最強クラン決定戦 予選(20/22)
「だ、旦那様。ごめん、な、さい」
「シトリー、どうしたの? 大丈夫?」
何かに抗うように苦しんでいる様子のシトリーを見て、ハルトが彼女を心配する。
「私は……。い、いや! そんなこと──」
「なぜ抗う。さっさと俺の力を受け入れろ。そしてあのバケモノを殺すのだ、シトリー!」
必死に抵抗するシトリー。
そんな彼女へ邪神が更に力を送り込んだ。
「うぐっ。あ、あぁ、あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ!!」
シトリーの瞳が赤く染まっていく。
「に、にげて」
ハルトを見ながら呟いたその言葉を最期に、シトリーの顔から表情が消えた。
「シトリー!? おい、どうしたんだよ! シトリー!!」
この時ハルトは既に彼女の状態を理解していた。妻であるシトリーが、かつて対峙した魔王と同じオーラを纏っていることに気づいていた。でも彼はそれを信じたくなかったのだ。
「ふははははっ! なぜ人族の貴様がシトリーと知り合いなのかは知らんが、もう何を言おうと無駄だ。この俺が、世界の暗黒面を司る神が過去一番の力を注ぎこんだのだ!!」
邪神の力は回復していた。それどころかハルトに呪いをかけた時の数倍の力を保持していた。邪神はそうなっている理由を知らないが、実はその原因はハルトにあった。
彼が膨大な魔力を消費することで、周辺の世界から邪神を介して負のエネルギーを回収している。その時、余分に引き寄せられるエネルギーがあったのだ。
「歴代最強魔王の誕生だ。さぁ、全てを蹂躙せよ」
「…………」
邪神が命令するが、シトリーは無言だった。それは彼女なりの最後の抵抗だったのかもしれない。しかし彼女の身体は命令に従う。
シトリーをこの世界に生み出したのは邪神だ。シトリーにとって創造主である邪神に逆らうことなどできなかった。
「うそだろ。じょ、冗談だよな、シト──」
ハルトの言葉の途中。
シトリーの姿が消えた。
一瞬で距離を詰めたシトリーがハルトの心臓目掛けて貫手を繰り出す。
「シ、シト、リー?」
鮮血がハルトの服をしたたり落ちる。
「ハルト様!!」
「主様! 大丈夫か!?」
ティナやヨウコたちがハルトを心配して声を上げた。
「シトリーさん! な、何してるんですか!?」
「「止めてください。シトリーさん!!」」
ルナとマイ、メイはシトリーの突然の行動に驚いていた。特に普段からシトリーと家事当番を一緒にすることの多かったルナは、目に涙を浮かべながら叫んでいる。
「はははははは。愚かな人族よ。いくら凶悪な魔力を持とうが、我が魔王には手も足も出まい」
空を仰ぎながら大笑いする邪神。
「止めだ。止めを刺せ、シトリー。そのバケモノの息の根を確実に止めるのだ」
シトリーは無言でハルトから血まみれの右手を引き離した。
そしてその手を再びハルトへ──
「もうやめなよシトリー。痛いでしょ」
攻撃しようとしたシトリーの腕をハルトが止めた。
「な、なにっ!?」
歴代最強だと思っていた魔王の攻撃がいともたやすく止められたことに、邪神が目を見開いて驚く。派手さはないが魔王の貫手なのだ。ただの人族に止められるはずがない。
それ以外にも邪神には気になることがあった。
「貴様は心臓を貫かれたはず! な、なぜ平然としていられる!?」
ハルトの胸元は血まみれだった。
しかしそれは彼のものではない。
ハルトの身体に突き立てたシトリーの右手。
彼女の貫手は本来、オリハルコンの塊すら貫く。
それが砕かれ、血を噴き出していた。
攻撃したシトリーの方がダメージを受けていたのだ。
かつて本気でハルトを殺そうとした竜神の攻撃を、彼は身動きひとつせず耐えてみせた。ハルトは呪いでステータスが〘固定〙されている。そんな彼には神の本気の攻撃であろうが、歴代最強魔王の攻撃であろうが関係ない。
「避けられなくて、ごめん」
最速で動ける魔衣を纏っていても、反応速度には限界がある。雷属性魔法の応用で反射速度を最大にしているが、それでもシトリーの攻撃速度の方が速かった。
「戻っておいで。シトリー」
優しく話しかけるハルト。彼はシトリーの中に彼女の人格がまだ残っていると信じていた。確かに彼女の中にはまだハルトを慕う人格が残されていた。しかしこの場に邪神がいる限り、彼女はハルトを敵とみなし攻撃してしまう。
邪神と悪魔を繋ぐ絆のようなもの。
これが問題だった。
悪魔を創った邪神が消えれば、その眷族である悪魔も消滅する。つまりシトリーを邪神の束縛から解放するために邪神を攻撃することができないということ。神相手には上手く直感が働かないながらも、ハルトはなんとなくそれに気づいていた。
「な、なにをしている! さっさとそいつを殺れ!!」
「アイツの言葉なんか聞かないで。俺を見て」
「うぅ……。あ、ああぁ」
シトリーは必死に耐えていた。
心と身体がバラバラに動く。
もう、限界だった。
彼女の心が崩壊し始める。
「だん、な、さま……。お慕い、もうして、お、おりま、した」
「シトリー? シトリー!!」
彼女の目から涙が流れる。
心が壊れ、完全なる邪神の配下に。
究極の魔王へと変貌を遂げようとしていた。
「邪神様。それはちょっと、やりすぎです」
ハルトの母、アンナが純白の剣を天から振り下ろす。その剣は邪神とシトリーの間の、何もない所を通過した。
何も見えない空間だった。
でも彼女は確かに何かを斬った。
「あの子、私の息子のお嫁さんなんです。つまり私の娘でもあるってこと。それを泣かせるのは……。いくら神様でも、流石に赦せませんよ?」
ハルトの本気が見たくて邪神を呼んだアンナだったが、こんな展開になるとは思っていなかった。そもそも四大神である邪神がハルトにビビって配下を召喚するなんて考えられなかった。
彼女も静かに怒っていた。
しかし邪神は自分が呼んだ存在。
それを自分で倒してしまうのはダメな気がする。
「ゴメンね、ハルト。こんなことになっちゃって。お詫びと言っては何だけど、神と神が創りし存在の間にできる絆は斬っておきました」
「……母上。ありがとうございます」
シトリーは気を失ったようだ。
彼女の身体をハルトがゆっくりと地面に横たえる。先ほどまで苦しんでいたのが嘘のように、シトリーは穏やかな表情をしていた。
一方で、完全にキレている男がいた。
彼はもっと早く邪神との絆に気付くべきだと後悔した。絆を斬ることができたはずだと強く反省した。妻の攻撃を避けられず、怪我を負わせてしまった自身の無力さを怨んだ。
その全ての元凶である神が目の前にいた。
「邪神様、ごめんなさい」
彼の口から出た言葉に、謝る気持ちなど微塵も含まれていない。強いて言うなら、創造神への謝罪の気持ちが少しだけあった。
四大神を一柱、消してしまうかもしれないことへの謝罪だ。
「今回はちょっと、手加減できません」
空間が歪むほどの膨大で高密度な魔力を纏い、ハルトが邪神の元へと歩を進めていく。
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