第25話 リタと媚薬



 リタの顔が俺から離れる。彼女は沈んだような表情で、目を伏せていた。


「ごめん……」


「謝らなくて良い。まったくパトレシアも何でそんなものを……」


「なんか試したいことがあるって言って、厨房を貸していたんだ。覗いたら、とんでもないものを作っていた」


 見るからにやばそうな紫色の煙を立ち上らせながら、パトレシアは言ったらしい。


『あぁ、これ? アンクに使おうと思っているの! 市場で出回っているもの100倍近い効果を発揮する代物しろものよ!』


 危険を察知したリタは、媚薬を取り上げて食料庫で封印していたらしい。それがさっきの騒ぎで割れて、その煙を吸い込んでしまったということだ。


 確かに、こう……むずむずする。


「原液が飛散しただけで、この有様。1滴でも飲もうものなら、下手したら死ぬわよ。これはもはや媚薬じゃなくて、毒薬よ」


「確かに……少し効いてきたかもしれない」


「でしょ。あの人、たまにとんでもないものを作るの」


「悪いが、ちょっと身体を離してくれないか。このままだと取り返しのつかないことになる」


「ごめん無理。だいぶ効いてきちゃったから」


 リタは今度は俺の背中に手を回して、グッと身体を寄せてきた。

 毛布代わりの大きな袋の中で、俺たちはまるで1つの生き物みたいに密着した。彼女の首筋の方に手が触れる。リタのしなやかな身体が耐えきれないのという風に動いた。


「ん……」


 再び唇と唇が触れ合う。

 熱い吐息がリタの口から出て、そのあとに柔らかい舌が奥歯をめる。


「リ……た」


「取り返しのつかないことになっちゃってるみたい。ごめん」

 

 昂揚こうようした様子のリタは俺の身体をきつく抱きしめた。リタは唇を離すと、俺の耳元でポツリと呟いた。


「ねぇ、パトレシアと私、どっちが好き?」


「……比べるものじゃない」


「答えて」


「だめだ、せめて正気の時に言いたい」


 言葉にならないほど小さな声で、リタは「いじわる」と言った。暗闇の中でリタの細い身体が動くのを感じた。パサリと服を床に置く音がして、パトレシアよりも細くて鍛えられた肉体があらわになった。


「おい、バカ。なんで服を脱いでいるんだ」


「大丈夫、あたたかいよ」


 袋の中でもぞもぞとリタの身体が動く。あらわになった素肌を、寒さから守るように俺の身体にからみつく。脚、腰、胸、リタの身体の部位の1つ1つの柔らかさと熱さを感じる。


 その身体を撫でるように触れる。


「もっと、もっと触って」


 ささやくようなリタの声が聞こえる。

 

 膨らんだ胸の方へと手を滑らせる。おへその方からお腹の方へと、シャープな肉体の上の手を動かす。魔力炉の付近は熱くて、確かな手応えがあった。


「あ……ん……」


 袋の中でリタのあえぎ声がくぐもって、かすかに聞こえる。指の先で刺激すると、リタの息がどんどん荒くなっていた。身体の震えはすっかり収まっていて、代わりに袋の中で何度も身体を動かしていた


 ————もっと触れたいと思うのは媚薬のせいか、それとも……


 リタは俺の服の下に、ピタリと手を置いた。リタの手はまさぐるように、まるで俺がそこにいるのを確認するかのように、何度も何度も行き来していた。


「不思議。こうやって触ったり、触られたりしていると安心する」


「そういえば震え止まったな」


「そうだね……パトレシアに感謝しなきゃ」


 嬉しい、というほどでもなくリタはかすかに笑った。

 俺たちは何度も身体を確かめ合った。ほのかな快感と興奮で、寒さは気にならなかった。身体の中にストーブがあるかのように、温かく心地よかった。


 ドンドン、という音が聞こえたのはその少しあとだった。激しく扉を叩く音とともに俺たちは我に返った。


「リターーーー! そこにいるのーーーー!?」


「やば……」


 パトレシアの声だ。

 リタがいないのを不信に思ったのか、扉を叩き壊そうとしている。慌てて服を着ようとするがもう間に合わない。


「リタ、大丈夫!?」


 外側から閉ざされた冷凍室の扉が開けられる。

 顔を真っ青にしたパトレシアと共に、眩しい外の光が入ってくる。まるでスポットライトみたいに、袋の中で乳繰ちちくりり合っていた俺たちが照らされる。


「げ……」


 姉妹は全く同じ反応を示して、互いの顔を見合わせた。何も出来ずに動けないまま、逃れようのない空気が俺たちを縛り付けた。


「あ、あぁ……ぁあ」


 パトレシアは動揺したように視線を動かすと、倒れている媚薬の瓶に視線を止めた。


「ぬ、抜け駆け……! り、リタのばかー!!」


 涙目になりながら叫ぶと、パトレシアは一目散に貯蔵庫から走っていた。


「待って、パトレシア、違うの!」


「えーん、リタのえっちー!」


 泣いて走るパトリシアを、リタがどたばたと追いかけていく。姉妹の声はどんどん遠ざかっていった。


「……よいしょ」


 その声が聞こえなくなってから立ち上がる。

 まず壊れた棚を直して、床に散らばったミンチ肉を片付ける。それからリタに「ありがとう」と書き置きを残して、いくつかのミンチ肉を抱えて家まで帰った。


 また、後ろめたい秘密が増えてしまった。


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