シャルルの読心術(6/6)

 

 結論から言って、私は失敗した。


 ハルトの身体に異世界人が転生してくるのを、防ぐことができなかったの。



 ──***──


 魔王がこの世界に君臨してから、それを倒すために勇者となる異世界人がやってくるんだって──私はずっとそう思っていた。


 ハルトが五歳の誕生日を迎えても、私の弟に変わったところはなかった。だから私は、ちょっと安心していたの。


 そもそも魔王がどこかに現れたって話も、全く聞かなかった。これはお父様に連れられて王都に行った時、王様や大臣たちの心の声をこっそり聞いたりして他国の状況も確認したから間違ない。


 きっと魔王がなんらかの理由で出現できなかったから、異世界人がこっちの世界へ勇者として転生してこなかったんだって思った。


 だけど、ハルトの誕生日から二日後──



「あっ。お、おはようございます……シャルねぇ様」


 私はハルトの誕生日をお祝いするために、魔法学園の授業をお休みして屋敷に帰ってきていた。それで今日学園に帰る予定だったから、お別れの挨拶にやってきたんだけど……。


 あまりにもぎこちない挨拶。

 昨日までと、ハルトの雰囲気が違った。


 私は嫌な感じがして、ハルトの心を読もうとした。



 ……あ、あれ?

 なんで?


 ハルトの心の声が、聞こえなくなっていた。


 一応、少しだけなら心の音が聞こえる。なんだかハルトの心にカバーがかけられたみたいに、上手く声として聞き取ることができない。


 仕方ない……アレをやろうかな。


 まれに私の読心術に抵抗できちゃうヒトもいる。ハルトの専属メイドになったティナも、そのうちのひとり。


 まぁ、彼女は今から百年くらい前に、異世界から来た勇者と協力して魔王を倒した英雄だって言うから、なんら不思議じゃないけどね。


 でも私は、そんな英雄の心の声すらも読むことができる手段を持っていた。


 それは──



「ハルト、おはよ」


 ハルトに抱きついて彼の首に手を回し、直接肌に触れた。


 対象と直に触れること──これが、英雄の心の声すらも聞き取ることができる、私の最強の読心術。


 普段は付近にいるヒトの心を聞く能力なんだけど、誰かと直接肌が触れ合っている時は、そのヒトだけの心が聞こえる。


 そしてその対象が、どんな強力な魔具や魔法で思考を読まれないように対策していたとしても意味がない。


 昔、お父様がティナを私たち家族に紹介してくださった時、口には出さなかったけど彼女のレベルについて心の声で漏らしていた。


 ティナのレベルは250。魔法剣士っていう職業らしい。勇者様がいない今、この世界で最強の存在だと思う。


 それにティナは、精神攻撃に強い耐性を持つエルフ族。


 エルフ族であり、世界最強の存在。そんなティナ=ハリベルの心の声すら、身体に触れられれば聞き取れる私が、全力でスキルを使ったのだからハルトの声だって聞くことができた。



「うわっ。シャ、シャルねぇ!?」

(お、お姉さん……スキンシップ、激しくないですか!?)


 心の声が、ハルトのものじゃなかった。

 ハルトは私のことを『お姉さん』なんて呼んだことがないのだから。



 ……本当に、異世界人がハルトの身体に入ってしまったみたい。


 目の前が暗くなった。


 私の可愛いハルト。すっごく綺麗な心の音を鳴らしていた私の弟が──



 いなくなっちゃった。


 どうしよう……。

 どうしたら、ハルトを取り戻せるの?



「…………」


「あ、あの……どうしたんですか?」

(なんで離れてくれないんだろ? でも、すごくいい香りがするから、もう少しこのままでもいいかな)


 昔ハルトが、私の服の匂いが好きだと言ってくれてから、服を洗濯する洗剤の種類を変えていない。


 シルバレイ伯爵家では、家族みんながそれぞれ違う洗剤で別々に、メイドさんたちに洗濯してもらってる。


 それは服の取り違いを防ぐためだったりする。ちなみに伯爵クラスの貴族の間では、ごく普通のこと。


「ねぇ、ハルト」


「は、はい」


「私の服のにおい、好き?」


「大好きです!」

(元の世界ではあまり嗅いだことのないにおいだけど、なんでだろ……なんか俺、このにおいが好き)


 彼自身もよくわかっていないみたいだけど、好みはハルトと変わっていないみたい。


 心の声の一人称が『俺』に変わってはいるものの、私はハルトの身体にハルトがいることを確信した。


 お父様も『ハルトと異世界の者の魂が混じるから、完全にハルトでなくなるわけではない』──って言っていた。


 だからハルトは、ちゃんとここにいるんだ。


 それがわかって少し安心したのだけど、私にはもうひとつ、どうしても確認しておかなきゃいけないことがあった。


「私ね、お昼には魔法学園に帰っちゃうの。だから久しぶりに……一緒にお風呂、入らない?」


 確認したかったのは、ハルトの身体に転生してきた異世界人が、スケベなオッサンじゃないかどうかってこと。


 私の可愛い弟の魂がここにあるとはいえ、それと混じったのがオッサンだったら……なんか、嫌。


 もしだったら、私はなんとしてでも、ハルトからオッサンの魂を排除しようとするかもしれない。


 だから私は、ハルトを試したの。


「お、お風呂ですか!?」

(いや俺、今は五歳だけど……さすがにマズいでしょ。お、お姉さんと一緒にお風呂に入った記憶もあるけど──)


 ハルトが照れてる。

 心の声は、かなり焦っていた。


 なんか、初心うぶそうな感じ。


 ハルトの魂と混じったのだから、そうなんだろうって思ってたけど、転生してきた異世界人も割と若い人なのかな?


 ちょっとホッとした。


 一緒にお風呂に入りたいって、即答されなくて良かった。


「ふふふ。冗談だよ」


「……もう。からかわないでください」

(お姉さんが可愛すぎるから俺、強く誘われたら断れないよ?)


 元のハルトほどではないけど、彼の心の声はとても綺麗でよく響く。

 転生してきたのが、良い人なんだろうってのがわかった。


 あと、私を可愛いって言ってくれたのもプラスポイントかな。



 ──と、ここであることを閃いた。


「ハルト、ちょっといい?」


「なんですか?」


「ハルトが大きくなったら──」


 ハルトはハルトだけど、完全に私の弟のハルトっていうわけじゃなくなった。


 それから私は、ハルトが大好き。


 だから──



「私と結婚してね!!」


 異世界人が転生してきて、完全な姉弟じゃなくなったんだもん。


 なら将来結婚しちゃっても、なんの問題もないよね?

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