第317話 エルフと世界樹

 

「世界樹の森……?」


 世界樹があるということは、ここはアルヘイムなんだろう。しかし俺は、こんな森を知らない。


 アルヘイムの周りには、心地よい風が通り抜ける草原が広がっていたはずだ。


 こんな不気味な森、俺の記憶にはない。

 世界樹自体も、なんだか邪悪な感じがする。



「なんだ、この森のことまで記憶を奪われているのか」


「記憶を……あの、俺はいったい、なにに記憶を奪われたんでしょう?」


「世界樹だ。記憶を失いながらも生き残れたのは、奇跡だと思え」


 世界樹が、エルフの記憶を奪う?

 そんなことあるのか?


「ダイロン、さん」


「ダイロンでいい。なんだ?」


「わ、わかった。それじゃ、ダイロン。あなたは、なぜここに?」


「たぶん、お前と同じだと思う。世界樹の実を取りに来た」


「世界樹の実?」


「俺は息子のサイロスが、『ヴィムリス病』になっちまってな。その治療のために、部下を率いてここまでやってきたわけだ」


 ヴィムリス病はエルフ族だけに発生する病気で、かかった者は数ヶ月で死に至る。


 数千年の時を生き、病気や呪いへの高い耐性を持つエルフを唯一、死に追いやる病だ。


 しかし、ヴィムリス病は俺のいた時代には既になくなっていた。全てのエルフが、その病気の抗体を持つようになったからだ。


「お前たちクーリンディアは、族長がヴィムリス病にかかったそうだな。たぶんお前は、その治療のために世界樹の実を取りに来たのだろう」


 なるほど……。


 俺の設定は、そーゆーことにしておこう。


 話を聞けば、ダイロンは仲間とここまで来たが、彼の仲間たちは世界樹の森の魔物に襲われてダイロン以外は全滅してしまったらしい。


 よく見るとダイロンも、身体のあちこちに傷があった。


「ダイロン。貴方は仲間を失っても、まだ世界樹の実を諦めないのですか?」


「当然だ! 我が息子は、エルフ族の灯火となる存在。なんとしても、俺が助ける!! それに……俺についてきてくれた部下の命を、無駄にすることはできんのだ」


 彼は、決意の篭った目をしていた。

 ひとりになっても、逃げる気はないようだ。


「……わかりました。俺も記憶がないままですが、世界樹の実を手に入れるのを手伝います」


 俺はこの森の魔物に殺されれば元の世界に戻れるのだが、リファの父親──つまり俺の義父が死にそうになっていると言うので、ダイロンの手伝いをすることを決めた。


「そうか……では、記憶を失いつつもここまで生き延びたその力と幸運、頼りにさせてもらうぞ。エルノール」


「はい」



 それから俺はダイロンと世界樹に向かいながら、記憶喪失を言い訳にして、世界樹やエルフのことをいろいろ聞いた。


 この時代の世界樹は、ヒトを近づけない存在だったらしい。しかし、世界樹の化身であるシルフは、ヒトとの交友を是とする精霊王だ。


 シルフがいれば、彼女との交渉で世界樹の実を手に入れることも可能だというが、彼女は今、の最中だった。


 シルフが生まれ変わるおよそ百年間は、エルフを初め、どんな種族でも世界樹に近づくことはできなくなる。


 しかしそんな時期に限って、エルフ族を殺すヴィムリス病が発生するという。


 また、この時代のエルフ族は定住の地を持たず、人族に迫害されながら世界各地を放浪する種族だった。



「世界樹に近づけば、記憶を奪われるんですよね?」


「そうだ。自分がなにをしていたのか、ここがどこなのかさえもわからなくなり、気付けば森の魔物に襲われる。酷い者は戦闘の知識さえ消えるため、魔物に一切抵抗できずに殺される」


 せ、世界樹マジやべぇ!

 そんな危ない木だったの!?

 ウチの庭に、普通に生えてるんですけど……。


 そういえば、ミウにもあげちゃった。

 回収しといた方がいいのかな?



「記憶が消されるなら、どうやって実を採るんですか?」


「世界樹の実を求める者には、樹がなんらかの試練を出す。それをクリアできれば、実を得られるが──」


「失敗したら、記憶を失う……と?」


「そういうことだ。おそらくお前も、一度失敗したのだろう」


 そ、そうなんだ……。

 世界樹って、スフィンクスみたいなことするんだな。


「しかしお前はまだ良い。記憶を失っているということは、少なくとも世界樹までは辿り着けたのだからな」


 あぁ、そうか。

 ダイロンは仲間を、この森で失っている。


 この時代のエルフにとっては、世界樹に辿り着くことも困難なことなんだ。


 俺、世界樹まで行ったことになってるんだよな。


 まぁ、記憶喪失で、出された試練も覚えてないってことにしとけばいいか。


 ダイロンについていくことに関しては、あんまり問題なさそうだ。


「わかりました。世界樹の試練に関しては覚えてないですが、戦力にはなれると思います」


 邪神の呪いで転生しても、俺は守護の勇者の時に身につけた剣技を覚えていた。


 ティナに指導された技も、全て覚えている。


 しかもこのエルフの身体は、なかなか鍛えられていたし、俺の腰にはエルフが好んで使うミスリルの剣があった。


 だから俺は、戦える。



 問題なのは、世界樹が出してくるっていう試練の方だな。


 ダイロンの記憶を失わせるわけにはいかない。

 リファの、おじいちゃんなんだから。


 サイロス義父を助けるためにも、絶対に試練はクリアしなくちゃいけない。


 その他にも、俺がダイロンを守らなきゃいけない理由がある。


 彼はエルフ族にとって、必要な人だから。



 世界樹の試練、どんなものなんだろう?


 そんなことを考えながら、俺はダイロンと世界樹の森を進んでいった。



 ──***──


「エルノール。お前、本当に強いな」


 世界樹に近づくにつれ、俺たちを襲ってくる魔物が強く、そしてその数も多くなっていったが、俺とダイロンのふたりなら問題にならなかった。


「ダイロンも。俺の知ってるエルフの中では、貴方が一番強い」


 サリオンより強いんじゃないだろうか。

 てことは、たぶん──



「ダイロンは仲間が全滅したと言っていましたが、そもそも仲間なんて連れてきてないですよね?」


 ここまで強い彼が、仲間をひとりも助けられず全滅させるはずがない。


「ん? あぁ、そうか。わかってしまうか……そうだ。俺は、ひとりでここまで来た」


 ……やっぱり。


「すまん。仲間が死んだから引き下がれないと言えば、お前が手伝ってくれる気がしてな。嘘をついたことは、謝ろう」


「いいですよ。俺も貴方に、言えないことがありますから」


「そうか……それはエルノール、お前の強さに関係することか?」


「まぁ、そんなとこです」


 記憶喪失の件は、疑ってないみたい。


「世界樹の実の入手は、このまま手伝ってくれるという認識で良いかな?」


「問題ありません」


「ありがとう。話は変わるが、無事に世界樹の実を手に入れられたら俺に仕えないか? これでも一族をまとめる長だ。もちろんクーリンディアにも、十分な補償を与えるし、そもそも──」


「全てのエルフ族を、貴方がひとつにまとめるつもりですか?」


「な、なぜそれを!?」


 サイロスは、各地に散らばっていたエルフ族をひとつにまとめあげ、世界樹の下にアルヘイムという王国を築いた初代エルフ王だ。


 エルフの歴史書に載ってるから、アルヘイムでは子どもでも知っている。


 俺もアルヘイムの王女を娶ったのだから、国の歴史くらいは勉強した。


「なぜでしょう? でも俺は、ダイロンならができると思います」


 できるというか、やり遂げると知っているのだから当然だ。



「もし世界樹の実を手に入れて、俺が生きていられたら、貴方のお手伝いをします」


 俺は死んで呪いを解き、元の時代に戻らなきゃいけない。


 そして今の俺には、直感なんてない。


 それなのに俺は、なんとなくそうなる気がして、ダイロンの手助けをすると約束してしまった。

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