Cランク昇級試験(2/16)

 

「ハルト。久しぶり」


「あっ、レオにぃ!」


 ハルトたちがグレンデールの王都に着いた時、ハルトの兄であるレオンが出迎えた。


「久しぶりだね。なんで最近、あんまり遊びに来てくれないの?」


「悪いな。これでもいろいろと忙しいんだ」


「そっか……大変なんだね。ちなみに先月のマイとメイの誕生日の時は、陛下とカイにぃも来てたよ」


忙しいんだよ。この国の王様が、ホイホイいなくなるんだぞ? 毎回、どれだけの騒ぎになってるか……まぁ、お前の屋敷に、ティナの手料理を食いに行ってるだけなんだけど」


 この国の王様ジル=グレンデールはほぼ毎月、ハルトの屋敷を訪れていた。


  居候しているルークとリューシンの二世帯を加えると、ハルトの家族はおよそ二十人もの大所帯になる。つまり、毎月誰かの誕生日が来る。その誕生パーティーに出されるティナの手料理を目的に、ジルはハルトの屋敷を訪ねていた。


  それを知らされていたレオンは毎回、事態が大きくなり過ぎないように奔走していたのだ。


「カイ兄も陛下の護衛ってことで来てるんだから、レオ兄もくればいいのに」


「あのな、陛下って王様なの。この国で一番偉い人なの。そんな御方がいち貴族の子どもの屋敷に入り浸ってるなんてことがバレると、大変なんだよ。王様が一部の貴族に肩入れしてるってのは、国として問題なの」


「相変わらず頭が固いな」

「そーだぞ。もっと柔軟に物事を考えろ」


 突然、ジルとカインが姿を現した。


「陛下!」


 慌ててレオンが膝をつく。


「レオン、お前……。なんだか昔のカインみたいになってきたな」


「陛下。これが国に仕える兵としては、当然の態度です」


「あぁ、カイン。昔はお前もだったな」


 レオンも以前は、もっと砕けた態度をとる男だった。だが軍属が長くなると、規律に従った行動をとることが常識となっていく。一方、カインは──


「私は軍を抜けてから陛下に毒されて、こんな感じになっちゃいましたけどね」


「俺はそれでいいと思ってる。民の前では、ちょっとそれっぽくしておけばいいのだ」


 ジルは態度を改めるつもりはなさそうだった。


「ではせめて、外出する際は大臣や騎士団の者に一声おかけください」


「声を掛けたら、外出させてくれるのか?」


「そ、それは──」


 本来、国王ジルが外出するのであれば事前に、通るルートの選定や兵の配置、王を狙う集団の動向チェックなどが必要となる。さらに護衛として親衛隊数名に加え、最低十人の王国騎士団員や医療兵が同行する。


「我はできれば、ひとりでハルトの屋敷に遊びに行きたい。でもそれを譲歩して、こうしてカインを護衛として連れておるのだ」


 以前はカインが、王である自分につきっきりで、彼の弟であるハルトに会いに行くことも滅多にしなかったのを気遣って、ジルはハルトの屋敷をたまに訪ねていた。


 しかしティナの手料理を食べてからというもの、彼はそれ手料理の虜になった。ティナを城に招いて、専属の調理人にしたいとも考えたが、それは絶対に不可能だった。


 ティナは世界の英雄で、ハルトの嫁だから。


 この国グレンデールは農業大国で、水の精霊王ウンディーネの加護のおかげで栄えている。そのウンディーネは今、エルノール家に入った。つまり、ハルトの嫁になったのだ。


 風の精霊王シルフがハルトと正式に結ばれたことで、ウンディーネが『じゃあ、私も!』とハルトのもとに押しかけてきた。


 この国が絶対に逆らえないウンディーネ。その夫となったハルトに、この国は逆らえない。


 とはいえハルトが、国に無理難題を持ちかけるようなことはない。彼は大体のことを、自力でできてしまうのだから。逆に言えばハルトの願いを聞く代わりに、ティナの手料理を食べさせろと交渉することもできない。


 ティナに指示して、料理を作らせることなど不可能だ。


 しかし、彼女の手料理を食べるチャンスがある。それが、ハルトを当主とするエルノール家の、誰かの誕生日なのだ。ティナの誕生日の時だけは、その限りではないのだが。



「ところで陛下、今日はどうされたのですか?」


「ハルトたちがCランク冒険者への昇級試験を受けると聞いてな。その応援に来たのだ」


「おぉ! それは、ありがとうございます!!」


「うむ。頑張れよ」


 Cランク冒険者になれば、国からの依頼を受けることがある。


 もしかしたら『英雄の手料理を持ってこい』というクエストを発注すれば、ティナが王城まで手料理をデリバリーしてくれるかもしれない。そんなことをジルは考えていた。だからこそこうして、ハルトたちの応援のために出向いてきたのだ。



「あっ、ヤバい」

「暗部に気付かれたみたいですね」


 影から護衛している暗部の監視をすり抜けて、ジルはここまでやってきた。王都の出入り口であるここにいることがバレて、数名の暗部が向かってきたことをジルとカインが察知した。


「ではハルト、頑張れよ。C級になったら、優先的に国の依頼を回してやろう」


「い、いいのですか!?」


「構わん。代わりと言ってはなんだが……。今後もお前の家でパーティーが開かれるときは、我を招いて欲しい」


「ティナ、大丈夫そう?」


 ハルトが、隣にいたティナに確認をとる。彼が大人数を招いてパーティーを開けるのは、ティナがいろいろと頑張ってくれるからだ。 


「私は問題ありません。ジル様、カイン様、それからレオン様も、ぜひご参加ください」


「ありがと、ティナ。ということで陛下、依頼の件、お願いしますね」


「わかった。こちらこそ頼むぞ!」

「またな、ハルト」


 そう言ってジルとカインが姿を消した。

 隠密スキルを使用したのだ。



「お、俺は今、国王と国民が裏取引する場面を見てしまった。だが、それを俺の兄は止めようとしないし、しかも裏取引をしたのが俺の弟だ……。いったい俺は、この国の兵として、どうするのが正解なんだ?」


「レオ兄も諦めて、に来ちゃえば?」

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