないし、そんなもんだよ」


「見た目は二の次ということですね」


「そこまでは言っていない」


 生地をこねてから少し休ませる。

 その間にひき肉と野菜をまぜて具となる部分を大量に作る。野菜はニラがあったので、それをたっぷり混ぜていく。


 具を大量に作ったあとで、休ませた小麦粉の塊を平たく小さな生地に切り分ける。


「このくらいの大きさでよろしいですか?」


「うん、一口サイズくらいがちょうど良い。そうそう、そんな感じ」


 そのあとはひたすら無言で、こねこねと生地を作っていく。作る生地の厚みで、丈夫さと食感が違ってくる。思っているより神経を使う作業だ。


 数十分後、気がついたら餃子の皮の枚数は100近くになってしまっていた。


「だいぶ沢山ですね……」


「ちょっと多かったかも」


「ひき肉もたくさんあるので、量的には困らないですが、なにぶんこんなに食べられるかどうか」


「チーズもいれよう。あとスパイスも。全部同じ味よりは良いだろう。残った分は明日にとっておこう」


 スパイスをまぜたひき肉と、チーズをまぜたひき肉を新たに用意する。あとは普通のひき肉を使って3種類の餃子を作る。想像以上に手間と時間がかかってしまった。


「出来ました」


「よし……包んでいこうか。やり方は簡単だ、まずは皮に具を乗せる。それから皮の外周をなぞるように水を指でつける」


「こう……ですか」


「そうそう。それから2つに折って、折り重なるように具を包んでいく」


「…………む………こう…………あっ。…………破れてしまいました……」


 レイナは落ち込んだ顔で、けてしまった餃子の皮を見ていた。力の加減がうまくいかなったのだろう、ぼろぼろになった餃子の皮から具がこぼれ落ちてきている。

 

 しょんぼりしているレイナから、皮を回収して次の皮を渡す。


「大丈夫、これは肉団子にしよう」


「次こそは……ちゃんと餃子を作ります」


 —————結果として20個の肉団子が完成した。

 

 皮が破れてしまったもの、肉が多すぎてはみ出してしまったもの、反対に少なすぎたもの、なんとか包むことができたが饅頭まんじゅうみたいな形になってしまったものの。


「レイナ、おまえ……そんなに不器用だったか」


「……少し黙っていてください」


 レイナの眼差しはこれ以上にないくらい真剣で、必死に餃子と向き合っていった。眉間にシワが入り、口を真一文字に結んでいる。


「……がんばれ」


 思わず息をのんでレイナの一挙一動を見守る。スプーンでひとすくい挽き肉を入れる。プルプルと震える手のひらの皮に、そっと水をつける。2つに折って重ねていく。

 

「ゆっくり、慎重に、優しく……」

 

 自分に言い聞かせるようにレイナは、丁寧な動作で餃子を包んでいった。それを見つめていると、思わず手に力が入る。


「これを……こう、ですね……!」


 レイナが出来た餃子をかかげる。

 少し丸まっているがちゃんと出来ている。21個目でようやく、餃子らしきものが完成した。 


「出来ました……!」


「やったな!!」


 なんだかすごく嬉しい。

 レイナの顔がパアッと明るくなって、にっこりと笑った顔が俺に向いた。


 少し不恰好な餃子をレイナは俺に見せるように広げた。

 その小麦粉まみれに手のひらに、自分の手を合わせる。すごく嬉しそうな彼女の顔が、近くに見える。


 手のひらと手のひらが合わさった、その瞬間が合図だった。

 

 —————ブツッ。


 ぐらり、と視界が一気に傾く。

 楽しく弾むような感情が、突風にでもさらわれたかのように消えていく。


「ま、た……、これ……!」

 

「アンクさま!?」


 レイナの声が遠く、くぐもって聞こえる。

 前と同じように、映像のコマ送りが始まる。どこか違う場所の、何か違う話が展開される。頭の中でこすりつけるようになぞる誰かの意識が、俺の思考を支配する。


 ……ちくしょう、こんな時にまで。


 誰かの記憶が流れ込んでくる。

 だから、おまえはいったい誰なんだ?

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