依頼の密約とクラン建設予定地確保


 グレンデールの王城にて。


「ティナか。久しいな」


「お久しぶりです。と言いましても、今月初めにマイさんとメイさんの誕生パーティーに来てくださいましたよね?」


 国王ジルの執務室に、ティナがひとりでやってきていた。


「あのパーティーからもうひと月も経つではないか! お前たちはもっと食事会を開くべきだ。なんだったら毎日でも良いぞ。資金や食材は私が自費で提供するからな」


「さ、さすがにそれは……」


「陛下、何度も申し上げていますが、護衛する者たちの身にもなってください」


 この場にティナを連れてきたハルトの兄、カインがジルを諫めようとする。

 

「この世界で一番安全な場所に行くのに、護衛など要らんだろ」


「しかし、道中は──」

「それも問題ない。で呼べばハルトが迎えに来てくれる」


 そう言ってジルがカインに手のひらサイズのクリスタルを見せる。ハルトが親しくしている国の王族たちに渡した通信用の魔具だ。この魔具はハルトと通信できるだけでなく、彼が同じ魔具を渡した他国の王族とも通信が可能。


 手のひらに乗る程度の大きさで国家間を繋ぎ、しかも動作させるための魔力も不要。伝説級レジェンドの中でも上位の魔具だった。


 ちなみにハルトがエルノール家のみんなに渡しているブレスレットは、コレよりもさらに高性能だ。



「……しかし、国の王が特定の国民に干渉しすぎるのもあまり良くありません」


「私はハルトの友だ! 友人の家に遊びに行くのがダメなのか!?」


 カインは遠回しにジルの考えを改めさせようとしていたが、ティナの手料理に盲目となっているジルには直球で行くしかないと気づいた。


「私の弟も妻帯者なのです。いくら陛下とハルトが懇意にしていても、彼の家族には陛下の来訪で困る者もいるでしょう」


「そ、そう、なのか?」


「えぇ。まぁ……あっ、もちろん遊びに来ていただくのは大丈夫です。その、月に二度くらいであれば」


 ジルは多いとき、三日に一度くらいのペースでエルノール家を訪れていた。エルノール家には王族出身者も多いので、ジルがやってきてもそれに臆する者は少ない。


 しかし仮にも一国の王の来訪だ。当主である自身が相手すべきだと、ハルトはジルが来たときは必ずそばにいるようにしていた。ハルトはそれをたいして気にしていなかったが、彼の妻たちの中にはハルトとの時間を奪われてあまり良くない思いを抱いている者もいたのだ。


「つ、月に二度だけ? そ、そんな……」


「それくらいが妥当ですよ、陛下」


「申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、ご依頼いただければ私が作った料理をここに運ぶようにいたしましょう」


「依頼? 依頼とはなんのことだ?」


「ハルト様は近いうちにCランク冒険者になります。まだ確定ではありませんが、クランも設立予定とのこと」


「おぉ! ということはつまり──」


「ま、まさか陛下。ハルトのクランに国として依頼を出すつもりですか?」


「それはいいだろ。私のわがままで冒険者ギルドに食材の調達を発注することだってあるのだから、今後はその頻度が少し上がるだけだ」


「私たちとしても、国から安定して依頼を頂けるのはありがたいことです」


 ジルはエルノール家のみんなが食べる料理と同じもので満足してくれる。彼専用に豪華な盛り付けにする必要などない。


 食事のデリバリーだけでは得られる報酬は大したことない。しかしクランには、どこからの依頼をどれだけこなしたかで変わる格付けが存在する。国からの依頼ともなれば、それが簡単な内容だったとしてもクランが得られるものは大きいのだ。


「そうか。ではハルトが昇級試験を受けるときは激励に行かねばならぬな」


「勝手にいかないでくださいね。ちゃんと私もついていきますから」


「わかったわかった。ちなみにハルトはどこにクランハウスを建てるつもりだ? なんだったら私が所有している土地をやろうか?」


「あ、あの、陛下……」


「あっ、良いことを思いついたぞ。いっそこの王城内にクランの拠点を作ってしまえば良い!」


「ダメだこの王様」


「拠点のことはご心配なく。すでに良い土地に目をつけております。本日はその関係のことで陛下にお願いしたいことがございまして、こうしてお目通り願いました」


「良いぞ。何なりと願うが良い」


 ティナがなんと言おうと、ジルはそれを許可する予定だった。許可することでハルトがクランをこの国に設立し、ティナの手料理を安定して食べられるようになると考えたからだ。



「先日、この国最大の冒険者クランが崩壊したのですが……ご存じですよね」


「あー、その件か。あれはなかなか大変だったな」


 シリューをはじめ、ノートリアスの上位陣が揃って王国騎士団の詰め所にやってきて、全員が罪を自白したのだ。丁寧に自らの不正や罪の証拠まで携えて。


 もちろんそれは、キキョウとヨウコの洗脳によるもの。


 国最大のクランの不祥事ということで、グレンデールの上層部は少し荒れた。しかし中にはノートリアスのやっていることに気付いている者もいたため、その対処は迅速かつ静かに行われた。


「ちなみにそれは、まだ国民には知られていないはずです」


「確かにな。ティナ、もしやお前たちが──」


何もしていません」


 ある日を境にノートリアスから冒険者たちが消えたが、大した騒ぎになることはなかった。当事者である冒険者たちはもとより、その家族やクランの関係者にも、神獣となった九尾狐の洗脳が行き届いていたからだ。


 罪を持つ者には罰を。

 被害者には安らぎを。


 ノートリアスが法を犯して集めていた資金は被害者の救済に充てられた。シリューたちが使い込んだことで足りない分は、とある商会が匿名で行なった寄付から賄われた。



「……まぁ、もう終わったことだ。これ以上の詮索はやめよう。それで、本題の願いとは?」


「ノートリアスのクランハウスが立っていた土地。あそこを売っていただきたいのです」


 クランの上層部が全員国に捕まったので、その土地の所有権は国にあった。


 王都の一等地。普通に購入しようとすれば、Aランク冒険者が一生かけて百分の一の面積がようやく買えるくらいの金額になる。


 ティナが統括するH&T商会の資金力を以ってすれば、買えなくはないだろう。しかし──



「良いぞ。そうだな、ティナの手料理十回分でどうだ?」


 Aランク冒険者百人が一生かけてなんとか買える土地を、この国の王は十回の食事と引き換えると言い出した。

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