海神(1/5)

 

 はある日、突然やってきた。




「海神様! たいへんです!!」


「なんだ……なにがあった?」


 俺に仕える式神の一体が、俺の所まで慌ててやってきた。


「そ、それが、リヴァイアサンとクラーケンが喧嘩してて──」


「チッ。あいつら、また暴れてんのか……しゃーねぇな。俺が止めに行ってやるよ」


 クラーケンはまだしも、神獣であるリヴァイアサンを止められるのは、俺しかいない。



「いえ。違うんです」


「ん? なにがだ?」


「喧嘩してたリヴァイアサンとクラーケンが、人族に倒されたんです!」



「──は?」


 式神が言ってることの意味がわからなかった。


 ここは海の中だ。


 しかも話を聞けば、リヴァイアサンたちは海の中で暴れていたらしい。まぁ、そりゃ当然か。


 そんなヤツらを、どうやって人族が倒すって言うんだ?


「……互いに傷つけ合って、ボロボロになったところを、その人族にトドメをさされたってことか?」


 それ以外には考えられなかった。



「それも、違います。なんか二体が暴れてたせいで、乗っていた船が沈みそうになったので、大人しくさせたって


「な、なんだと?」


 そんなこと、あっていいはずがない。


 クラーケンは、海に棲む最強の魔物だ。

 その力は、神獣であるリヴァイアサンにすら肉薄する。


 そしてリヴァイアサンは、十分な水がある場所で戦うのであれば、神獣の中で最強の存在だった。


 二体を倒せる人族など、いるはずがない。

 いてはいけないんだ。



「……ん? ちょっと待て。お前、『彼が』と言ったか?」


「言いました」


「もしかして、その人族を見たのか?」


「見た、というか……」


 式神が、チラッと神殿の入口の方を見る。


「実は今、彼がここに来ています」


「おじゃましまーす」


「──えっ?」


 そいつは、普通に歩いてきた。



 ──水の中を。


 俺がいるこの神殿は、深海にある。


 俺や式神は水中でも普通に過ごせるので、神殿の内部も海水で満たされている。


 そんな場所にそいつは、普通に歩いてきたんだ。


「な、なんだ? どうなっているんだ……なんでアイツは普通に、ここを歩いてるんだ!?」


「さぁ。私に聞かれましても……」


 式神も回答に困るようだ。

 じゃあ誰なら俺の疑問に答えてくれるんだ?


「そもそもヤツはなんで、この神殿の場所がわかった?」


 俺の神殿は深海にある。


 広い海でこの神殿を見つけることなど、不可能なはずなんだ。


「あー。それは私が、リヴァイアサンたちの喧嘩の様子を確認しに行った時、彼に見つかってしまい、後をつけられてしまったからです」


「……は?」


「申し訳ございません」


 式神が謝ってくるが、別に俺は怒っているわけじゃない。


 意味がわからないんだ。


 この海の中で最も速く移動できるのは、海神である俺だ。


 その次がリヴァイアサンや人魚たち。

 人魚は弱いが、海中を泳ぐ速度は速い。


 そして式神は、人魚並の速度で移動ができる。


 俺に仕える式神だから当然なのだが、彼女は海中での活動に適した身体能力を備えていた。


 そんな式神を、追いかけた?

 海中を飛ぶような速さで移動する式神を?



 ──そんなこと、普通の人族ができるはずがないだろ!!


「あのー。やっぱりお邪魔でしたか?」


 そいつは海中で、普通に喋っていた。

 声も俺までしっかり届いている。


 本当なら、こんな得体の知れないヤツは警戒すべきなんだ。


 神の力を行使して、ここから追い出すべきなのかもしれない。


 それでも俺は、リヴァイアサンやクラーケンを倒し、式神を追跡してここまでやってきたこいつに、興味を持ってしまった。


「お前、名はなんという?」


「あっ! いきなり押しかけておいて、自己紹介もせずにすみません。俺は──」


 そいつなりの自己主張をしようとしたのだろう。


 とんでもない量の魔力が溢れ出し、そいつの周りを囲んでいく。


 それが海流を起こし、神殿内部の様子が気になって見に来ていた人魚や小魚たちが全て、流されていった。




「俺は、ハルトといいます」


 人族の年齢で六歳くらいだろうか。


 ハルトと名乗ったその少年バケモノは、自分の魔力で作り出した海流で、人魚たちが楽しそうに流されていくのを笑顔で眺めていた。

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