王の思惑
冒険者ギルドから退出し、自国に向かってひとり歩くジルが誰もいない空間に目を止めた。少しそこを眺めた後、声をかける。
「カイン。いるんだろ? 出てこい」
その言葉に呼応するように、グレンデール王親衛隊隊長のカインが姿を現した。
「私の隠密術を見破るとは。陛下の直感も成長が止まりませんね」
「周りにいるのがバケモノばかりだとこうなるのだ。お前だって俺の成長を促すバケモノのひとりなのだぞ?」
ジルは次期グレンデール王として幼少期から英才教育を受けてきたが、それでもBランク冒険者程度の戦闘力しかなかった。一般人の限界とはそれくらいなのだ。
しかし彼のそばにカインが仕えることになった。異世界人で異常な戦力を持つアンナとこちらの世界の住人のハーフであるカインの影響を受け、ジルはその潜在能力を開花させていった。
そして最近はハルトの屋敷に出入りするようになった。ハルトの嫁たちが彼の寿命を延ばそうと、レアな食材を世界中から集めて日々の食事として出している。その食事会に招かれ、エルノール家と同じものを食べるうちにジルのステータスも異常に成長してしまった。
「あそこに集まっていたのはこの世界トップクラスのクラン。その代表たちだったわけだが……。正直誰にも負ける気はしなかったな」
「まぁ、トップが最強ってことじゃないのかもしれません。だとしても、陛下の親衛隊長としては此度のような行動は控えて頂きたい。一国の王であるという自覚をお持ちください。もしあそこにいた者たちが団結して陛下に襲い掛かっていたら、流石の私も無傷では済まないかもしれません」
「待て、お前。もしかしてあの部屋にいたのか?」
「私は陛下の親衛隊長ですよ。当然でしょう」
城から抜け出した時点で完全にカインの目を欺いたと思い込んでいたジル。しかしカインはずっとジルのそばで気配を隠し、影から彼を守っていた。
「……マジか」
「ところで陛下、最強クラン決定戦の会場はどうなさるおつもりですか? 我が国にはクランハウスがバトルできるようなクソデカい会場なんてありません。そもそもクランハウスで殴り合うとか本気ですか?」
「楽しそうだろ。もちろん俺は本気だぞ。会場の件だが、H&T商会に委託しようと思っている」
「H&T商会って、ハルトのとこの」
「本戦の開催が来月だからな。国の公共事業で入札形式にしたとしても、開催に間に合わせられる事業者などアイツら以外に考えられん」
各国最強級のクランがそれぞれのクランハウスを魔改造して『動くクランハウス』を実現させている。重要なのは彼らのクランハウスが巨大であるということ。最強クランには自然とヒトが集まるため、その拠点が大きくなるのも当然の流れだ。
そんな巨大なクランハウスが集い、戦う場所を確保するなど容易ではない。
「いくらハルトたちでも、たった一か月で会場を作るなんてできますかね? なにか事前に確認とかしたんです?」
「いや、していないが」
ジルの言葉を聞き、カインが頭を抱える。
「この国で俺が興味を持ちそうな事案が発生すると予言めいた直感を教えてくれたのはお前だ。俺はその言葉を信じてここに来た。あとのことはあまり考えておらん」
「半分くらい私のせいにしようとしてますよね」
「そう。お前が原因で、俺が実行者。つまり我らは共犯ということ。だからこれから一緒にハルトの所に行って頭を下げよう。『助けてくれ』──とな」
ジルはエルノール家と付き合ううちに、彼らを頼れば大抵のことは何とかなると理解してしまった。それが此度の暴走に繋がっている。
「陛下もご存じでしょう。この国の守護精霊であるウンディーネ様がハルトの所に嫁入りしたんです。あまり彼らに無茶を言うと、この国の加護なくなっちゃうかもしれませんよ」
「それは困る。しかし俺だって無茶を言うつもりはないのだ。当然対価は支払うし、それ以外にも可能な限りハルトたちの望みを叶えよう」
「どうしてそこまでするのです?」
「考えてもみろ。クランハウスが動くんだぞ? 戦うんだぞ? そんな情報を流せば世界中から王族や貴族がこの国に押し寄せる。するとどうなるか分かるだろう」
「……グレンデールの滞在で、彼らが大金を落としていってくれると」
「そうだ。通常の最強クラン決定戦でもかなりの経済効果があるが、クランハウスバトルが起きるともなればレベルが変わる。この国を今以上に発展させるには、なんとしても此度の最強クラン決定戦を成功させる必要があるのだ」
経済効果だけでなく、巨大なクランハウスが戦える場所を用意できるということでも他国にグレンデールの国力を誇示できる。そうした様々な思惑を秘め、ジルはカインと共にハルトの屋敷へ向かった。
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