第309話 式神の失敗
「邪神様、お呼びでしょうか?」
「あぁ。呪いの書棚から、いくつか呪いを持ってこい」
「呪いですか? あの、なぜでしょう?」
「アレが気になるからだ」
邪神の視線の先には先日、式神がこの邪神の神殿に持ち帰った魔法陣が輝いている。
「結局アレ、消せませんでしたね」
神字で描かれたその魔法陣は、邪神の力をもってしても消すことはできなかった。
「まったく……貴様はいったい、なにを持ち帰ったのだ」
「お土産です!」
「あんな土産などいらんわ!! よりによって、一番目障りな場所に……」
邪神は普段、神殿の最奥にある椅子に座り、人間界から届く負のエネルギーを受け取っていた。
その椅子がある部屋のど真ん中に、魔法陣が固定されてしまったので、邪神が椅子に座れば常に魔法陣が目に入る。
目障りで仕方なかった。
「もしあれが、勇者がここに攻めてくるための転移魔法陣だったらどうする? 俺が勇者に、攻撃されてしまうではないか! だからいざという時のために、呪いを仕掛けておくのだ!!」
「で、ですが今は、勇者なんていませんよね?」
「勇者がいないならなぜ、俺の力でも消せない魔法が存在する? 勇者でないにしても、あれは確実に異世界から来た何者かの仕業だ」
この世界の神が邪神を攻撃することはない。
それが、創造神が作ったルールだからだ。
神でないとすると邪神の力を上回れるのは、異世界から転移や転生した者以外には考えられない。
「ところで、魔王シトリーは今どうなっている?」
邪神は眠る前、シトリーに『魔王として暴れるのは、もう少し待て』と伝えていた。
異世界人に呪いをかけて転生させたことで、神界のエネルギーは大きく失われており、シトリーが暴れたとしても創造神が異世界人を勇者として転移させることなどできないはずだった。
焦る必要などないのだ。
邪神は自分の目で、世界が恐怖に染まっていくのを見たかった。
だから、シトリーを止めていた。
そして、シトリーが人間界で暴れなければ、創造神が勇者を転移させようとすることもなく、勇者転移用のエネルギーがほとんどなくなっていることに気づかれずに済むのだ。
「魔王、ですか? え、えっとですね……」
なぜか式神が口ごもる。
「まさか、倒されたなどとは言わんよな?」
シトリーは邪神配下の悪魔の中でも、上位の存在だ。そんなシトリーに邪神が加護を与え、魔王にした。
勇者がいない今、彼女を倒せる者がいるはずがない。
「その……見失いました」
「──は?」
式神の言葉に、邪神が唖然とする。
「魔王シトリーの所在が、わからないんです」
「ど、どういうことだ!?」
「魔界にも、人間界にも、邪神様の加護を持った悪魔は存在しません」
「な、なに?」
「あと、ほかにもお伝えしなくちゃいけないことがあります」
「……なんだ?」
「魔王シトリーだけじゃなくてですね、邪神様配下の悪魔で序列一位のバエルをはじめ、多くの悪魔と連絡が取れない状況にあります」
「は?」
「もともと定期連絡をよこすような、マメな悪魔はいませんでしたからね。悪魔同士の連携も、邪神様の指示がなければほとんどしませんし。いつの間にか浄化されていても、わからないんです」
「ま、待て。それでは今、俺の配下の悪魔はどれほどいる?」
「私がさっき確認したところ、連絡が取れたのは十五体ほどでした」
「十五!? 七十二体いた悪魔たちが、たったの十五!?」
邪神が寝ている間、とある一家が悪魔を狩りまくったため、邪神配下の悪魔はその数を激減させていた。
「なぜだ!? どうしてそうなった!?!?」
「わかりません」
「わ、わからない、だと? おお、お、お前は、俺が寝ている間、何をしていたんだ!?」
「人間界を旅行していました。これを見てください!」
式神が、メモ帳を邪神に見せる。
「……ほう。これはなかなか、よく調べられている」
式神のメモ帳には、人間界の各国がどんな発展をしているか。どんな食べ物があり、それが美味いか不味いか。結論として、その国を滅ぼす優先度がまとめられていた。
「なるほど。これを作っていたから、魔王も、悪魔たちの動向も、チェックしていなかったと?」
「はい!」
「寝ている俺を放置して、お前が旅行に出ていたから、俺の神殿が今、荒れ放題なのだな?」
「そうですね!」
邪神の椅子には埃がたまり、神殿の各所にデススパイダーが巣をつくっていた。
「……」
「……てへっ」
「こぉぉのぉぉぉお、馬鹿者がぁぁぁぁ!!」
神殿の周囲の土地を大きく揺らすほど、邪神から怒気が発せられた。
その怒りをもろに受けた式神は──
ボンっと音を立てて、紙切れに変わる。
「なっ!?」
式神の本体は、ここにいなかった。
「ま、まさか……逃げたのか!?」
その通り。
魔王の所在がわからなくなったこと。
大量の悪魔の消滅に、気づかなかったこと。
謎の魔法陣を持ち帰ってしまったこと。
神殿の掃除を、全くやっていなかったこと。
式神はこれらの失態で、邪神に怒られると確信していた。
だから、逃げたのだ。
逃げた先は──
──***──
「なぁ、ハルト。うちのスライム娘たちって、五人だったよな?」
屋敷の中庭でダンスの練習をしていたスライム娘を見ていたリューシンが、その場を通りかかったハルトに声をかけた。
「あぁ。そうだったけど最近、ひとり増えたんだ」
五人のスライム娘に指導されながら、前髪を目の下まで伸ばしたひとりの少女が、踊りを覚えようとしていた。
彼女は邪神から逃げるにあたって、最も安全な避難先を選んだのだ。
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