闇クラン崩壊のはじまり


「シリューさん、またです。また離脱者が……」


「なに? おい、どういうことだ。この三日で、もう五人目だぞ」


 グレンデール最大の冒険者クラン『ノートリアス』で何かが起きようとしていた。中堅以上の実力を持った冒険者たちが相次いでクランを抜けると言ってきたのだ。


 そのことをクランのトップであるシリューに報告をしているのは、ノートリアスの幹部のひとり。また別の幹部がシリューに次の問題を報告する。


「レーニンの奴も薬を捌きに行ったっきり連絡がない。逃げ足の速いアイツに限って、捕まるようなことはないはずだ」


「……奴がここを抜けるってのは考えにくい」


「えぇ、そうです。だからこそ彼が連絡もよこさず、二日も帰ってこないのが不気味なんです」


 ノートリアスは国最大の冒険者クランと言うネームバリューを利用して、一般の商人が持ちえないような物流ルートを確保していた。その中で特に利益率が良い商品が違法の薬品類だ。


 シリューをはじめ、ノートリアスの幹部たちはみな違法ドラッグで巨額の富を得ていた。そのドラッグの売買で最も活躍していたレーニンという男が現在、音信不通になっている。


 問題はそれだけではなかった。


「レーニンや離脱者たちだけじゃなく、下っ端たちも戻って来ません」


「ま、まさか奴ら、一斉に逃げたっていうのか!?」


 ノートリアスではそこそこの力を持った新人冒険者を見つけると、クランへの参加を持ちかける。はじめのうちは熟練冒険者たちが親切に冒険のノウハウを教えてくれるが、ある程度時間が経つと新人たちはにされる。


 わざと失敗するような依頼を受注させられ、クランの目論見通り新人冒険者が依頼に失敗すると、その責任を取れと膨大な借金を背負わせるのだ。


 新人冒険者は借金を返すためにクランが指定した依頼を受け続けなくてはいけなくなる。何とか借金返済ができそうになると、再びクランが難易度の高い依頼を指定してくる。一度この負のループに陥ると、冒険者として戦えなくなるまでノートリアスに搾取されてしまう。


 ノートリアスの幹部たちはいつも豪華で美味い食事をとり、高性能の武具を身に纏っている。新人たちにこれらを見せつけることで『いつか自分たちもああなりたい』と夢を抱かせるためだ。


 金がなく毎日質素な食事しかとれない新人たちをシリューが集めて食事を奢ることもあるが……。これも新人たちが逃げないようにするための行為だった。彼は飴と鞭をうまく使い、半ば洗脳のような手法で新人冒険者たちから搾取していた。


 しかしそれは所詮、

 本物の洗脳術の前には効果などなかった。



「くそっ! ……もしかして、が?」


 シリューが言うアイツらとは、ケイトとアリアのこと。ふたりを銀狐討伐依頼に送り出した翌日から、このクランで様々な問題が起き始めたのだ。


「いや、さすがにそれは考えすぎでしょう。いくら近いうちに化けそうな奴らでも、ウチを潰しにかかるようなことができるはずがない」


「だがキールとも連絡が取れなくなってるのも気がかりだ。報酬なんて1スピナも渡されてねぇってのに!」


 エルノール家の偵察に赴いたキールはハルトに見つかり、グレンデールから逃げた。もともと各国に秘密の拠点を築いていた彼にとって、危険を感じたこの国にとどまる必要など皆無だったからだ。


 ノートリアスは今まさに過去最大の問題に直面しているが、その原因を創り出したのは間違いなくキールであった。そしてシリューはなんとなくそれに気づいていた。


 悪事に手を染めているとは言え、彼の実力は間違いなくこの国トップクラスの冒険者なのだ。ただ力が強いだけではここまでこれなかった。頭の回転の速さと、自然動物的な勘の良さ。それらでシリューはこのクランをここまでの組織にしてきた。


 しかしそれも、今日で終わる。



「シ、シリューさん! 大変だ!!」


 幹部たち専用の会議室の扉が勢いよく開き、中堅冒険者が飛び込んできた。


「……今は幹部会の最中ですよ?」


「少しくらいまてねぇのか」


「た、大変なんです! 今すぐ来てください」


「何があったんだ。それを説明しなさい」


「いや、アレは……と、とにかく俺と一緒に来てください!!」


 何故か説明をしようとしない中堅冒険者。それを不審に思いながらも、シリューと幹部たちはクランのエントランスへ向かう。



「どういうことだ? なんでお前ら、全員ここに集まってんだ?」


 エントランスにはノートリアスの中堅以上の冒険者たちが集まっていた。


「ここにいるのって……ま、まさか」


 このクランがやっている悪事のほぼ全てを把握している幹部が、あることに気付く。


 集まっていたのは違法薬品を捌く者や、裏ルートで奴隷の売買をする者、女の新人冒険者に薬を盛って好き放題していた者、使えなくなった新人を処理していた者など。何らかの悪事に手を染めていた者たちがこの場に集まっていたのだ。


 そのエントランスの扉を開け──



「こんにちは。ここ、とても良い場所にあるクランですね」


「良いのは場所だけです。この者たちの思考は反吐が出るほど腐っております」


「主様の綺麗な心に慣れてしまったせいで、この場におるのが不快になるレベルなのじゃ。こんな奴ら、さっさと消してしまうべきじゃ」


 ノートリアスに破滅をもたらす三人の美女が入って来た。

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