最強賢者を阻む者


 とある貴族の屋敷──


「ハルトがもう最強クラン決定戦に……。そのお話、確かなの?」


「王都の冒険者ギルドからの情報ですので、間違いないかと」


 ロングヘアーの黒髪美女が黒髪のイケメンと会話していた。話の内容は来月予選が行われる最強クラン決定戦について。


「普通にやったら、あの子の敵なんていないでしょう」


「えぇ。本戦でも苦戦することすらなく、優勝しますね」


「でもそれは……。ちょっとつまらないのではないかしら」


「アイツとしては自分と家族の力を世間に認知させたい、と考えているようです」


「ふーん」


 黒髪の美女が少し考え込む。

 この美女はハルトが転生者であることを知っていた。


「ねぇ、カイン」


「なんでしょう? 母上」


 黒髪のイケメンの方はハルトの兄であるカイン。美女の方はハルトとカインの母であるアンナ=ヴィ=シルバレイだった。そのアンナがあることを思いつく。


「私とカイン、レオン、シャルルで最強クラン決定戦に出ましょう」


「あ、あの、母上? 何をおっしゃっているのか、よくわかりませんが」


 母親が突然わけのわからないことを言い出して困惑するカイン。当のアンナはそんなこと気にも留めず話を続けた。


「だって今回の最強クラン決定戦を逃したら、あの子に私の力を見せつける機会なんてもう来なさそうなんだもん」


「……はい?」


 シルバレイ家は代々、綺麗な金髪の家系だった。現当主であるアベル=ヴィ=シルバレイ伯爵もそうだ。彼に嫁いだ黒髪のアンナ。彼女が生んだ子は、全員が黒髪だった。


 この世界で完全な黒髪のヒトは珍しい。


 黒髪の人族は、もれなく異世界人の血縁者である。また髪の色が純粋な黒に近いほど、異世界人の血が濃い。実はこれらの情報はあまり知られていない。


 カインとレオン、ハルト、シャルルは全員が完全に近い黒髪だった。そしてアンナは、彼ら以上に濃い綺麗な色の黒髪をしている。


「そういえば貴方たちには話していなかったかしら。私ね、ハルトと同じ世界から来たの」

 

「えっ」


「転生してきたハルトとは違って、私は転移でこちらの世界に来たのだけど」


「え……えぇっ!? い、いや、そんなはずは──」


 カインは超直感と言うスキルを持っている。それなのに自身の母親が異世界人であったことなど、全く気付かなかった。否、気づけなかったのだ。


「シャルルの読心術も、レオンの観察眼も私のを引き継いだの。カイン、貴方の超直感もね。ちなみに私は他人のスキルを強制的にオフにさせるスキルもあるから、貴方が私の素性に気付けなくても無理はないわ」


 アンナはアカリ以上の戦力の持ち主だった。


「お、俺のスキルが、もとは母上のもの?」


「えぇ、そうよ。だけどハルトにだけは何のスキルも能力もあげることができなくて不安だったの。彼は生まれるときに神様から祝福を頂いたから、いつかは勇者や賢者、聖騎士になってこの世界を救う存在になるはずだと思っていた」


 実際にハルトの肉体に遥人が転生し、彼は賢者となった。創造神が未来の勇者の器としてハルトを祝福したのだが、その影響でアンナの能力が継承されなかったのだ。


「勇者の器になるはずの子。だけど兄弟の中では、私が唯一なんの才能もあげることができなかった子。本当にハルトで大丈夫なのか。私は彼が五歳になるまで、不安で仕方なかった」


「……ですが、その心配は杞憂でしたね」


「そうなの! 私の<魔法攻撃無効>とか<空間転移>とか<神眼>とかのスキルを無理やりハルトに埋め込もうって思ってた時期もあったのだけど、そんなの全く必要ないくらい彼は強くなったわ」


「ちょっと待って母上。今なんか聞き流してはいけない単語が聞こえた気がする」


「別に<邪神召喚>とか<因果律操作>みたいなヤバめのスキルじゃないからいいじゃない。ちゃんとヒトとしてこの世界を謳歌できるくらいの強さになるよう、調整するつもりだったし」


「ヤバい。弟がバケモノかと思っていたら、身内にもっとヤバいのがいた」


 自身の言っていることが出鱈目でないとカインにわからせるため、アンナは<スキル強制遮断>をオフにしていた。そのためカインは超直観によって母親の言葉が真実であることを知る。



「母上が規格外なお人であることは良く分かりました」


「今まで隠しててごめんねぇ」


「自らのクランを立ち上げ、ハルトが完全に独立してしまうことに少し寂しくなったと」


「そーゆーこと! 私の雄姿を見せつけててあげたら、今後も何かあった時に私を頼ってくれるかなーって」


 ハルトが最強クラン決定戦で優勝したら、次からは大会に出ることはしないだろう。地位の維持などにはあまり興味がなく、何かを一度達成したらそれで満足してしまう彼の性格をよく知っているアンナだからこそ、今回の大会がハルトが全力で戦う最後の機会になるのではないかと考えていた。


「ハルトは親離れしたのに、母上は子離れできてないじゃないですか」


「それは無理よ。だって私はハルトの母親だもん」


「なんの回答にもなっていませんね。それより最強クラン決定戦は十人以上の団体でないと参加できませんよ。母上と俺らで四人。父上を入れても──」


「あの人は普通の人族だから戦えないわ」


「……どうやって父上は、母上を口説いたんです?」


「それは秘密。強さだけが惚れる要素じゃないってこと。ちなみに残り六人だけど、五百年前に魔王討伐した時の仲間たちに声をかけてみるつもり。引退した元アルヘイム王とか、今でもかなりの戦力になってくれるはず」


「え、えーっと。母上って今、おいくつでしたっけ?」


「それも秘密。女性の年齢を知りたがるのはナンセンスよ。とりあえず残りのメンバーは私が集めるから。大会への参加、よろしくね」


「いや、俺は陛下の警護もありますし。参加は……」


「大丈夫。ジルちゃんには私から言っておく」


「陛下をちゃん呼びって」


「先々々代の頃から裏でこの国を何度か救ってあげてたからね。もちろん公の場ではちゃんと敬うわ」


「……わかりました。俺も参加しましょう。と言うより拒ませる気、ないですよね」


「正解。もしカインに拒否されたら、ママは貴方を洗脳して強制連行しちゃうかも」


 超直感が使えるカインは、アンナの言葉が冗談ではないことに気付いた。



「さーて。久しぶりに本気出しちゃうぞ!」


 グレンデールで行われる最強クラン決定戦の予選大会。それを最強賢者が簡単に突破できないよう、アンナが動き始めた。


 一か月後、世界を巻き込むレベルの大戦闘親子喧嘩が巻き起こるのだが……。それを知るのは現時点で、カインただ一人だった。

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