海神(3/5)

 

「い、いいのか?」


 本当に俺と、戦ってくれるのか!?


「えぇ。海神様が闘おうって言ってくださるのであれば、俺は貴方神様と闘ってみたいです。今の自分の力がどこまで通用するか、試してみたいって気持ちがありますから」


 そう言うハルトの目は、新たな獲物おもちゃを見つけてワクワクしている子どものように輝いていた。


「ちなみに俺が途中で降参したら、殺さないって約束していただけますか?」


「あ、あぁ、当然だ。俺の我儘で闘ってもらうんだからな。もし勢い余って殺しちまっても、必ず蘇生してやる」


 なんとなくだが、そんな必要は全くなさそうな気がした。



「ありがとうございます! それじゃ、りましょう!!」


「おう!」


 ……ん?

 お、おかしいな。


 ちょっと文字が、違う気がした。




 ──***───



 ヤバいヤバいヤバい!


 ヤバすぎる!!


 な、なんなんだこいつは!?


「海神様。次はコレ、いっきまーす!」


「おいちょっと待て、ハルト! それ、さっき俺が使った魔法──」


 ハルトが両手に巨大な渦の槍を作り出し、俺に向かって投げつけてきた。


 本来はアルティマヴォーテックスっていう、水属性の究極魔法。対個人に放つものとしては、最強の魔法だ。


 それをハルトは──



「ウォーターランス!」


 最下級魔法の詠唱で、発動させやがった。


「ひぃぃぃ!!」


 自分でも信じられないくらい情けない声を出しながら、俺はなんとかハルトの魔法を避ける。


 俺が避けたハルトの魔法は、くっそ頑丈な神殿の外壁を、大きく破壊した。


 こ、こいつの魔法……やべぇ!


 どうなってる!?


 なんで最下級魔法の詠唱で、究極魔法クラスの破壊力になるんだ!?


 ちなみにヤバいのは、破壊力だけじゃない。


 俺が使った魔法を、ハルトは真似してくるんだ。まぁ、アイツは賢者らしいから、俺が使える魔法を同じように使えるのならわかる。


 でもハルトは、俺が使った魔法を、俺に撃ち込んでくるんだ!


 神である俺が──四大神の一柱である俺が、そこそこ本気で放った魔法をだぞ!?


 コイツの魔法、意味がわからねぇ!



 ──いや、魔法だけじゃない。


「海神様、こっちです!」

「──っ!!」


 親切にも俺を殴る直前、ハルトが声をかけてくれたから、俺はその拳を躱すことができた。


「あぶねぇな!」


 移動速度と攻撃速度が、人族だとは思えないくらい速い。


「さすが神様。反応速度ヤバいですね」


 ヤバいのは、お前の方だ!!

 なんで水中で、海神より速く動けるんだ!?



「なぁ、ハルト。なんでお前は海の中なのに、そんなに速く動けるんだ?」


 戦闘中だというのに気になりすぎて、つい聞いてしまった。


 もちろん平静を装っている。

 精一杯の強がりだ。


「たぶん俺、陸上より水中の方が速く動けます」


「……は?」


 お、お前……人族だよな?

 なんで人族が、水中の方が速いんだ?


「水が俺の移動を手伝ってくれるんです。空気だと密度が小さくて、そこまで速度が出せないんですよね」


 いや、それ……なんの説明にもなってない。


「進行方向の水の密度を魔力で小さくして、反対に身体の後ろの水の密度を高めるんです。液体が密度の低いところに移動する性質を利用して、俺は移動してるんです」


 俺が理解してないことに気づいたのだろう。

 ハルトが補足してくれた。


「魔力で……水の密度を?」


 そんなこと、できるのか?


「こんな感じです!」


 ハルトが魔力を放出し始めた。

 その魔力を、身体前に集めていく。


 するとハルトの身体が、少しずつ前に進み始めた。


「おぉ! で、でも……なんでだ?」


「魔力って、高密度に圧縮すると実体を持つんですよね」


 あぁ、それは知ってる。


「で、実体を持つようになった魔力は、その空間にあったモノを、別の場所に追いやります。水中だと、その追いやられるものは水ってことですね」


「ふむふむ」


 再びハルトが、身体の前に魔力を集め始めた。


 さっきより高密度に魔力を集めているようで、魔力の塊が目視ができる。


「今、俺の前の空間には、ここにあった水を押しのけた魔力の塊があります。この魔法の塊は、俺の魔力なので、当然消すことも可能です」


 ハルトが魔力を消した。


 その瞬間、深海にが誕生する。


 次の瞬間にはその空間に水が流れ込むのだが、その流入スピードが速すぎて水と水がぶつかり合い、衝撃波が発生した。


「──なっ!?」



 深海では全てのものに、とてつもない水圧がかかっている。


 ここに生息する人魚たちは生まれた時から、身体の周りに水圧の影響を中和する魔法を常に纏っている。


 人魚たちが深海で死んだ時──



 彼女らが纏う水圧中和の魔法が解け、人魚たちの亡骸は一瞬で、真珠程度の大きさまで潰されるのだ。


 潰された亡骸は、生前の髪の色をした綺麗な球体となる。


 それは『人魚の死宝』と呼ばれ、ヒトの間では高価で取引きされているそうだ。



 この場所には、深海に棲む我が眷属の肉体を一瞬で潰すほどの水圧がかかっている。


 ハルトはその水圧を利用して、推進力に変えているという。


 原理はなんとなくわかった。

 しかし普通、やろうと思うか?


 下手をしたら身体が、粉々になってもおかしくないのだ。


 実際、ハルトが魔力の塊を消した時は、神殿を揺るがすほどの衝撃波が発生している。


 その衝撃だけで、バラバラになっていてもおかしくはない。


 だが──




 ハルトは、普通じゃなかった。


「ちょっとだけ進んだの、わかります? これを繰り返してやることで、すごい速さで進めるんです!」


 さっきいた位置からほんの少しだけ進んだ場所に、五体満足のバケモノがいた。

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