最終章 とりあえず一発、殴っていい?
第302話 式神のお土産
「おじさーん、これも食べたいです!」
目の下あたりまで前髪を伸ばした黒髪の少女が、お祭りの屋台で買い食いしていた。
「はいよ。お嬢ちゃん、うまそうに食ってくれるねぇ」
「だって、すっごく美味しいんだもん!」
「そうかい。それじゃ、こいつはサービスだ」
屋台のオヤジが、少女の手に小さめカレーパンを持たせる。
「いいんですか?」
「おぅ! そいつもうちの人気商品だからよ。ぜひ食べてくれ」
「わかりました。ありがとうございます!」
「えへへー。サービスされちゃいました。この国の人族、優しいですね」
屋台から離れた少女がつぶやきながら、もらったカレーパンに手を付ける。
「うん、うん! このパンもおいしー!! あの屋台はあたりですね。存続決定です」
懐から紙とペンを取り出し、少女がなにかをメモっていた。
「グレンデール、王都、屋台のカレーパンが美味、滅ぼすのは、最後──っと」
メモを取り終えた少女は紙とペンをしまうと、再び祭りでごった返す人混みの中を進み始めた。
「んー。邪神様へのお土産、なにがいいかな?」
少女は、邪神に仕える式神だった。
邪神はまだ眠っている。
仕えるべき神がずっと寝ているので、暇になった式神がこうして人間界に遊びに来たのだ。
「おぉ! す、すごい……」
王都の中央広場に設置された巨大な氷のモニュメントに、式神が目を奪われる。
これは水の精霊王ウンディーネが、風の精霊王シルフと協力して作り上げたもの。
この国グレンデールは、ウンディーネの加護により豊作が約束されている。国民が彼女への感謝を示すため年に四回、こうして祭りが開催されていた。
今年はウンディーネがこの国に加護を与えて五十年となる年であったため、彼女が氷のモニュメントをこの国に贈ったのだ。
それに目を奪われ、式神は前を見ていなかった。
「──あっ!」
「おっ?」
黒髪青目の青年の背中に、ぶつかってしまった。
「す、すみません。私、前を見ていなくて──」
整った顔の青年に、式神は思わず見惚れる。
「俺は大丈夫ですよ。でも、この先も混んでますから、気を付けてくださいね」
「は、はい! ほんとに、すみませんでした」
これ以上会話すると、もっと青年が気になってしまいそうだったので、背を向けて早急にその場を離れようとした。
「あっ、ちょっと待ってください。背中にゴミがついてますから、取りますね……はい。これで大丈夫です」
式神の背中に付いた葉っぱを、青年が取ってくれたようだ。
葉っぱを見せてくる彼の笑顔がまぶしくて、式神は自分の顔が赤くなっているのがわかった。
「それじゃ、俺はこれで。お祭り、たのしんで!」
そう言って青年は、式神の前から去っていく。
式神は彼の姿が見えなくなるまで、その背中を目で追っていた。
──***──
「あっ、しまった。邪神様へのお土産、買ってない……」
神界に帰ってきた式神が気付いた。
「まぁ。邪神様はまだ寝てるから、別にいいよね」
「ほう? なにがいいのだ?」
「──っ!?」
突然後ろから声をかけられ、式神が驚いて振り返る。
「邪神様! お、お目覚めになられたのですか!?」
そこには、まだ眠そうな表情の邪神が立っていた。
「あぁ。先ほど目が覚めた……それで? 土産は?」
「えっと……な、なんのことでしょうか?」
「ほう。貴様、白を切るつもりか。そうか……あのカレーパンとやらは、うまそうであったな?」
「ま、まさか、そのあたりから起きて──」
「あぁ。起きていた。いやぁ、実に楽しそうだったな。寝ている俺を放置して、自分だけ人間界で人族の祭りに参加するとは」
「うっ」
式神に、邪神の言葉が突き刺さる。
「それで? あのカレーパンとやらはうまかったのか?」
「はい! それはもう美味で──」
「だったら俺の分も、買ってこいやぁぁぁぁぁあ!!」
邪神の叫び声が、神殿中に響き渡った。
ちなみに式神は、お土産をしっかりと邪神の神殿へと持ち帰っていた。
その土産とは──
「おい。お前の服……。背中にそんな魔法陣あったか?」
「魔法陣? なんのことですか?」
式神の背中につけられた魔法陣に、邪神が気が付いた。
「えっ、なんですかこれ?」
神に仕える式神であっても、よほど目を凝らさなければ気づけないような魔法陣が、服に貼り付けられていたのだ。
式神が慌てて上着を脱いで、神殿の床に放り投げる。
その魔法陣は、彼女の身体につけられていたわけではなかった。
「呪いの類ではあるまいな?
「今のところ、私に問題はないようですが……いったい、なんの魔法陣なんでしょう?」
「さぁな。どれ、少し俺が調べて──んんっ!?」
床に置かれた式神の上着を拾い上げた邪神が驚く。
いつの間にか魔法陣が、式神の服から神殿の床に移動していたのだ。
「どうなっておる……。いったい、なんなのだこれは?」
「わ、私にも、わかりません」
その後、邪神と式神が手を尽くしたが、魔法陣が邪神の神殿から消えることはなかった。
──***──
「ハルト様。その魔法陣、どうされたのですか?」
屋敷のリビングで、手元に小さな魔法陣を作り出し、それを眺めているハルトが気になって、ティナが声をかけた。
その質問に、ハルトが笑顔で答える。
「これはね。とある神様のところに遊びに行くための、旅券みたいなもんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます