海神(2/5)
「は、速っ──きゃぁぁあ!?」
「あはははは」
「ねぇねぇ。あそこの流れ、もう試した?」
「うん! 途中でビュンってなるの! すっごくおもしろかった!!」
「そうなんだ。ちょっと行ってくる!」
「あっ、私も! もう一回いく!!」
俺の神殿内部に発生した海流で、人魚たちが楽しそうに遊んでいる。
この神殿は基本的にオープンだから、人魚や魚人たちがいつも自由に出入りしているんだ。
娯楽の少ないこの深海の世界で、人魚たちは俺が気まぐれで作る海流で遊ぶのを楽しみにしていたのだが──
どうやら俺が作るただ速いだけの海流より、このハルトという少年が作った海流の方が人魚たちにとって面白いようだ。
ほぅ。あそこから一気に落ちるのか。
おおっ! そこ、そんな角度で曲がるんだ!?
ふむふむ。
グルグルまわって──スポンっと。
なるほど……確かに楽しそうだ。
俺もちょっと試したくなったが、さすがに海神である俺が人族の作った海流で遊ぶとなると式神や人魚たちの視線が気になる。
後で自分で真似た流れをつくって、こっそり遊ぼうと思う。
「ハルト、といったな?」
「はい。ハルト=ヴィ=シルバレイと申します。グレンデールの賢者です」
「その若さで賢者……もしや、転生者か?」
「えぇ。その通りです」
ハルトは、俺の質問に素直に答えた。
隠し事をする気はないのか?
それとも俺が神だから、なにかを秘密にしておこうとするのは無駄だと知っているのか……。
まぁ、どちらにしても別に構わない。
俺はハルトが気に入った。
若いくせに礼儀正しいし、俺の神殿内部で複数の海流を作り出してしまうほどの魔力量と、その操作技術が、コイツは強いということを物語っていたからな。
俺は強いヤツが好きだ。
神の中にも、武神や竜神といった強いヤツらはいるけど、そいつらとは自由に闘えない。
だから人族とかで強いやつを見つけると、テンションが上がるんだ。
しかもそいつが、わざわざ俺を訪ねてきた。
水中でクラーケンとリヴァイアサンを倒して、俺の目の前までやってきた。
これはもう、闘うしかないだろ!?
──いや、落ち着け。
ハルトは式神を追いかけて、ここまで来たって言ってた。もしかしたら水中での移動速度が、めっちゃ速いのかもしれない。
逃げられるのは困るな。
まぁ水中で、この俺から逃げられるわけなどないと思うが……逃げ出したヤツを追いかけて、無理やり闘わせるってのも、なんかつまらねぇ。
俺は、俺と闘いたがるヤツと、心ゆくまでやり合いたいんだ。
だから──
「ところで、ハルト。お前はなにが目的で、ここまで来たんだ?」
とりあえず望みを聞くことにした。
ハルトの望みを叶えてやる代わりに、俺と闘ってもらうつもりだ。
俺は神だ。
それもこの世界の海を支配する海神。
空を統べる空神や、大地を管理する地神とも繋がりがある。
空神や地神、
俺たちの上には、最高神である
だから俺がその気になれば、この世界での望みはだいたい叶えられる。
ただ、転生者にありがちな『元の世界に戻りたい』ってのだと少し困るが……。
それにはかなりの神性エネルギーが必要になるから、俺の独断ではなんともできねぇ。一応、
やりたくは、ないけどな……。
だから事前にハルトの願いが、俺が叶えられるものかを確認しようとしているんだ。
「目的ですか? んー、そうですね……」
なぜかハルトが悩んでる。
「俺が乗ってた船のそばで、でかいイカと海竜が暴れだしたので、それを止めてたんです。その時に、そこにいる女性が水中にいるのに気付いて、すっごい速さで逃げられちゃったから思わず追いかけて、ここまで来てしまったんです」
それは式神から聞いた。
ハルトは条件反射で、式神を追いかけてきたらしい。
式神を見失わない速度で、水中を移動できるってのが凄いと思う。
「こんな海の底に、すごく大きな建物があって驚きました。しかもこの辺りは深海なのに、この建物がぼんやりと光ってるから明るくて……」
あぁ。それは俺の力で光らせてる。
別に俺は深海の暗闇でも問題なく活動できるが、下位の神などが来た時に困るヤツらがいるからだ。
「中が気になって、見張りとかもいませんでしたし、扉も全開だったので……こうして、入ってきちゃいました」
「そうなのか……ん?」
あれ、もしかして……。
「ちょっと待て、ハルト。まさかお前、俺が誰だか知らなかったりする?」
「え!? え、えっと……すみません」
……マジか。
てことは、ここが俺の神殿だってのも分かるはずがないよな。
「あー、すまん。てっきりお前は、俺のことを知ってるものとばかり思ってて、自己紹介してなかった。改めて──俺は海神ポセイドンだ」
「海神、ポセイド……えぇ!?」
「俺のことは知ってるか?」
「は、はい。もちろんです! 四大神の一柱、ですよね?」
「そうだ」
転生者でも、そのくらいの知識は既に持ってるみたいだな。
「ならここは、もしかして……海神様の神殿ですか?」
「あぁ。ここは俺の住処だ」
「ご、ごめんなさい! 俺、知らなくて神殿の内部で
変なことってのは、海流を作って人魚たちに遊ばせたことだろう。
「まぁ、それは気にするな。人魚たちも楽しそうだったからな」
ハルトの魔力操作は完璧で、魔力によって作られた海流が俺の神殿や装飾品などを破壊することは無かった。
それよりも問題は──
「ここが神殿だって知らずに来たのなら、
「……はい」
あー、そうかぁ。
そうなると、めんどくせぇな。
願いを叶えるかわりに、ちょっと俺と闘えって交渉ができない。
この世界では、神からヒトに手を出すのは
例外は、ヒトが神に手を出した場合だ。
その時は神にも、反撃が許される。
だから俺はハルトに最初の一撃もらってから、闘いを始める気でいた。
しかし、ハルトがなんとなくここに来ただけってなると、交渉のしようがない。
そもそも俺は海の生物たちの神だから、地上で生きるヒトの望みなんてわからない。
だいぶ面倒になってきた。
「なぁ、ハルト。ちょっと俺と、闘わないか?」
色々考えるのがめんどくせぇから、もうそのまま聞いてみることにした。
これで拒否られたら、それも仕方ない。
望みは……薄いと思う。
さすがに進んで神と闘おうなんてヤツは、頭のネジが何本か外れた馬鹿か、自分の力を過信したアホ、もしくは
見た感じハルトは若いながらも聡明そうだし、ここまで来られたのは凄いがそこまでバケモノじみた力は感じられなかった。
だからハルトが、俺と闘ってくれることはない。
そう思ってたのだが──
「いいですよ。やりましょう!」
ハルトは自信に満ちた声で、俺と闘ってくれると言った。
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