第311話 お久しぶりです!

 

「ん? なんだこれ?」


 邪神の神殿に転移したら、なにかが俺の身体に当たってパチパチと弾けていた。


 特に痛いとか、そーゆーことはない。


 これは……アレかな。

 炭酸泉に入ってるような感覚だ。


 五秒ほどで、そのパチパチは消えてしまった。



「……なんだったんだ?」


 残念。

 ちょっと、気持ちよかったのに。


「だ、誰だ!?」

「えっ──あっ!」


 声がした方を見ると、邪神がいた。

 昔会った時と変わらぬ姿で、椅子に座っている。


 良かった。

 ちゃんと邪神の神殿に、転移できたみたい。



 邪神は目を見開き、驚愕の表情で俺を見ていた。


 かつて俺を転生させた時、邪神は終始余裕のある笑みを浮かべていて、今思い出しても少し腹が立つ。


 でも、今日の邪神は──



 なかなか、良い表情をしている。


 突然の来訪に驚いてくれてるみたいで、いきなり押しかけたかいがある。



「お久しぶりです!」


 俺は邪神に会ったら、まずこれを言うと決めていた。


「久しぶり……久しぶりだと? 俺は、貴様なぞ知らぬ!」


 えぇー。そうなの?

 俺を殺して、この世界に転生させておいて?


 ……まぁ、神様だもんな。


 ひとりの人間なんて、興味がなければ覚えてるわけないか。


「き、貴様はいったい何者だ!? そしてなぜ、どうして俺の呪いを受けて、平然としていられるのだ!?」


 ん? 呪い?

 呪いって、なんだ?


「ステータスオープン」


 とりあえずステータスを確認してみる。


 状態:呪い(ステータス固定)〘固定〙



 ──うん。

 なんにも変わってないな。


「俺はちゃんと、?」


「えっ?」

「え?」



 よくわかんないけど……まぁ、いいや。


 とりあえずなにもないのが確認できたから、ティナたちを呼び寄せよう。


「おいで。ティナ、シトリー、アカリ」


 俺が転移の魔法陣を展開すると、それを通って三人がこちらにやってきた。


「みんな、お待たせ」


「ハルト様、ご無事でなによりです」

「さすが、ハルにぃだね!」


「な、なんだ、どうなってる!? なぜ人族が──」


 『神界への転移が使えるのだ!?』


 たぶん、そう言おうとしたんだろう。


 でも邪神は、俺が展開した魔法陣から現れた三人目の女性を見て、言葉を失った。


「旦那様。無事に来られましたね」

「うん。罠とかも警戒して俺だけ先に来たのに、なにもなかったよ」


「シ、シトリー? お、お前は……魔王シトリーではないか?」


 邪神が、シトリーに気付いた。


「お久しぶりです、邪神様」


 言葉は丁寧だが、彼女は邪神に対して頭を下げたりはしなかった。


「な、なぜ魔王のお前が、人族と一緒に? い、いや。それよりお前、今までどこにいた!?」


「邪神様。私は今、魔王ではございません」


「……は?」


「それから、どこにいたのかという質問の答えですが──」


 いきなりシトリーが、俺の腕に抱きつく。


「私はハルト様の妻になって、人間界で暮らしておりました!」



「……………………ぇ?」


 長い沈黙の後、邪神は消えそうな声をなんとか絞り出した。


 うん。まぁ、気持ちはわからんでもない。


 自身の最高戦力が、いつの間にか人族の嫁になってたんだから。


 そろそろ自己紹介、しようかな。


「お久しぶりです、邪神様。俺は、西条 遥人です」


 もとの世界の名前を、名乗ってみた。


「サイ、ジョウ……?」


 んー、わかんないか。

 名前とか知らずに、転生させたんだろうな。


 なら、これならどうだろう。


「邪神様に『ステータス固定の呪い』を、この世界に者です!」


「ステータス、固定……………はっ!! ま、まさか!?」


 おっ!

 気付いてくれた!?


「はい、俺です! ステータス固定の呪いをかけていただいたおかけで、俺は強くなれました。それに貴族の家に転生できたので、とても楽しく過ごせています!!」


「強くなった? それに、貴族……だと?」


「どのくらい強くなったかは、こちらをご覧ください!」


 予め放出しておいた魔力を炎に変え、槍の形状にする。



「ファイアランス!」


「──っ!?!?!?」


 百万の魔力を込めた巨大なファイアランスで、神殿の一部を消滅させた。



 本当に力を見せつけたかったわけじゃない。


 式神から聞いて、俺は


 邪神が創造神様の邪魔をしたいがためだけに、俺を殺して無理やり転生させたという事実を。


 俺は邪神が、チート能力としてステータス固定の呪いをくれたのだと、思っていた時期がある。その頃の俺は、少なからず邪神に感謝していた。


 ティナに再会できたので、今でも多少は感謝してるけど。


 でも殺されたのは、やはり許せない。

 死ぬのは、すごく怖かった。


 しかもコイツは、殺した相手の名前すら覚えていなかった。


 だから力を見せると称して、神殿をちょっと破壊させてもらった。


 俺なりの嫌がらせだ。


 神殿の修復は式神が邪神から力を受け取ってやっていたらしいが、彼女は今、俺の屋敷にいる。


 だからこの壊れた神殿は、邪神が自分で直すしかない。


 邪神が自分で神殿を修復している姿を妄想して、ちょっと気が晴れた。


 でもこれは、俺の名前を覚えていなかった分。



 これから、殺された分の仕返しをしよう。


 転移してきた魔法陣の外に出る。


「俺は、あなたに殺されました」


 何歩か歩くと、その度に身体にパチパチとした感触がある。


 もちろん、なんの問題もない。


「その仕返しを──」


 なんとなく、これ以上進まない方が良い気がした。


 でも俺は、邪神に向かって歩を進める。


 恐怖に顔を引き攣らせた邪神が、すぐそこにいたからだ。


 もう一歩踏み出せば、手が届く。


 ついに俺は、この世界での最終目標を達成できるんだ!!





 目の前に怯えてる邪神がいて、俺は油断してたのかな?


 勝ったと思っちゃった。


 ──これが、良くなかった。



 あぁ……やっちまった。


 俺の身体に当たってたあのパチパチの正体って、邪神が仕掛けた呪いが、ステータス固定の呪いにあたって、破壊される感覚だったんだ。


 俺はステータスが〘固定〙だから、邪神が仕掛けた呪いでも、効かなかった。



 俺に魔法攻撃は効かない。

 ステータス〘固定〙だから。


 俺に物理攻撃は効かない。

 ステータス〘固定〙だから。


 俺に毒や麻痺は効かない。

 ステータス〘固定〙だから。



 でも俺には、があった。


 祖龍が俺を転移させたように、俺は別の場所に転移させられてしまうことがあるんだ。


 俺が踏んだ邪神の呪いの中に、そういう呪いがあったみたい。



 俺はティナたちを邪神の神殿に残したまま、どこかに転移させられてしまった。

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