海神(5/5)

 

 ──は?


 な、なんで……なんで海中で、火属性魔法が使えるんだ?


 一応この世界では火の精霊王など一部の力を持つ存在であれば、水中でも火属性魔法を使うことができる。


 水中に存在する精霊たちが精霊王の存在に恐れをなしてその周囲から離れるため、水中であっても消えない火というものが実現する。


 ハルトは、そうした存在精霊王級ということだろうか?


 ……まぁ。たぶん、そうなんだろうな。


 そうあってほしい。

 そうでなければ困る。


 水中で、海神より速く行動できるバケモノなのだから。 



「あの、海神様。コイツを、戦わせてみてもいいですか?」


 ハルトが、創り出したばかりの魔法を使ってみたいと言い出した。


「いいぞ。俺の魔魚たちと戦わせよう」


 炎の騎士が内包する魔力量は、ひとりの人族が創り出した魔法としては最高レベルのものだった。


 しかしあんな姿形の騎士が、水中で俺の魔法より速いわけがない。


 水中で火属性魔法を使ったことはすごいが、適材適所ってのを知らないハルトは、やはり見た目通りのガキだな。


「ちなみに、その一体だけでいいのか?」


 ハルトに攻撃を仕掛けたのでだいぶ減ったが、それでも俺の魔魚たちはまだ数百匹は残っている。


 対してハルトが作り出したのは、炎に身を包んだ騎士が一体だけ。


「海神様の魔法のスピードは、さっき体感しましたからね。たぶん、大丈夫です」


 ……ほう。


 それはずいぶんと、なめられたもんだな。


 さっきのアレが、俺の魔法の全速力だと思われているようだ。



 ──いや、待てよ?


 さすがにハルトでも、あれだけ力を持った魔法を、そう易々と創り出せるわけがない。


 きっとあいつは、強がっているだけだ。


 あの一体に、持てる全ての力を費やしたに違いない。


 速さと連携を強化した俺の魔法の前に、なすすべなく膝をつくがいい!



 ──***──


 あ、あれ?


 ……マジ?


 数百体いた俺の魔魚は、たった一体の炎の騎士に、およそ十秒ほどで殲滅させられた。 


 炎の騎士も、ハルトと同じ移動方法ができたんだ。しかも魔法である炎の騎士には、恐怖心というものがない。


 俺からしたら十分にバケモノじみた速度で移動するハルトも『速すぎると怖いから』という理由で、実は移動速度に制限をかけていたらしい。


 その制限は、炎の騎士には存在しない。

 炎の騎士はハルトよりも速かった。


 速すぎた。


 俺が本気で力を注いで加速させたのに、ほとんどの魔魚は炎の騎士に触れることも叶わず、そいつに破壊された。


 そして俺が追加の魔魚を出す暇もなく、ハルトの炎の騎士は、次のターゲットを俺に定めたんだ。



 しかしその一体は、返り討ちにしてやった。


 俺は、この世界の神だ。


 ハルトに速度で負けるというのも、神としての本来の力を制限しているから。


 そして俺は、魔法より自分の身体を使った戦闘の方が強い。


 本気で、ハルトの相手をすることを決めた。




 ──***──



 ま、待て! 


 待てまてまて、待てって!!


「ちょっと待てって──言ってんだろうが!!」


 炎でできた槍を躱しながら、俺に攻撃してきた炎の騎士のコアを手で抜き取る。


 水属性の魔法障壁で手をガードしているにもかかわらず、俺の肌を焼くほどの火力だった。


「あー、惜しい! もーちょいで海神様に攻撃が当たりそうだったのに……、やられたヤツの仇を取ってこい」


 ハルトが指示を出す。


 それに応えるように、俺を取り囲むように展開していたが、俺に襲い掛かってきた。


 バ、バカじゃねーの!?

 ありえねーだろ!!


 俺は神だぞ!?


 なんでガチで、りにきてんだよ!!?


 そもそもなんでお前は、そんなにたくさん魔法を使えるんだ!?


 どう考えても、ひとりの人族が保有できる魔力量を超えてんだろーが!!


 一体で俺の魔法を殲滅する炎の騎士を、ハルトは千体も創り出しやがった。



 その後、何発か大技を放って百体くらいは倒した。


 でも俺を囲む炎の騎士は、その数が減っている気がしない。


 減っている気がしないというより──本当に、減っていなかった。


 俺が倒したら倒した分だけ、ハルトは炎の騎士を生み出していたんだ。


 いくら倒しても、キリがない。



「こぉの、くそがぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 俺は自身が放てる最強の技を、神の力を完全解放して、術者であるハルトを巻き込むように千体の炎の騎士に向けて放った。


 ハルトを、殺るつもりだった。

 殺っていいと判断した。


 この世界の四大神である俺をここまで追い詰めるようなバケモノは、ここで消しておくべきだと思ったんだ。



 海底の地形が変わる。


 俺の技が、全てを破壊した。


 神殿にも大きな被害が出ているが、式神や人魚たちは戦闘が始まる前に遠くに避難しているから、みんな無事だろう。


「どうだ!! こ、これなら──」



 巻き上がった砂が晴れてきた。


 俺の周りにいた千体の騎士たちは、全て消し飛んだようだが──



「海神様、凄い威力でしたね!」

「なっ!?」


 ハルトは無事だった。


 元いた場所から、ほとんど動いていなかった。


 そしてハルトの背後に、数え切れないほどの炎の騎士が整列していた。


 炎の騎士の大軍が、深海を明るく照らしている。


「千体全部倒されちゃったので、今度は十倍の一万体作ってみました!」


 魔王が、神より強い魔王が、笑顔で大軍を率いていた。



「あー、ごめん。それは無理。うん、絶対むり。ハルト……俺、降参するわ」


 俺はこの世界に神として生まれて初めて、敗北宣言をした。

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