第321話 それじゃ、帰ろうか
世界樹の意思が、俺の中に流れ込んでくる。
それに押し出されるように、俺の意思は身体の外に出た。
幽体離脱って、こんな感じなのかな?
自分の身体だったものの顔を、初めて確認できた。
そうか……サリオンって、元は邪神の呪いでできた身体に、世界樹の意思が入って生まれたのか。
俺の身体は、見覚えのある執事の姿形をしていたんだ。
ただ、入れ物に対して世界樹の意思が大きすぎるせいで、そこまで強くはなさそうだった。
とはいえ悪魔程度なら問題なく撃退できるくらいだし、シルフが目覚めればなんの問題もなくなる。
覇国を持ったダイロンもいるしな。
たぶん大丈夫。
俺の意思が、消え始めた。
意思が消えるってのは、俺が死ぬってこと。
でも今回の死は、怖くない。
世界樹がエルフを護ると約束してくれたし、俺はダイロンがアルヘイムを建国できるって知っている。
覇国はダイロンが何人かの勇者に貸し出しながら、彼の息子のサイロスがその管理を引き継ぎ、未来の俺に渡してくれるはずだ。
俺がやるべきことは、全部やった。
さて、帰ろう。
邪神を、殴らなくっちゃ。
──***──
輪廻転生の呪いが解けた。
ちゃんと六回、死ぬことができたんだ。
それはいい。
俺は邪神が仕掛けた輪廻転生の呪いを踏んでしまう直前、邪神に殴りかかろうとしていた。
その瞬間に戻ってきたんだ。
目の前に邪神がいたから──
「ぐふっ!!?」
つい邪神の顔面を、殴ってしまった。
「あっ」
違う。
今のはダメだ。なしで!
呪いの影響で一瞬だけ、俺の意思が飛んだんだ。
だから全然、力が入らなかった。
邪神は吹っ飛んで神殿の壁にめり込んでるけど、俺の怒りはこんなもんでおさまらない。
初回の転生も含めると俺は合計で七回、邪神に殺されている。
でも今の威力だと一回分にも満たないな。
「き、貴様……自分がなにをしたのか、わかっているのか? この俺に、神に手を出したのだ」
壁にめり込んでいた邪神の身体が消え、俺の前に現れた。
さすが神様。
やっぱりあの程度では、ダメージはほとんどないのか。
「貴様。生きて帰れると、思うなよ!!」
邪神が俺に、手を伸ばしてくる。
その手が触れる前に邪神から離れて、俺はティナたちのもとに戻った。
最近の俺は、疾風迅雷の魔衣を纏えば、最速の神獣であるシロと同じくらいの速度で動けるようになっていた。
シロどころか獣人王のレオより遅い邪神の攻撃なんて、俺に当たるわけがない。
「ハルト様、目的は果たせました。そ、その……逃げますか?」
俺が邪神を殴ったから、満足したと思ったんだろう。
ティナが話しかけてくる。
「ハル兄。逃げるなら、アイツが追いかけてこないように……ちょっとボコボコにしとかない?」
「アカリさんに賛成です。手足をもいで、動けないようにしておくべきです。愚かにも邪神は、旦那様に手を出そうとしました」
アカリとシトリーが、殺る気だった。
特にシトリーがヤバい。
彼女は生みの親である邪神のことを『邪神様』と呼んでいた。
そんな彼女が邪神を呼び捨てにし、神殿が揺れるほどの殺気を邪神に向けて放っていたんだ。
もちろん俺は、これで帰る気なんて全くない。
俺の復讐を、アカリやシトリーに譲る気もない。
「実は俺、邪神を殴る直前にアイツの呪いにかかったんだ」
「えっ!? だ、大丈夫なのですか?」
「うん。今はなんともないよ」
「呪いって……ハル兄は、ステータス固定だよね?」
「なんか、俺の意思だけ飛ばす呪いだったみたい。そこで俺は、六回死んだ」
六回全部ってわけじゃないけど、死ぬのはやっぱり怖かった。
「ろ、六回も!? ……旦那様。やはり邪神は、ここで消滅させましょう」
「シトリー、待って。それは俺がやるべきことだから」
邪神に飛びかかろうとしていたシトリーを止める。
俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、邪神を殴るのは俺の仕事だ。
魔力を最大量で放出しながら、邪神に向かって歩き出す。
輪廻転生の呪いで過去に飛ばされる前に邪神に近づいた時の、何百倍もの魔力を纏う。
「三人とも、ちょっとまってて。もう一回アイツを……殴ってくるから」
邪神はシトリーの殺気にあてられ、身動きが取れなくなっていた。
「なんだ、なんなのだお前らは!!?」
「自己紹介はしましたよね? でもまぁ俺は、あなたに会うのは感覚的に一か月ぶりなので、改めて自己紹介しておきましょう」
邪神が逃げないよう、高密度の魔力で転移を封じておく。
「俺はハルト。ハルト=エルノールです。西条遥人っていう名前の異世界人でしたが、邪神様に殺されてこの世界に転生してきたんです」
一歩ずつ、ゆっくりと邪神に近づいていく。
「あなたが仕掛けた輪廻転生の呪いにかかって六回死んだのを含めると、俺は七回もあなたに殺されたんです。だから──」
「ま、待て! なんだそれは!? なんで人族が、そんな魔力を纏えるんだ!?」
「全部、あなたの呪いのおかげです」
ステータス固定の呪いのことまで説明してやらなくても、別にいいよね?
「俺がこれだけの魔力を使いこなせるようになったのは、あなたのおかげです」
ステータス固定の呪いの効果で実質無限の魔力を持っている俺は、悪魔を一撃で消滅させられるだけの攻撃の手段を得た。
「く、来るな! こっちに来るんじゃない!!」
邪神が魔弾を飛ばしてくる。
それが俺に直撃するが──
「な、なんでだ? なんで俺の──神の攻撃が効かないのだ!?!?」
もちろん俺に、ダメージはない。
「俺がどんな攻撃を受けてもダメージを受けなくなったのは、あなたのおかげです」
海神の攻撃も、竜神や武神の攻撃も、俺には効かなかった。
同じ四大神の中では、海神の方が強いらしい。
その海神の攻撃を無効化できる俺に、邪神の通常攻撃が効くわけがない。
「く、くそっ! どうなってる!? なぜ俺が仕掛けた呪いが、ひとつも発動しないのだ!?」
一回目に踏み損ねた呪いを、俺はつぶしながら歩いている。
もちろん、同じミスは繰り返さない。
仕掛けられた呪いの中には、俺の周囲の空間ごとどこかに転移させる呪いもあったので、そういうのは神字で邪神の呪いに干渉して、呪いそのものを消していった。
「俺が毒や麻痺、呪いなどに耐性を持てたのは、あなたのおかげです」
転移系の呪い以外は俺に効果がないってわかったので、わざと踏んで全部解除してやった。
「俺がたくさんの仲間を得られたのは、あなたのおかげです」
ルーク、ルナ、リファ、ヨウコ、マイ、メイ、メルディ、リューシン、リュカ。
みんなに出会えたのは、俺が賢者だったから。
レベル1で固定だから最下級魔法だけだったけど、賢者の特性で多種の魔法が使えて、しかもその魔法を組み合わせることができたから、俺はイフルス魔法学園に入る資格を得ることができた。
「俺に優しい両親と、頼りになる兄たち。かわいい姉がいる家族をくれたのは、あなたです」
父、母、カイン、レオン、シャルル。
俺は家族のみんなが大好きだ。
邪神が、シルバレイっていう貴族の家に俺を転生させてくれたおかげ。
「俺がエルノールという家庭を持てたのも、あなたのおかげ──ではないですね。すみません」
うん。それは違うな。
主に俺の父が、魔法学園に屋敷を用意してくれたからだ。
ティナが生活費を稼いでくれたってのも、大きな要因だな。
父とティナ、それから部外者を学園に招き入れることを許可してくれた学園長、ルアーノのおかげで俺は、セイラやエルミア、白亜、キキョウ、シトリー、アカリといった妻たちをエルノール家に迎えることができた。
「俺の親友や義弟にも、家族ができました」
ルークにはリエル、リューシンにはヒナタという嫁ができた。
「俺が神獣と仲良くなれたのは……運、ですかね?」
シロがエルノール家に住み着いたのは、たまたま俺の実家のそばにシロが寝ていて、たまたま俺がそれを起こしてしまい、たまたまティナの得意料理のカレーがシロの大好物だったからだ。
「冒険者ギルドにも登録してみました。なかなかランクは上がらないんですけど、冒険者としての活動も結構楽しいです」
俺たちは今、Dランク冒険者だ。
Cランクになれば、クランを作ることができる。
そうしたらサリーやリリアも呼んで、クランとしての活動を開始しよう。
クラン対抗戦に出るのも、ひとつの楽しみだ。
「各国の貴族や王族にも、懇意にしていただいています。俺がオーナーになっちゃった国なんてのもあるんですよ?」
グレンデール王はたまに、カインを連れてティナの料理を食べにくる。
シルフが俺の家族になってからは、サリオンを連れたエルフ王がいろんな相談事を持ち込んでくるようになった。
俺がオーナーになっているベスティエには、獣人王のレオから獣王兵の訓練を頼まれることが多く、二週間に一度くらい遊びに行く。
「こうして神界に来られるようになったのも、あなたのおかげです」
無限の魔力があるから、俺は神字を使ってここまで来られたんだ。
「ちなみに、あなたを拘束しているそれも──」
「んっ!? んー! んああっ!!」
邪神の四肢と口を、光り輝く文字でできた紐が拘束していた。
俺が神属性魔法で作り出した紐だ。
ちょっと俺の話に付き合ってもらいたくて、拘束させてもらった。
「んんんっ!」
邪神にめっちゃ睨まれる。
あと少しで終わるから、もーちょいおとなしくしててください。
「邪神様。俺はあなたに感謝してるんです」
「む? むあ! むあえお!」
「みんなに出会えたし、この世界で無双することができた。なにより──」
後ろを振り返る。
そこには、こちらを心配そうに見ているティナがいた。
「あなたのおかげで俺は、ティナに再び会うことができました」
守護の勇者としてこの世界に来た時、俺が好きになった女の子。
その子は百年もの間、ずっと俺を待っていてくれた。
約束通り、俺を見つけてくれたんだ。
ティナはすごく綺麗になっていた。
それに彼女は、俺がこの世界に戻ってきた時に不自由なく暮らせるよう、いろいろ頑張ってくれたんだ。
すごく嬉しかった。
そんな風に俺のことを一途に想ってくれるティナのもとに、邪神様が俺を送り届けてくれた。
心から感謝している。
だから──
「ほんとは殺された回数分殴りたいですけど、あなたには少なからず感謝しているので、一発だけにしておきますね」
邪神はすでに神属性魔法で拘束しているので、転移で逃げられる心配はない。
俺は転移妨害のために邪神の神殿を覆っていた魔力を、全て右手に集めた。
身体の方は魔衣を纏っているし、その魔衣には神界に来る前にルナにかけてもらった補助魔法の効果が残っている。
だからここに来てから放出した魔力は全て、右手の魔衣の強化に使った。
ちなみに聖属性とかにしちゃうと、もしかしたら邪神を消滅させちゃうかもしれないので無属性魔法にしておく。
高密度に圧縮されすぎた魔力が、空間を揺るがした。
「むぐっ!? むがが、むが! むがぁぁ!!」
それを見た邪神の顔に、恐怖の色が広がる。
ごめん。怖がらせるつもりはないんだ。
俺としては、一発殴れればそれでいいんだから。
さっと、終わらせてあげる。
「邪神様。本当に──」
この一撃に、俺のすべてをのせる。
死への恐怖や恨み。
そして邪神への──多大な感謝を。
「ありがとうございましたぁぁぁああ!!!」
全力の拳を、邪神の腹に叩き込んだ。
邪神の身体が、神属性魔法で作った紐の拘束をあっさり破って、吹っ飛んでいった。
神殿の壁も突き破り、はるか彼方へ──
さすが神様だな。
あの威力で殴って、形を留めたまんま吹き飛んでいくんだから。
たぶん、消滅とかはしてないだろう。
だいぶ恐怖を植え付けたはずだから、仕返しもないはず。
念のため、邪神が人間界に現れたら俺がすぐにその場所に召喚される魔法陣を、殴った時に貼り付けておいた。
まぁ、来るなら来れば? ──って感じ。
邪神を吹っ飛ばしたけど、慢心はしない。
悪役がパワーアップして帰ってくるとか、お約束だもんね。
だから俺は今後も、自分や家族、仲間の力を鍛え続けるだろう。
でもとりあえずは──
「あー。すっきりした!」
すがすがしい。
俺は、やり切ったんだ。
「ハルト様。やりましたね」
「あぁ。ここに来るまで、結構かかった。だけどティナ……俺は、やり遂げたよ」
「はい。私はしっかり、見ていました」
「私も見てたよ! ハル兄、かっこよかった!!」
「旦那様、私もです。邪神が吹っ飛んでいく姿は、実に爽快でした」
「そうですね。待機のみなさんにも、邪神の最後をお伝えしなくては」
「ハル兄は神様を倒しちゃったけど……神様には、ならないよね?」
「ならないよ」
神様って、そうやってなるもんじゃないだろ?
「なら安心だね! これからもずっと、ハル兄と一緒にいられるんだね!」
そう言いながら、アカリが抱き着いてきた。
「あっ、アカリさんズルいです!」
「だ、旦那様。私も!!」
ティナとシトリーも、俺に抱き着いてきた。
終わったんだと、改めて実感する。
やらなきゃいけないことは、やり切った。
でも俺は、この世界でまだまだやりたいことがいっぱいある。
ここまでは、俺が邪神に復讐するまでの物語だった。
これからは、俺がこの異世界での生活を楽しむ物語がはじまるんだ!
「それじゃ、帰ろうか」
俺はティナたちをつれて、俺たちの帰りを待つ家族のもとへと転移した。
レベル1の最強賢者 ─完─
──────────────────
【あとがき】
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
これにて完結です。
本作品は一二三書房 ブレイブ文庫より書籍化しています。
1~7巻が発売中です!
書籍の方にはオリジナルのストーリーを追加したりしていますし、イラストレーターの水季様に描いて頂いたイラストも素晴らしいものとなっております。
全国の書店やAmazonなどで購入出来ますので、何卒よろしくお願い致します。
それから下にある☆を押してレビューしていただけますと幸いです。
感想などもお待ちしております!
それではまた、別作品でお会いしましょう!!
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