最強クラン決定戦 予選(5/22)

 

「おーい。そろそろ予選一回戦を始めるぞー」


 色黒の筋肉質な男がハルトたちに声をかけた。


「あっ、ヨハンさん!」


 ハルトが率いるクラン『ファミリア』と、アンナが招集した者たちの対戦の審判はBランク冒険者のヨハンだった。彼はハルトたちがEランクに昇級する時、その試験監督を務めた男。


「久しぶりだな、ハルト。お前たちの活躍はギルマスから聞いてるぞ」


「お久しぶりです。ヨハンさんが俺たちの対戦の審判なんですか?」


「あぁ。最強クラン決定戦の主催は冒険者ギルド連盟だからな。審判には俺みたいな昇級試験監督をする冒険者が呼ばれるんだ」


 ヨハンがハルトのそばにやって来て小声で囁く。


「どうせお前らが優勝するんだ。派手にやってもいいが、周囲に被害が出ないよう前みたいに魔法障壁を張ってから全力を出してくれ」


 彼は昇級試験の時、ハルトたちの異常な強さを知った。昇級試験の内容としてはスライム最弱の魔物を討伐するだけのはずだったのだが……。ハルトがスライムに加護を与えていたせいで、最強スライムと最強賢者一家との終末戦争が繰り広げられた。


 ヨハンにはその戦闘が、この世界の存亡がかかっていると錯覚するほどのものに思えた。その昇級試験でハルトたちはスライムに負けた。一週間後に行われた再試験では討伐対象がスライム一体だけになったが、その時の戦闘もヤバかった。


 Bランクの魔物を単身で倒し、パーティーを組んでAランクの魔物すら倒したことがある熟練冒険者のヨハン。そんな彼の常識を容易く打ち砕く超級魔法の応酬が繰り広げられた。軽く国が滅びるくらいの戦闘が行われていて、それを間近で見ていたヨハンは無傷だった。


 周囲に被害が出ないよう、ハルトが魔法障壁を張っていたからだ。再試験の時にヨハンはそのことをハルトから聞き出していた。


 ハルトたちがなんでそんなに強いのか、ヨハンは聞こうとしない。おそらく聞いても理解できないだろうと思っている。長年冒険者をしているヨハンは、この世界には一般人の常識では理解できないような超人がいるということをを知っていた。


 だからこそ、ハルトたちの敗北など想像ができなかった。


「もちろん魔法障壁は展開します。ただ……」


「ただ?」


「優勝するのは、そんなに簡単なことじゃなさそうです」


「えっ」


「まず一回戦がヤバそうですから」


 ハルトがアンナたちを見る。

 つられてヨハンもそちらに目を向けた。


「な、なんだアレは──」


 ハルトが出場するということをギルドマスターから聞かされていたヨハンは、その時点からハルトたちの優勝を疑っていなかった。対戦相手が誰であろうと、彼らに勝てるヒトはいないと考えていたのだ。


 そんなヨハンがアンナたちを見て動きを止める。彼はかつて危険度Aランクの魔物と対峙した時以上の危機感や恐怖を感じていた。明らかにヒトと存在の格が違う者たちがいるのだから無理もない。


「真ん中にいるのが俺の母です。あと兄と姉。それから俺の家族の関係者です」


「そ、そうか。なるほどな。全員ハルトの関係者ってことだな。うん、わかった」


 何もわかっていない。

 わかったと言いつつ、ヨハンは思考を放棄した。


「それじゃ、今年の最強クラン決定戦のルールを伝えるぞ。勝利条件は相手に負けを認めさせるか、闘技台の外に落とすか、気絶させること。対戦相手を殺してしまったら反則負けになるから気を付けてくれ。ただし殺してしまっても蘇生させられれば、その対戦は引き分けになる」


 ここ数年で、この世界には蘇生アイテムが流通するようになった。それはハルトとその家族が主な要因だったりする。まだ一般人が気軽に手に入れられるようなものではないものの、入手の可能性はかなり大きくなっていた。そういった背景があり、以前は殺したら負けだった対戦のルールに変更が加えられたのだ。


「先に六勝したクランの勝利になる。ハルトたちは十人以上いるな。そんで、えっと……」


「ハルトの母、アンナです。息子がお世話になったみたいですね。ありがとうございます」


 アンナが微笑みながらヨハンに声をかける。


「あっ、いや。俺は、そんな」


 ヨハンは妻子持ちで、アンナはハルトの母。それでもヨハンがつい見惚れてしまうくらい、アンナの笑顔は美しかった。


「ア、アンナたちは九人しかいないが、それでいいのか?」


 クランは十人以上の集団を指す。人数不足だと本来は参加許可が降りないのだか、アンナたちがここにいて対戦が組まれているということは運営によって参加が認められていることを意味する。


「えぇ。私たちは問題ありません」


「当事者が問題ないというのなら対戦を始めるぞ。双方、一人目の選手を出してくれ」


「はーい! ではこちらは星霊王様、いけますか?」


「おう。いまいち状況が分からんが、とりあえずハルト殿たちと戦えば良いのだな」


「そうです。よろしくお願いしますね」


 アンナたちの一人目は星霊王になった。

 初戦から落とす気はないようだ。


「んー、それじゃこっちは──」



「僕が行くよ!」


 風の精霊王シルフが勢いよく手を上げていた。

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