邪神討伐祝賀会

 

「よいせ、っと」


 ハルトと出会った時のことを思い返しているうちに邪神の神殿に着いたので、その床にボロ雑巾みたいになっている邪神を放り投げた。


「おーい、大丈夫か?」


 一応、聞いてみる。


「…………」


 返事がない。

 でもとりあえず息はしてる。


 よし、大丈夫そうだな。


 百年くらい経てば、自力で立てるくらいまでは回復するだろう。


 一応コイツは、俺の兄弟ってことになるんだが、俺の戦友だちであるハルトの家族に害をなす危険性があるからな。


 わざわざ回復させてやる義理はない。


 むしろ回復を阻害するように、俺がなんかやっとくべきか?



⦅海神様、聞こえますか?⦆


 ちょうどハルトから、連絡が入った。


「あぁ。ちゃんと聞こえるぞ」


 ちなみに神界にいる神と通話できるヒトなんて、本来は存在しない。


 大勢のヒトが一斉に神に祈って、そのエネルギーが神界に届いた時のみ、神の方からヒトに語りかける。そうすることでヒトは、神に声を届けることができるようになる。


 聖女や竜の巫女といった神に認められた者たちであれば、たったひとりでも神に声を届けることはできる。


 しかし神がその気でなければ、通話はできない。通話するにも神性エネルギーを使うので、余程のことがなければ神がヒトに話しかけることはないからだ。


 神界にただ声を届けるのと、通話を始めるのでは次元が違う。


 神と通話を始められるのは神だけ──そんな常識を軽く覆し、ハルトは普通に俺との連絡経路を形成しやがった。


 たぶん有り余る魔力で強引に、人間界と神界を繋いでるんだろうな。



⦅よかった。急にいなくなっちゃうから、びっくりしましたよ。今、どこにいらっしゃいますか?⦆


 どこって……。


 邪神を見下ろす。


 邪神の神殿にいる──そう言ってもいいものか。


 少し悩む。


 邪神を神殿まで運んできたくらいで、ハルトが俺を怒るってことはないと思うが……。


 もし、だ。

 もしハルトが、俺の行動にキレたら?


 ボロ雑巾になった邪神を見る。


 俺も、なるかもしれない。



「今な、邪神の神殿にいる」


 ハルトは真実を知る術を持ってるようだったから、嘘をつくのは無駄だって思い出した。


 だから素直に答えておく。


⦅邪神様の……と、いうことは俺がどこかに吹っ飛ばしてしまった邪神様を助けた、ということですか?⦆


「……そうだ。お前が殴り飛ばした邪神は、創造神の神殿に突き刺さってた」


⦅そ、創造神様の神殿に!?⦆


「あぁ。そんで俺がそれを引っこ抜いて、コイツの神殿まで運んできたんだ」


 さて、どうなる?



⦅あ、あの。邪神様は、大丈夫でしょうか?⦆


「うーん。まぁ、当分は動けないだろうが、とりあえずは生きてるぞ」


⦅そ、そうですか。よかったぁ⦆


 安堵したようなハルトの声が聞こえた。


⦅この世界の神様を消滅させちゃうのは、さすがにまずいですよね⦆


 かなりギリギリだったと思うけどな。


「ハルト。俺はコイツを回復させることも、拘束したりすることもしてないが……それでいいか?」


⦅大丈夫です! もし邪神様が回復して俺たちに襲いかかってきたとしても、自分らでなんとかします⦆


 まぁハルトたちなら、それができるだろう。


「そうだな。それじゃ俺は、なにもせずに帰るぞ」


⦅あっ、帰っちゃうんですか? 今からうちで邪神討伐祝賀会をやるんですけど……海神様も、来ませんか?⦆


「邪神討伐……」


 それ、俺が参加してもいいのだろうか?

 俺って、邪神の兄弟なんだけど。


⦅ちなみに料理はティナが作ってくれました⦆


「なに?」


 心が揺れる。


 ハルトの嫁のひとりで、今からおよそ百年前に勇者とともに魔王を倒したティナ=ハリベル。


 彼女が作る料理は絶品だと、星霊王が言っていた。


 星霊王をうならせるほどの手料理。

 めっちゃ気になる。


 俺の心の中では邪神討伐祝賀会への参加が、ほぼ決まりかけていた。



⦅ちなみにリヴァイアサンと、海神様のとこの式神さんは、もう来てますよ⦆


「えっ?」


 俺の眷属である神獣のリヴァイアサンは、かつてハルトに倒されてから、なぜかヤツに懐いた。


 普段は巨大な海竜の姿なのだが、リヴァイアサンは人化できるので陸地でも行動できる。


 その人化した姿で度々、ハルトの屋敷に遊びに行っているようだ。


 というか、俺の式神まで……。



⦅おーい、海神や。きこえるか?⦆


「じ、じいさん?」


 ハルトとの通信回線から、なぜか創造神じいさんの声が聞こえてきた。


わしも、ハルトの邪神討伐祝賀会に呼ばれての。今、ハルトの屋敷におる。お前もさっさと来るのじゃ。はよせんと、ティナの手料理が冷めてしまうではないか⦆


 え……えぇ!?

 じいさん。あんた、なにしてんの!?!?


⦅神性エネルギーがもったいないからな。ハルト、海神にもを頼む⦆


⦅承知しました!⦆


 じいさんとハルトの会話が聞こえた瞬間──



 俺はハルトに、


「…………」


「遅かったの、海神よ」


「海神様、すみません。創造神様のご指示で、召喚させていただきました」


 当然だが、ヒトに召喚されるのなんて初めての体験だった。


「な、なぁ、もしかしてだけど。ハルト……お前まさか、じいさんも──」


「儂もハルトに召喚してもらった。神性エネルギーを使わずにすんでラッキーじゃったわい。今後、儂が顕現する時は、ハルトに頼もうかの」


「お任せください」


「…………」


 もうハルトが、神じゃないってのがどうしても信じられないレベルになっている。


 というより、創造神を召喚できる時点で、神って枠すら超えてる気がする。



「海神殿、久しぶりです」


 創造神とは少し違う髪型で、ちょっと筋肉質の老人が話しかけてきた。


「も、もしかして……祖龍か?」


「左様」


 最強の魔物がいた。

 魔物なんて枠でくくれない存在だ。


 一応、四大神である俺の方が少しだけ格は上なんだけど、ヒトだった者が神格化した後神って呼ばれる神々よりは、祖龍の方が格上って扱いだ。


「ハルトに呼ばれたので、我もこうしてやってきたのです」


 この世界に魔力を供給している龍がわざわざ人化して、ハルトの屋敷に来ていた。


 ハルト、祖龍とも繋がりがあったのか……。


 ん?

 そ、そういえば──



「なぁ、ハルト……お前ってたしか白竜の娘とも、夫婦の契を交わしたんだよな?」


「白亜のことですか? そうですよ」


「そうなのです。ハルトが我が子孫と結ばれたので、ハルトやエルノール家は竜の血族に入ったことになります。しかし……力関係からして、と言った方が良いかも知れませんな」


 そう言って祖龍が、豪快に笑った。


 竜族は総じてプライドが高い。

 それは竜族のトップである祖龍が、だからだ。


 そんな祖龍が、ハルトの家系に入ることを是としていた。



「海神、遅かったな」

「ほらほら、早くこっちに来なさいよ!」


「なっ、なんでお前らも!?」


 さも当然というように、空神と地神がいた。


「儂が呼んだ。召喚したのは当然、ハルトだ」


「…………」


 ま、まぁ、創造神じいさんを呼べるくらいだから当然、なのか?


 俺は地神に手を引かれて、ハルトの屋敷の食堂に入った。


 そこには──



 星霊王や精霊王たち。

 リヴァイアサンやフェンリルといった神獣たち。

 武神や竜神、その他の神々など。


 およそこの世界の上位存在と呼べる者たち全てが、ここに集っていた。


 ここにいないのは、邪神くらいだろう。



「海神様。ようこそおいでくださいました」


 俺が唖然としていると、メイド姿のティナがグラスに入った酒を持ってきてくれた。


「お、おぅ。ありがと」

「はい。どうぞ、お楽しみくださいね」



「ふむ。それでは、一通り揃ったな」


 創造神じいさんが声を出すと、その場にいた全員が静かになった。


 どうやら俺が最後だったみたいだ。


「儂が作った邪神が倒されたことを、儂が祝うのは……ちと変じゃと思うのだが──」


「あっ。す、すみません!」


 その辺、ハルトは考えてなかったんだな。


「まぁ、良い。邪神が儂に隠れて、コソコソやっておったからな。全部、あやつが悪いのじゃ」


 その言葉を聞いて、ハルトがほっとした表情をしていた。


 じいさんの『ハルトの味方です』アピールが、半端ない。


 でもまぁ俺も、じいさんがそうしたい気持ちは、痛いほどよくわかる。


 だって俺たちを、易々と召喚するバケモノだぞ!?


 ハルトとは、とりあえず仲良くしておくのが得策なんだ。


「それでは、ハルトの邪神討伐成功を祝して──」


 


「乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 この世界トップの神の掛け声で、ありえないほど豪華な面子が勢ぞろいした宴会が幕を開けた。

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