闘えない理由

 

「あんたら、ここに何の用だ?」


 シリューの中で何かが最大限に警鐘を鳴らしていた。相手を不必要に刺激しないよう注意しつつ、用件を確認しようとする。


 彼が危険だと感じてしまったのはエルフの血が入っていると思われる女と、着物を纏った二人の妖艶な美女。エルフの女の方は幼さが残るが、見る者誰もが美女と答えるような見た目だった。


 そんな美女三人にノートリアスの冒険者たちの大半は見惚れてた。しかしシリューをはじめ数人の熟練冒険者たちは、彼女らに得も言われぬ恐怖を抱いた。



「用ですか? 単刀直入に言ってしまうと、この土地を貰いに来ました」


「……は?」


 両手を胸の前で合わせ、笑顔でそう言い放った美女にシリューは唖然としてしまった。その美女──ティナの言葉に一切の冗談が含まれていないと気づいてしまったからだ。


 笑顔のティナが纏う魔力には、冷たい殺気が込められていた。彼女の素性を探ろうとしたシリューがその魔力に触れ、身震いする。それと同時に彼女を敵として認識した。


「ここがどこか分かってないみたいだな」


 そう言いながらシリューが腰に差していた剣を抜く。


 クランの上位陣たちは彼の意図を汲み取り、戦闘態勢になった。中堅以下の冒険者は何がなんだか分からないといった感じで狼狽え始める。


 一方でティナとふたりの着物美女──ヨウコとキキョウは、それらを落ち着いた様子で眺めていた。


「知ってますよ。グレンデール最大の冒険者クラン、ノートリアスですよね」


 キキョウのうっとりとした声に数人の冒険者が魅了される。真正面からそれを受けたシリューも少し心が動いたが、何とか耐えた。


「……お前らは、ココの裏事情も分かって来たってことで良いんだよな?」


「その通りじゃ。話が早くて助かるのう」


「私たちの主人がこの国で冒険者としてやっていくと決意したのです。彼はきっとこの国で──いえ、世界で最高のクランを創設しようとするはずです」


「まず目指すべき国最高のクランがこのように腐っていると知れば、彼が悲しむやも知れません」


「そーゆーわけで、悪いがお主らには消えてもらいたいのじゃ」


 ティナは笑顔のまま動かなかったが、ヨウコとキキョウからは冷たい殺気が放たれた。三人に見惚れていた冒険者たちも、コレを受けて彼女たちを敵だと認識した。


 この場に集まったグレンデール最高ランクの冒険者たちが武器を手に取り、それをティナたちに向ける。


「お前らが何者かは知らねーが、女三人で俺らに勝てると思ってるのか?」


「んーと、おそらく勝負になりませんね」


「おいおいおい。何考えてんだよ。まさかアレか? 俺たちにヤられたくてここに来たってのか?」


「あっ、いえ。勝負にならないというのは、貴方たちが私たちに勝てないって意味です」


「あ゛ぁ゛?」


 理解のできない恐怖を感じるが、見た目は強そうに思えない女から舐めたことを言われてシリューがキレた。彼にも国最高クランのトップとしてのプライドがあった。


 青筋を立てて剣を握る彼のことなど気にも留めぬというように、ティナが言葉を続ける。


「ちなみに私たちは戦いません。というより、のです」


「そうじゃな。もし我らの身に危機が迫ったとが判断すれば、主様の魔法が発動してしまうのじゃ」


 ヨウコが自身の手首につけられたブレスレットに触れる。エルノール家の全員にハルトが渡しているブレスレットには、家族の危機を検知すると炎の騎士が数体展開される魔法が組み込まれていた。


「魔法が発動すればハルト様にも気づかれてしまいます。しかしゴミ掃除ができて、更に彼へのプレゼントを手に入れられるこの機会は逃したくない。ですからわらわたちは──」


「主人が作ってくれた魔具が、絶対にでここに来ました」


 国内トップクラスの冒険者が二十数名いるこの場で、ティナはそう言い放った。


「舐めやがって。お前は壊れるまで俺が──っ!?」


 ティナに襲い掛かろうとしたシリューの身体が彼の意志とは関係なく動きを止める。声も出すことができない。そしてそれはシリューだけではなく、この場にいるすべての冒険者がそうだった。


「例え絶対にできないことであったとしても、ハルト様以外の者が妾たちの身体に触れるなど口に出すことも許されません」


「そうじゃ。特に貴様らのような下衆げすどもには、我らの身体を想像されるだけでも気持ち悪い」


 神獣となったキキョウと、完全体の九尾になったヨウコ。

 彼女らの魔法がこの場を完全に支配していた。


 それは最上位の洗脳魔法。


 対象に直接触れなくても良い。

 命令の言葉を聞かせる必要もない。


 ただヨウコとキキョウが周囲に放出した魔力に対象が触れれば、それだけで洗脳が完了してしまう。


 対象の意識だけを維持しつつ、身体の自由を奪うことも可能。現在シリューたちは、その状態に陥っていた。ティナたちがエントランスに入った時点ですでに、彼女らの攻撃は始まっていた。


 仮にヨウコだけがここに来ていれば、シリューが持つ耐洗脳の伝説級レジェンド魔具でこうなることを防げていたかもしれない。しかし神獣となったキキョウの洗脳魔法をレジストできるヒトは現在、この世界にふたりしかいない。


 呪いによってステータスを固定されたとある賢者と、その妹の勇者だ。



「さて。悪いことをしたのであれば、その償いをしなければいけませんよね」


 終始笑顔を崩さなかったティナ。


 ヨウコとキキョウを伴ってここに来た彼女には、国最強のクランに殴り込みすることに関する不安などは一切なかった。


 ただハルトにプレゼントするちょうど良い感じの土地を合法的に手に入れられる算段が立ったことに歓喜していた。


 どんなシチュエーションで彼にこの土地をゲットしたことを報告しようか、ハルトがどんなに喜んでくれるかを想像してしまい、こぼれる笑みを抑えきれなくなっていたのだ。

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