第320話 世界樹と強き者

 

「な、なんだったんだ。アレは……」


「どうやら悪魔が、世界樹のフリをしていたようですね」


 シルフが生まれ変わる時期を狙って、悪魔が世界樹の意思に乗り移ったのだろう。


 ただ悪魔と言えど、創世記から世界に根を張っていた世界樹を簡単に乗っ取れるわけではない。


 だから世界樹の周りにを作り、大地を侵食することで世界樹の力を弱めていたんだと思う。


 俺が森を焼いたことで世界樹の力が戻り、世界樹が自ら悪魔を追い出したんだ。



「いや、それも驚いたが……それより、あの炎だ! あの森を、一瞬で焼き尽くした炎はなんなんだ!? そ、それに、ヒトではありえんほどの膨大な魔力を持っていたり、オリハルコンの塊を斬ったり──エルノール、お前は本当にエルフなのか?」


「まぁまぁ。その辺は、ちょっとした秘密があるのです。コレあげますから説明は、なしでお願いしますよ」


 そう言って俺は、ダイロンに複数の世界樹の実を強引に持たせた。


 俺が世界樹の実を採りに来たってのは嘘だ。

 実なんてはじめから必要としていない。

 だから全部ダイロンにあげるんだ。


 たぶんこれでサイロスは救われるだろう。


 悪魔も無事に消滅させることができた。


 森からも邪神の気配がしていてなんとなくイライラしていたから、全部燃やせてスッキリした。


 ちなみにダイロンは世界樹の実を手に持った状態で固まっていた。


 まぁ、普通は千年に一個しか入手できないはずの世界樹の実がおよそ十個も手に入ったんだ。無理もないか。


 俺は世界樹に近寄る。


「実をくれて、ありがとな」


⦅え、えぇ……。どういたしまして⦆


 さっきまでの悪魔の世界樹とは違い、優しい声が応えてくれた。


 その声を俺はどこかで聞いたことのあるような気がする。


 あと何故か、俺に怯えているようだった。


「脅して悪かった。本気で燃やすつもりなんてなかったんだ。許してくれ」


⦅わたしは、あなたが本気で燃やそうとしてるように感じました⦆


「俺が燃やそうとしてたのは、あの悪魔だよ」


⦅あなたも悪魔ではないのですか? わたしには悪魔同士が、仲間割れしていたようにしか見えなかったのですけど……⦆


「え!? ち、ちがうよ!」


 あっ、もしかして俺の身体が邪神の呪いで作られたやつだからかな?


 なんとなく自分自身も邪神のオーラを纏ってる気がしていたんだ。


 そうなると世界樹が言ってることもそんなに間違ってないってことになるな。



⦅まぁ、あなたが違うと言い張るなら、わたしはどうしようもありませんね。あの炎を扱えるあなたの前では、わたしはただの巨大な薪でしかありませんから⦆


 さすがにそれはないだろ。


 俺に話しかけてくれる巨木は世界とともに生きてきた世界樹なんだ。


 邪に侵食された森がなくなって悪魔も消えたんだから、世界樹も自衛手段があるんじゃないかな?


 でもとりあえず確認してみるか。


「自分の身を護る手段ってないの?」


⦅あるにはあるのですが……。それはまだ幼く、定期的に生まれ変わりをしなければ成長できない精霊なのです⦆


 たぶんそれはシルフのことだ。

 彼女は精霊王としてはまだ若い。


 シルフは世界樹の化身って言われてるけど、実は世界樹の子どもみたいな存在なのだろう。


 彼女が俺の屋敷に入り浸ったことで、世界樹の一部が枯れたことがある。


 それってシルフが長期間戻ってこなかったせいで、寂しくなった世界樹がから起きたことなんだ。



 んー。


 またシルフが寝てる時に世界樹が悪魔に乗っ取られる可能性があるのは困るな。


 ここで俺は、あるひとつの案を思いついた。


「俺の身体を使わない?」


⦅……はい?⦆


「世界樹の意思が、俺の身体を使って自衛すればいいんだよ。この身体は悪魔が欲しがるくらい強いから、たぶん役に立つよ」


 この世界では『肉体』と『魂』と『意思』がそろってはじめて、そこにヒトが存在できる。


 邪神の呪いで作られたこの身体から俺の意思が消えると、恐らく残された肉体も魂も消滅してしまうんだ。


 でも俺の意思の代わりに世界樹の意思が肉体に入れば、この身体は再利用が可能だ。


 俺にはコレ、要らないしな。

 どうせなら有効活用してほしい。


⦅い、いいのですか?⦆

「うん!」


「お、おい! エルノール、お前は正気なのか!? 世界樹に身体を与えるということは、お前が死ぬということなんだぞ!?」


 ダイロンが世界樹の実を地面に投げ出し、俺に掴みかかってきた。


「もちろん、わかってますよ」


 俺は死にたいんです。

 最後の一回なんですから。


 これでようやく、みんなのところに帰れる。



「お、お前は俺に仕えると約束してくれたではないか! 勝手に死ぬなど、俺は許さんからな!!」


 あぁ……。

 そう言えばそうだったな。


「ねぇ、世界樹。俺の身体に入ったら、ダイロンに仕えてくれない?」


「──なっ!?」


「それから、エルフ族が世界樹の世話をするからさ。エルフを護ってあげて。その代わり世界樹は、俺の身体が護るから」


⦅……いいでしょう。あなたの身体を頂く代償として、わたしはエルフ族を未来永劫護ると誓います⦆


「あと、ヴィムリス病ってのが流行ってるみたいなんだけど──」


⦅それもなんとかします。全てのエルフがわたしの実を食べればその病気にも耐性がつくでしょう。エルフ族を護るという、あなたとの約束の範囲内ですから⦆


「そっか、ありがと」


「エルノール、お前……」


「ダイロン。少しの間だったけど、一緒に戦えて良かった」


 覇国を地面から抜いてダイロンに渡す。

 彼はそれを簡単に持つことができた。


 ダイロンも覇国に認められた──ということだろう。


「こ、これは」


「それ、すっごい剣なんだ。魔人や悪魔と戦う時に使って。それから魔王を倒しに行く勇者がダイロンを訪ねてきたら、貸してあげて」


「……わかった。俺が作る国の宝として大切にしよう。勇者がきたら貸すことを検討するが、俺が認めた者にしか渡さぬぞ?」


「うん。それでいい」


 それから俺には、もうひとつやらなきゃいけないことがある。


「コレを世界樹の中で大切に保管して。いつか必ず、俺が取りに来るから」


 世界樹に赤く輝く宝石──竜王の瞳を見せながらお願いしてみた。


 竜王の瞳は本来、二個でセットらしい。ひとつを祖龍様が、もうひとつを記憶の女神様が持っていたみたいだ。


 俺は世界樹内部のダンジョンをクラスのみんなと攻略した時、この竜王の瞳を入手している。


 何千年か後の俺が手に入れてティナにプレゼントするため、コレは世界樹に預けておこう。


⦅いいでしょう。あなたが来るその時まで、このアイテムはわたしが守ります⦆


「うん。よろしく」


 よし。

 これで全部上手くいったな。


 邪神の呪いでこうして過去に来られたのは、意外と良かったのかもしれない。


 まぁ、それでも殴るけどな。



⦅それでは、あなたの身体をもらいますね⦆


「……うん」


 世界樹がら光の触手が伸びてきて、俺の身体を包み込みはじめた。



⦅最後に──⦆


「なに?」


⦅エルノール。あなたの名前を、私が頂いていいでしょうか?⦆


「それはなしで!」


 なんか違う気がした。


 エルノールじゃなくて、俺の身体にはもっといい名前があると思ったんだ。


⦅そ、そうですか……。では、とても強い身体と心を持ったあなたに倣い、私は──⦆




サリオン強き者と、名乗りましょう⦆

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