キールと情報屋

 

「……どうやら威力偵察は失敗したようです。私が新人冒険者につけたも破壊されてしまった」


 グレンデールの国境付近にある小さな街。

 その街の酒場の地下で、キールがぼやく。


 キールが特にありえないと感じていたのは、ケイトたちにこっそり取り付けた監視用の蟲を完全に破壊されたことだ。


 監視対象にとりついた蟲は、そのヒトの魔力を吸って活動し続ける。しかも監視対象と魔力を同調させるため、魔力検知に長けた者であっても発見は非常に難しい。蟲は超微小サイズなので、普通は目視も出来ない。


 キールはこの監視蟲を使い、これまで国内外の情報を集めてきた。とある国の王族の秘密を握り、闇クランを使って国王を脅して金を奪ったこともある。しかし……。


 王族を護る暗部の目を掻い潜るような性能を持った蟲が、全く役に立たない者が現れた。



 ハルトは自身の周囲に薄い魔力を常時展開している。これは悪魔や、その他の姿を消せる存在からの奇襲に備えるためだ。その薄く展開された魔力が何かを検知したとき、さらにハルトから触手のような魔力が伸びて、より詳細な情報を得ようとする。


 ティナと共にキキョウのそばに転移してきたハルト。彼が放出している薄い魔力は、ケイトにとりついた蟲の存在を把握した。そしてその詳細を探ろうと、ハルトから伸びた触手のような魔力が蟲に触れた瞬間──



 蟲が破裂した。


 許容限界を軽く上回る魔力が強引に注ぎ込まれたからだ。



「まったく、奴らはいったい何者なんですか?」


「何者か──か。とりあえず我が言えるのは、これ以上手を出さぬようにせよという助言だけじゃ」


 机を挟んでキールが対面するのは、裏社会で有名な情報屋の女。顔を隠すものなど何もないのに、キールは情報屋の女の顔を認識できない。何らかのスキルが発動されているのだろう。


 キールが彼女の情報をいくら詮索しても、その素性は一切が不明だった。


 しかし裏社会では自分の情報を相手に探らせない能力の高さが、その者の能力を表している。だからキールは、女がもたらす情報を信用していた。 



「私は彼らに興味があるのです。いつものように報酬は弾みますから、何とかお願いしますよ」


 ガドがハルトたちと戦うことになり、一応調べておけと指示されたからキールは調査を開始した。最初は簡単に調べて、ガドに報告して終わるつもりだった。


 表社会の伝手で情報を集めたキールは、ハルトたちに関する情報の真偽が分からなくなってしまう。どれも信じがたいものばかりだったからだ。


 そして彼は、エルノールに興味を持った。


「英雄ティナ、アルヘイムエルフの王国の姫、ベスティエ獣人の王国の姫、精霊王級の精霊たちが一か所に集まっていると。さらにその中心にいるには、黒竜を殴って吹き飛ばしたハルトと言う男……」


「それだけではないぞ」

「はい?」


「せっかくだから少し教えてやろう。は無数の魔人を纏めて消滅させるし、果ては容姿が気に入ったからと悪魔をテイムしてしまうようなバケモノじゃ」


「あ、悪魔を!?」


「だからコレは、最期の忠告じゃ」


 情報屋の女が立ち上がる。

 彼女からは強烈な殺気が放たれていた。



「エルノールには、手を出すな」



 ──***──


「……おや?」


 キールが気づくと、王国騎士団の宿舎にいた。


「私は、確か」


 何かがひっかかる。

 自身の最後の行動が思い出せない。


 そして何かを、強く制限されている気がした。


「これはもしや……私、洗脳されてます?」


 普通はその違和感すら気付けるヒトはいない。しかしキールは、彼が持つ特殊なスキルによってを把握した。


 彼は自分の頭に手をあて、


「あー、ダメだ。何かまだ残ってる……。くそっ、ちょっとヤバいのに目を付けられました」


 そう言いながらも彼は、新しいおもちゃを見つけた子供のように笑っていた。情報屋の女が彼にかけた洗脳魔法は、その大半が強引に解除されている。


 何かまだ制限されている気がするが、彼の興味はもう止まらない。


「ダメって言われると私、余計にやっちゃいたくなる性格してるんですよ」



 その日の夜、キールはエルノール家の偵察に赴いた。そしてハルトに見つかるも、彼は逃げ延びている。


 逃げる時に言い残した言葉通り、キールはハルトたちと正面からやり合うのを諦めることにしたのだが……。


 興味を持った事に対して異常なまでに執着する彼は、今後も間接的にエルノールへの干渉する。



 それがこの世界の情勢を大きく変える要因になるなど、思いもせずに。

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