第319話 世界樹の正体

 

「ど、どういうことだ……」


⦅あ? 聞こえなかった? 最後の試練は、お前がそこの大剣を持ったエルフを殺すことだって言ったんだよ⦆


 ほほう。

 そうきたか。


⦅まぁ、そっちのオッサンも強そうだからな。大剣のお前が、オッサンを殺してもいいぜ?⦆


「なっ!?」


 ダイロンが、慌てて俺から距離をとった。


 俺が直前にオリハルコンの塊をバラバラにしてるから、そんな奴に命を狙われるかもって思ったらそういう反応になるのもわかる。



「お前は、エルフの身体が欲しいのか?」


⦅別にエルフじゃなくったって構わない。強ければな。わたしは、自由に動き回れる身体が欲しい。そのためには、わたしの意識を移すのに耐えられる強い肉体が必要なんだ⦆


「……そうか」


「エルノール。お、お前、まさか──」


 俺が覇国を構えると、ダイロンも腰の剣に手をかけた。


 彼には、守らなきゃいけないものがあるからな。


 でも今の俺に、守るべきものはない。

 死んでいいんだ。

 むしろ、死にたい。



 だから俺は、覇国を地面に突き刺した。


「ダイロン、俺を殺してください」


 両手を広げ、攻撃を受ける意志を示す。


「なっ、なにを言ってるんだ!?」


⦅お前が死ぬのか? ……まぁ、としては、その方がありがたいが⦆


 おいおい、一人称が『わたし』から『俺』に変わってるぞ?


 もう世界樹を演じる気がないのか?


 でも、もう少しだけ付き合ってもらおう。



「ダイロン。あなたはエルフをまとめて、王となる御方だ。エルフの未来のため、俺はここで死にますよ」


「…………」


 ダイロンが無言で剣を抜いた。


「エルノール、すまない。俺は……」


 剣を振り上げ、それを──



 世界樹に向かって振り抜いた。


「俺はお前を、殺せない!」


⦅──は!?⦆


 世界樹から驚きの声が上がる。


 ダイロンの剣から斬撃が飛び、巨大な世界樹の幹に、小さく傷をつけたのだ。



「俺はダイロン=アルヘイム。エルフ族の王となる者だ! 木にそそのかされた程度で、同族を傷つけるようなクソではない!!」


 あぁ、良かった……。


⦅……へぇ、そうなんだ。世界樹の実は、要らないんだね⦆


「実はお前から、自力で奪い取ってやる」


 ダイロンがいい奴で、良かった。


「エルノール、巻き込んですまん! できればこの場から、今すぐ逃げてくれ!!」


⦅俺が逃がすと思うのか? この枝の下は全て、俺の支配領域だ。自称エルフ王のお前は、記憶を奪って世界樹の養分にしてやるよ。大剣のお前は、俺の身体になってもらう⦆


 あぁ……。


 世界樹をが、クソで良かった。


 おかけで──




 世界樹を



 俺の足元からは、まだ祖龍様の魔力が流れ込んできていた。


 その魔力を、じゃんじゃん空間に放出する。


 今の俺の身体はステータス固定じゃないので、一度に放出できる魔力も多い。


 数秒で、世界樹の森全域をカバーする範囲に、魔力を行き渡らせることができた。



 その膨大な魔力を、



⦅──っ!?!?!?⦆


「こ、これは……」


 世界樹は声を失い、ダイロンは目の前の光景にただただ唖然としていた。


 世界樹を囲う森が、激しく燃え始めたのだ。


 俺が火をつけた。

 この森は、本来の世界樹には不要なものだから。



「なぁ、世界樹」


 自分の身体にも、豪炎を纏わせながら世界樹に歩み寄る。


⦅な、な、なんだお前は!? おお、お、お前がコレをやったのか! お、俺の森を!!⦆


「そうだ。お前が大人しく実を渡さないから……お前が悪いんだ」


 俺の炎は、数十秒で邪魔な森を焦土に変えた。


 燃やすモノがなくなった炎が、俺に集まってくる。


⦅ど、どうなってる……なんでエルフが、炎を扱えるんだ!?⦆


 もともとエルフ族は、風と水のマナに愛される一方で、火属性魔法の適性が出にくい種族だ。


 だから本来は、こんな規模の炎を扱えるエルフは存在しない。


 このエルフの中身がハルトだって言うのと、祖龍様が魔力の性質変化をしやすいように調整してくれたおかげだ。



「俺はエルノール。炎のエルフだ」


 全ての炎を、右手に集める。


 豪炎を超圧縮した、ヒヒイロカネですら溶解できる超高温の炎の右腕。


「今からで、お前を殴る」


⦅!!!!⦆


 世界樹が、激しく動揺していた。


 もう一押しかな?



「実を渡せ」


⦅まっ、待て! 待ってくれ!! は、千年にひとつしかつけられないんだ⦆


「そのひとつがあるだろ? 今年は、前回お前が実をつけてから千年経っている。だから俺は、実を取りにきた」


⦅そ、それは──⦆


「どうした? もしかして、ないのか?」


 さて、コイツはどうするかな?


⦅……あ、悪魔だ⦆


「あ"ぁ? 悪魔だと?」


⦅そ、そうだ、悪魔だ。悪魔が来て、俺の実を取っていってしまった。だからもう、実がないんだ⦆


 ふーん。

 そうなんだ。


「……そうか」


⦅わ、わかってくれたか! 全部、悪魔のせいなんだ!!⦆


「あぁ、わかった。実がないなら──」


 俺は右手の火力を上げつつ、世界樹に向かって歩き出した。



「お前を、燃やしてもいいってことがな」


⦅──っ!? ま、待て! 待てまてまて!! やめろ、来るな! 来るんじゃない!!⦆


「でも、実がないお前なんて、価値ないだろ?」


⦅は、葉を、葉を好きなだけやる! 枝も持っていっていい!! だから俺に、近づくなぁぁぁぁぁあ!!⦆


 地面から木の根が俺に襲いかかってきたが、俺はそれを右手の炎で振り払いながら、歩き続けた。


⦅やめろ、止まれ止まれとまれぇぇぇ!⦆


「お前の葉も、枝も、根も要らないんだ。実を寄越せ。お前の……価値を示せ。さもなくば──」


 世界樹の幹に、手の届く場所まで辿り着いた。




「燃やすぞ」



 この一言が効いたらしい。


 世界樹の中から、が飛びだしてきた。


 飛びだした──というより、世界樹から外に放り出された感じだろうか。


 それと同時に、俺の足元に無数の赤い実が落ちてきた。


 よし!

 世界樹の実、ゲットだぜ!



 ちなみに、世界樹から放り出されたは、ヒトの形をしていた。


「ぐっ、ぎ、ぎざまら、許さん──」


 そいつが俺とダイロンに、明らかな殺気を飛ばしてきたので、右手で触っておく。


 右手の炎──俺が指定したものだけを、焼き尽くすまで消えることのない炎が、人型のなにかに燃え移った。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 敵なんだけど、再生能力があるってのは、少し可哀想だなって思ってしまう。


 簡単には死ねないのだ。


 でも申し訳ないけど今の俺には、を楽に消滅させてやるだけの力がない。



 俺は炎が、そのを焼き尽くすまで眺めていた。



「ふう。終わりましたよ。ダイロン──あっ」


 ダイロンの方を見たら彼のそばに、悪魔や魔族に対して絶大な効果を誇る破魔の剣──覇国が地面に突き刺さっているのが目に入った。


「…………」


 とりあえず俺はそれを、見なかったことにしておこうと思った。

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