うちにおいでよ
「ケイトはなんでキキョウを倒しに来たの?」
温泉のそばで服を脱ぎながらハルトが問いかける。
「じ、実はギルドの依頼で……」
ケイトはシリューに褒めてもらうためにも、銀狐討伐依頼を達成したかった。しかし今は、そんなことどうでもよくなっている。最も優先されるのは、ハルトの機嫌を損ねないようにすること。ハルトと親しそうにしていたキキョウに手を出すなど絶対にできない。
それはケイトがオートマタであり、ハルトがその
ちなみにケイトは、キキョウとティナの会話を聞いていない。彼女らの会話を聞いていれば、自身がオートマタと言うヒトとは違う存在であることを知っただろう。
しかし彼はティナに『止まれ』と命令を受けていた。そのせいでケイトは、文字通りほとんどの機能を停止させたのだ。次の命令を聞くための聴覚だけ残し、それ以外の思考や呼吸など全てを停止させていた。
「ギルドが? ほんとにギルドが、九尾狐の討伐依頼を出してたの?」
「きゅ、九尾狐? いえ、俺たちは人化した銀狐の討伐依頼を受けたんです」
「……えっ?」
ハルトは銀狐という魔物が人化できないことを知っている。当然、冒険者ギルドだってそんなことは把握しているはず。
「銀狐って人化はできないよ」
「は、はい?」
「おかしいな。そんなことギルドの職員さんが知らないはずないのに……。ケイトはどこのギルドでその依頼を受けたの?」
「俺は王都の冒険者ギルドから依頼を受けています」
「まじで?」
「はい。……ですがギルドに持ち込まれた依頼を、俺が所属しているクランを通して受けているので、本来は俺みたいな新参者の冒険者が受注できる依頼じゃないのかもしれません。もしかしたら、何か事情があるのかも」
「ふーん、そうなんだ」
会話しつつ服を脱ぎ終えたハルト。
「とりあえず温泉入ろーか。それから色々と聞かせて」
「はい。俺もすぐに行きます」
「うん。じゃ、お先にー」
ハルトが背を向けたので、ケイトもいそいそと服を脱ぎ始めた。
クリーンという身体を浄化する魔法を使い、少しかけ湯してから温泉に浸かるハルト。それを見てケイトも同じようにしてから、ハルトの隣に座った。
湯が白く濁っており、かつケイトが湯に浸かるまでハルトがそちらを見なかった。だから彼は気づいていない。
隣にいるケイトの身体が、自分と少し違うことを。
「ふぅー、適温だぁ。キキョウもいい感じの温泉見つけてくれたな」
「気持ちいですね。俺、外でお湯に入るのって初めてなんです」
「そうなの? まぁ、こっちじゃ珍しいかな」
この世界では、湯船に浸かるという習慣が一般的ではない。王族や貴族のような一部の者が風呂を持つくらいで、庶民の多くは
ハルトはお風呂が大好きだった。
解放感のある露天温泉を特に好む。
火山がある国に行くと、まず温泉の有無を確認したりしている。そんな彼の趣味に付き合わされるうちに、彼の家族もみんな温泉好きになっていった。
入浴に適した温泉を見つけるとハルトが褒めてくれるので、彼の妻たちは率先して各地で温泉探しをしたりもしている。
「あのっ、ハルト様は、その……」
「様? なんで様?」
「あっ、すみません。じ、自分でもよく分からないのですが、何故かそうお呼びすべきかと思いまして」
「俺たち、初対面だよね?」
「そのはずです」
「んー。まぁ、好きに呼んでくれればいいけど」
「はい! ありがとうございます!!」
屈託なく笑うケイトの笑顔が綺麗だった。それを横目で見たハルトが、少し顔を赤くして顔を背ける。
「ハルト様?」
「ごっ、ごめん」
美人な嫁が何人もいて、しかもケイトは同姓だ。その彼の笑顔にちょっと魅力を感じてしまったことが不思議だった。
誤魔化すようにハルトが話をふる。
「ケイトはクランに入ってるんでしょ? そこって、どんな感じなの?」
「すごく良いクランです! みんな優しいし、特にトップのシリューさんって人が強くて、俺の憧れなんです!! で、でも……」
「でも?」
「俺たちはもう、あそこには帰れません」
「……キキョウを倒さなかったから?」
「…………」
無言で俯くケイトの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
シリューに期待され、難易度の高い依頼を受けさせてもらえているのだとケイトは考えている。依頼に失敗するということは、その期待を裏切るということ。
ヒトに期待されるという経験がなかったケイトにとって、シリューに期待されていると感じられることは彼の心を満たした。逆にシリューに失望されるかもしれないと考えた時、ケイトの中には言いようのない恐怖が広がったのだ。
「キキョウに攻撃するのはやめてほしいな。もしそうなったら、俺はケイトを止めなくちゃならなくなる」
「ハルト様がそう望まれるのであれば、俺がキキョウさんを攻撃することは絶対にありません」
「そうなの? それは、ありがと。そもそも人化できる銀狐なんていないんだから、きっと依頼が間違ってるんだよ。依頼内容の確認とかなら、たぶん俺がしてあげられるよ」
この時のハルトは、王都のギルドマスターであるイリーナとはまだ知り合ってはいない。しかし国王ジルという国のトップと繋がりはあるのだ。ジルを通して、ケイトたちが受けた依頼の背景などを調べれば良いと考えていた。
「依頼が間違ってたんなら、結果として失敗になってもケイトを責めるヒトなんていないと思う」
「そ、そうですか? そうだと、良いのですが……」
「大丈夫! ただ、もし仮にケイトが怒られたりしてクランにいられなくなったりしたら、うちにおいでよ」
半分冗談のような感じで、ハルトがケイトをクランに勧誘する。
「うちと言うと、ハルト様のクランと言うことですか?」
「そう! って言っても、これからつくる予定なんだけど──」
「は、入りたいです!」
「えっ」
ケイトがハルトに詰め寄る。
「俺、ハルト様のクランに入りたいです!!」
オートマタはヒトを護り、ヒトの役に立つべき存在として創られた。そしてケイトとアリアが村を出てから初めて彼らの力を頼ったのがシリューだった。彼の役に立てると感じたケイトたちは、いつの間にかシリューに依存するようになっていた。
本来の主を見失っていた彼らは、シリューを代理の主として認識していたのだ。
しかしハルトの言葉により、代理の存在は容易に上書きされた。
本来の主が期待してくれた。
『うちにおいでよ』と誘ってくれた。
ケイトはまだ自身にとってハルトがどんな存在であるのか、いまいち理解はできていない。でもこれだけは断言できるということがあった。
「なんか俺、ハルト様のおそばにいたいんです!!」
そう宣言しながら、いっそうハルトに近寄るケイト。
「ちょっ、ケイト!? 近いって──」
ふにゅん、と何か柔らかいものがハルトの手にあたる。
「……え」
何人も妻がいて、いろんな身体を見てきた。
見るだけじゃなく、触ってもいる。
だからこそ分かることがあった。
華奢な男の身体ではありえない胸部のふくらみの柔らかさ。それからケイトは、割と着やせするタイプだった。
「お、お前まさか、おん──」
「ハルト様ー!」
「ふふふっ。お邪魔しますね」
一糸まとわぬ姿のティナとキキョウがやって来た。
「し、失礼しまーす」
「えっ」
全裸のふたりの背後にアリアがいる。
彼女もティナたち同様、何も身に纏っていない。
「な、なんで!?」
焦るハルトをよそに、さも当然とばかりにティナが宣言する。
「
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