第304話 賢者とメイド

 

「こんばんは、ティナ」


 いつものようにベッドで待っていると、ティナが家事をすませてやってきた。


「ハルト様、お待たせいたしました」


「うん。それじゃ、寝よっか」


「今日はルナさんの日ですよね? 彼女を待たなくて、よろしいのですか?」


 エルノール家では夜寝る時、ティナが俺の左側固定で、右側にティナ以外の妻が毎日順番でやってくる。


 普段はよほど遅くならない限り、ティナとその日一緒に寝る予定の妻が揃うまで、俺は起きているのだけど──



 今日は違う。


「今日は、ティナとふたりだよ」


「ルナさん、体調不良なのですか?」


「違う。俺がティナとふたりで寝たかったから、ルナにお願いしたの」


「そ、そうでしたか……」


 俺の意図を察したのだろう。

 ティナの顔が赤くなっていた。


「それでは、失礼します」

「うん」


 布団をめくってあげると、そこにティナが入り込んでくる。


「ティナの足、冷たいね」

「も、申しわけありません」


 グレンデールは一年を通して温暖な気候の国だけど、最近ブリザードドラゴンがこの付近にいるようで、朝晩は少し冷え込むようになった。


 ティナは家事を終わらせたあと、お風呂に入ってから俺の部屋まで来たらしいが、移動で手足が冷たくなってしまったみたい。


「もっと俺にくっついていいよ。ティナの身体、ひんやりしてて気持ちいい」


 彼女を待つ間、布団に入ってずっと本を読んでいたから俺の体温は高くなっている。だから、ティナの体温がちょうどいい。


「……よろしいのですか?」

「うん。ほら、おいで」


 ティナを抱きしめる。

 ひやっこい。



 俺の妻たちは、その多くが元は王族だったり、精霊だったり、魔王だったりするので、家事全般を完璧にこなせる妻は、ティナ以外にはほとんどいなかった。


 ルナとアカリは、数少ない例外かな。


 そんな元王族や魔王たちに、ティナが丁寧に指導してくれたから、最近はみんな家事ができるようになっていた。


 負担は減ってるはずだけど、ティナは昔と変わらず、俺の専属メイドとして接してくれるし、家事も一番やっている。


 それが身体に染み付いた習慣だから、やめられないらしい。


 メイド服の彼女はすごく可愛いし、俺としてもそれが当たり前の光景になっていたので、このままでもいいと思ってた。


「今日も家事、お疲れ様。いつもありがと」

「いえ、そんな……」


 抱きしめながら頭を撫でてあげると、ティナが俺の背中に手を回して、ギュッてしてきた。


 彼女が喜んでるのがわかる。


 あと、その……ティナのいろんな柔らかいモノが俺に密着してて、とても心地がいい。


「ハルト様。もっと温もりを頂いても、よろしいですか?」

「うん。いいよ」


 ティナが俺の脚に、脚を絡ませてきた。


 彼女との密着度が上がる。

 すごく、エロい。


「ティナ」

「ハ、ハルト様」


 身体を密着させたまま、何度もキスをした。



 とろんとした表情の彼女を見ていたら、我慢できなくなったので、ティナの上に覆い被さる。


「いい?」


 それだけしか聞かなかったけど、ティナは俺から顔を背けたまま、小さく頷いてくれた。





 ──***──



 初めて、ティナと最後までした。


 気持ち良かった。


 乱れてるティナが魅力的すぎて、つい──



 少し、やりすぎたかもしれない。


 大丈夫かな?



「……ハルト様」


 心配になってティナの顔を見ていたら、彼女に話しかけられた。


「ティナ、大丈夫? ごめん。気持ち良すぎたから、我慢できなかった」


「そ、それは大丈夫です。その……私もすごく、幸せでした」


 大丈夫らしい。

 けどなぜか、ティナの顔色がすぐれなかった。



「ハルト様は……私になにか、お話ししたいことがあるのではないですか?」


 俺の目を真っ直ぐ見ながら、聞いてきた。


 さすがだ。

 わかっちゃうんだな。


 我慢できなかったのは本当だけど、もともと最後までするつもりだったのには理由がある。


「俺、邪神の所に行ってみようと思う」


「……あの魔法陣、ですね」


 あぁ。やっぱりティナも、なんとなくわかってたのか。


「そう。邪神の側近っぽいオーラの女の子に、転移のマーカーをつけた。それで、いつでも乗り込める準備ができたんだ」


「ハルト様に、呪いをかけた神様ですよね? その……危険ではないのですか?」


「会いに行くくらいなら多分、問題はないかな。でも俺は、アイツを一発殴りたい」


 会って少し話して帰るなら、多分大丈夫。

 でも、攻撃しようとするなら、話は別だ。


 相手は俺に、この世界最強になる力をくれた神様なのだから。


 俺の力を、奪われるかもしれない。


 今度こそ本当に『ステータス上限固定の呪い』をかけられたり、もっとヤバい呪いをかけられる可能性だってある。


「私も、遥人様の命を奪った邪神様を許すことはできません。ですが、こうしてまた私とハルト様が一緒になれたのは、あの御方のおかげではないですか」


 そうなんだよな。

 俺もそう思ってた。


「俺を転生させたのは、たしかに邪神。でも、俺がこの世界に戻ってこられたのは、創造神様が遥人だった俺に『幸運』って加護をくれたからだよ」


 邪神は俺を殺した張本人。


 俺がこの世界に帰ってきたいっていう願いを叶えてくれたのは、創造神様の力だ。


「邪神には感謝してる。それでも、殺された分の仕返しはしたい」


 ずっと、そう思ってた。


「どうしても、行くのですね?」


「うん」



「……私と、を置いて?」


 ……は、はい?


「ハルト様のお子です。私だけでなく、この子も置いていくというのですか?」


 ティナが自分のお腹を擦りながら、そんなことを言ってきた。


「ちょっとまって。さすがに一回じゃ──」


「長寿のエルフ族は本来、子を成しにくい種族です。ですが私は──いえ、は、チャンスを確実にものにするため、とある秘術を修得しました」


「ま、まさか」


「ルナさんにご協力頂き、創世記に書かれたという魔導書から『確実に子を成せる身体にする魔法』を探し出したのです」


 ……マジで?


「ですので今、ここにはハルト様と私の子供がいます」


 ティナが俺の手を掴んで、自分のお腹を触らせる。


「それでも、邪神様のもとへ行くのですね?」


「…………」


 マジか。

 俺、父親になるのか。


 邪神の所に行くため、色々と用意をしていた。


 最悪の場合、俺がいなくなっても、なんとかなるようにしていたつもりだった。


 でも、自分の子供はこの目で見たい。


 絶対に邪神のもとに行くと決意したつもりだったけど、迷いが生まれた。


 ティナと俺の子供かぁ。

 きっと、可愛いだろうな。



「……わかりました。でしたら私も、この子と一緒についていきます」


「えっ」


「子ができたと聞いたら、ハルト様はすぐに諦めてくださると思っていました。ですがまだ、決められないご様子。それほど、ご意志が固かったのですね」


 ティナが抱きついてきた。

 そして俺の耳元で囁く。


「邪神様への仕返しを諦められないのであれば、私はどこまででもついていきます。ハルト様は妻と子を残して、いなくなるようなことはなさいませんよね?」


「う、うん」


「妻と子が見ているのです。邪神などに負けることは、絶対にありませんよね? ハルト様」


「は、はい! その通りです!!」



 返事を聞いたティナが、少し俺から離れた。

 俺にはまぶしい笑顔を見せてくれる。


 しかし彼女の笑顔の底には邪神への、とてつもない殺意が込められていた。



「それでは、ハルト様。諸悪の根源である邪神を、滅ぼしに行きましょうか」

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