ヨウコの父親


「あら。ハルト様もこれから依頼対応ですか?」


「うん、そうだよ」


 俺が7個目のクエストに向かおうとしていたら、キキョウに声をかけられた。


「フォノストに『タケール』を取りに行くところ」


 タケールっていうのは、竹みたいな植物。極東の島国であるフォノストに群生するタケールは、高さ100メートル以上にも成長する。しかも地面から生え始めるときのスピードが異常で、偶然その生え始めのタケールの上にいると貫かれて死んでしまうこともある。貫かれたヒトや動物はタケールの養分になってしまう。動物が上を通った時を狙って生え始めるという説もあるくらいで、かなり危険な植物なんだ。


 危険が伴う分、タケール採取のクエスト報酬はかなり良い。まぁ、ここグレンデールからフォノストがすごく遠いからっていうのもあるかな。俺は転移が使えるからフォノストまでは一瞬でいける。それにステータスが〘固定〙されているため、タケールに貫かれる心配もない。つまり俺向けのクエストと言っても過言ではない。


「まぁ! わらわもフォノストの依頼をこなそうとしていたところなのです。もしよろしければ、ご一緒しても?」


「もちろんいいよ。今から行くけど、準備は大丈夫?」


「問題ありません。よろしくお願いいたします」


 キキョウもフォノストのクエストを受けていたようなので、一緒に転移することにした。



 ──***──


「はい、とうちゃーく!」


 魔法陣をくぐると、そこは最上部が見えないほど巨大な竹が群生する林の中だった。


「グレンデールからここまでの距離を一瞬で移動してしまうとは……。相変わらずハルト様の魔法は素晴らしいですね」


「えへへ、ありがと。ちなみにキキョウはフォノストで何をするの? 場所を聞いてなかったから、タケールの群生地に連れてきちゃった」


 目的地を聞いて、キキョウをその場所へ送り届けてあげようかと考えていた。


「実はわらわの目的はタケールの葉なのです。といっても葉そのものではなく、その葉から抽出したエキスが依頼の内容となっていました」


「あー、そうなんだ。だったら俺がクエストをまとめて受けても良かったかな」


 もしちゃんとしたギルドやクランだったら、クエスト受けるときにまとめてこなせそうなものは教えてくれる。でも今、俺たちのクランで受付をしてくれているスライム娘たちは経験が浅い。依頼を纏めるとか、効率的にこなせるような提案とかはまだできないみたい。今後の成長に期待したいところ。


「私も久しぶりにここに来たかったのです。ですからハルト様と同じ場所が目的地だと分かっても黙っていました。申し訳ありません」


「ここに来たかったの?」


 来たいって言えば、いつでも転移で連れてきてあげるのに。


「ハルト様に言えば、いつでも連れてきていただけますよね」


「あっ、俺の思考を読んだな?」


 完全体の九尾狐であるキキョウには、ヒトの心を読む力がある。


「ふふふっ。心を読まずとも分かりますよ。これでも、ハルト様の妻ですので」


「そーゆーもん?」


「そーゆーものです」


「ふーん。ま、いいや。それよりここに来たかったのは、故郷が懐かしくなったから?」


「それもありますが……」


 キキョウが少し言葉に詰まる。

 何か言いにくいことがあるみたい。


「ずっとここに来たいとは思っていました。ですがハルト様と結ばれている私には、その資格などないかと」


「資格?」


「少し、お付き合いいただけますか」


 キキョウがタケールの間を進んでいく。

 俺はそのあとをついて行くことにした。


 しばらく進むと──



 あ、あれ?

 あの建物って、もしかして……。


 なんか見たことのある寺が見えてきた。

 

わらわは一度、この場所で死にかけました」


 今にも倒壊しそうなその寺を眺めながら、キキョウが静かに話し出す。


「ハルト様に封印を解いていただいた件とは別です。まだヨウコを生む前にも、妾は冒険者に襲われたのです」


「そ、そうだったんだ」


 彼女は冒険者に二度攻撃されているという。


 一度目がヨウコを生む前。

 二度目はヨウコがまだ幼かった時。


 二度目の時にキキョウは命を落とし、その遺体をヨウコが封印した。しかし封印が魂も捕えるものだったため、俺がキキョウを蘇生させることができたんだ。


「一度目に死にかけたとき、妾を助けてくれた人族がおりました」


 そこまで言ってキキョウが俺の方を振り返る。

 不安そうな、今にも泣き出しそうな表情で。


「こんなことをハルト様に告げるのは大変申し訳ないのですが……。ヨウコは、その命の恩人との子です」


 キキョウが目を閉じて俯いた。

 俺の反応を待っている。


 当の俺はと言うと、少し絶望していた。

 嫌な予感が当たったからだ。


 ヨウコの父親を知ったからじゃない。

 

 ヨウコの父親かもしれないと予測していた人物が、だ。


「おお、お、教えてくれて、ありがと。キキョウ」


 声が震える。

 自分がめちゃくちゃ動揺してるのが分かる。


 その動揺をキキョウは別の意味でとらえたようだ。


「も、申し訳ありません。やはりこんなこと、聞きたくはないですよね」


「あ、いや。違うんだ」


 なんて言えばいいんだろう?

 どうしよう。


 俺はいったい、どうすれば……。


 

 とりあえず、キキョウの話を聞こう。


「さっきの話に戻るけど、キキョウはなんでここに来る資格がないって考えたの?」


「それは……。妾がまだ、あの人族のことを心のどこかで忘れられていないからです」


 消え入りそうな声で答えてくれた。

 ちょっと嬉しい。


「にも拘わらず妾は、ハルト様の妻であることを受け入れております」


 キキョウの頬を大粒の涙が流れる。


「妾は九尾狐です。ヒトの心を読み、心に干渉する力があるのに……。妾は自分の心を封印することができませんでした。ハルト様のおそばにいたいと思いながらも、心の片隅にはあの人族のことが──」

 

 いつも澄ました顔をしているキキョウが、顔をぐちゃぐちゃにしながら泣いている。それがたまらなく愛おしくなって、思わず抱きしめる。



 キキョウが落ち着くまで、少し時間がかかった。


「……申し訳ありません、ハルト様」


「もう大丈夫?」


「えぇ。ありがとうございます」


 俺からキキョウが離れていく。


「妾はまだ、あの人族を──ヨウコの父親のことを忘れられません。短い間でしたが、心を通わせた間柄なのです」


 キキョウが俺の目をまっすぐ見てくる。


 ちなみに彼女の発言に対して俺が心の中で『いや、アレはお前が勝手に!!』って叫んだのは秘密にしておこうと思う。


「ハルト様は、こんな妾でも受け入れていただけますか」


 俺の答えは決まっている。


「うん。俺はキキョウが好きだよ。愛してる」


「──っ!!」


「キキョウはもう俺の妻だから。例えほかに気になるヒトがいても、一番は俺ってことで良いんだよね?」


「そ、その通りです」


「じゃあ問題ないよ。もしその人族のことが忘れられないなら、今後もその気持ちは持ってて良い。俺が彼のことも忘れさせられるよう、努力するからさ」


 コレが俺の出した答え。

 時間をかけて、ゆっくり忘れて貰えばいいんだ。


「いえ。妾は今日、彼に謝罪とお別れを言うため、ここに来ました」


「お、お別れ?」


 別にお別れなんてしなくていいんじゃないかな。

 彼のことはそのまま好きでいてくれればいいんですが。


「えっと、その……。ここ最近、ティナ様やヨウコたちが子の誕生を楽しみにしている様子を見ていて、わ、妾も──」


 ま、まさか!?


「妾はあの人族のことを忘れられないでしょう。ですがそれもハルト様が許して下さるというのであれば、妾はハルト様と肌を重ねたいです」


 あっ、ヤバい。

 完全体の九尾狐が全開で魅了を使ってる。


 ステータスが〘固定〙されてる俺には効かないはずのが、全力で俺に襲い掛かる。


 てゆーかアレですよ。

 俺、邪神討伐の前に一度キキョウと寝てるからね?


 あの時はキキョウがダメって言うから、我慢したんですよ?


 俺、我慢したんです。

 それをキキョウの方から『したい』って……。


 もうね。いいでしょ。

 なんか色々吹っ切れた。


 あの時の身体も、今の俺のモノじゃないからセーフって思うことにした。


 だから全部、バラしまーす!



「キキョウが大丈夫なら、俺はキキョウともしたいかな」


「あっ、ありがとうございます」


「今晩とか、どう?」


 顔を真っ赤にして俯くキキョウ。

 それでも俺は、彼女が小さく『はい』と言ったのを聞き逃さなかった。


「それから──」


 キキョウの耳元に口を近づける。



「俺の名前は『サイジョウ』だよ」


 二百年前、を囁いた。

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