第301話 ようこそ、異世界へ

 

 危なかった。


 ギリギリだったけど、なんとか間に合った。


「彼女は俺の妻だから、殺さないで」


 刀身が真っ黒な太刀で、シトリーの首を刎ねようとしていた少女に話しかける。


「あなたは……石像の人?」


 ん? 石像?


 それはなんのことかわからないけど、とりあえず話を進めよう。


「俺はハルトだよ。ハルト=エルノール。君は……アカリ、だよね?」


「えっ!? な、なんでわかるんですか?」


 そりゃ、わかるよ。

 十年経ってるけど、面影があるもん。


「西条遥人って人を、知ってるよね?」


「し、知ってます」


「それ、俺」


「……はい?」


「俺が西条遥人だよ。この世界に転生して、ハルトになったの」


「…………」


 あ、あれ?

 おかしいな……アカリが、固まっちゃった。


「おーい、アカリ? アカリさーん?」


 ま、まさか、違った?


 てっきりアカリが、俺の妹、西条あかりだと思ってたんだけど……。


 違うのかな?



 いや。やっぱり、それはないよ。


 十年経ってるけど、俺があかりを見間違えるはずはない。


 も、もしかして俺……忘れられた!?


「…………」

「…………」


 えー、それはショックだ。


 俺が死んじゃったのはあかりがまだ五歳の時だけど、仕事が忙しい両親にかわって俺がずっとアカリの世話をしてきたんだ。


 あかりも、すごく俺になついてくれた。

 いつも、『はるにぃ』って──



「は、はるにぃ……なの?」


「──っ!! そ、そう! そうだよ」 


「ほんとに?」


「あぁ。ほんとだよ! あかりが、ずっとお気に入りだったタオルあるよね。あかりは、いつもあれを──」


「あぁぁぁぁぁっ! それは、言わないで!!」


 ちょっと怒られちゃった。


「ご、ごめん。でも、ほんとに俺が遥人だってわかったでしょ?」


「うん……でも、逆にはるにぃは、よく私だってわかったね」


「わかるよ。俺はあかりの、兄ちゃんだもん」


 まぁ、あかりがこっちの世界に来ても、顔があんまり変わらなかったおかげなんだけど。


 転生じゃないのかな?


 そんなことを考えていたら──



「はる兄!!」

「──うぐっ!?」


 とんでもない勢いで、アカリに抱きつかれた。彼女が踏み出したダンジョンの床が、大きく抉れている。


 こ、この威力……俺じゃなければ、消滅しててもおかしくない。


 そんな速度の、だった。


 俺、ステータス固定でほんとに良かった。


 十年ぶりの妹との再会で、妹にハグされて死ぬとか……マジで笑えない。


 邪神様、ありがとうございます!


 とりあえず俺は、妹に力加減を覚えさせることを決意した。



 ──***──


「そうか。アカリも転生なんだな」


「うん。だけど女神様が、元の世界とほとんど同じ体型にしてくれたみたい」


 シトリーには事情を話して、先に屋敷に帰ってもらった。


 俺はアカリをつれて魔法学園から少し離れた場所に転移し、彼女と話しながらゆっくり俺の屋敷に向かって歩いて移動している。


「そうか……てことはあっちの世界でも、今はこれくらいなんだ。おっきくなったな、アカリ」


「えへへー。だって、十年も経ってるんだよ」


「そうか。十年、か」


「……ねぇ、ハルにぃ


「ん?」


「さっきの女の人。ハルにぃの、奥さんなんだよね」


「あぁ、シトリーっていうんだ」


「い、一緒に住んでるの?」


「うん。俺ね、この世界で有力貴族の三男なんだ。それで魔法学園の敷地内に屋敷を建ててもらって、そこに住んでる。イフルス魔法学園って、わかる?」


「知ってる! この前、遊びに行ったよ。そこで、シトリーさんと会ったの」


「へぇ。学園にも来てたんだ」


 あれ?

 うちの学園って、部外者入れたっけ?


「そう。その時シトリーさんと一緒にいた女の人に、パンを交換してもらったんだけど、その人もすっごく綺麗だったの!」


「シトリーと一緒に? その人ってどんな感じだった? その、例えば髪の色とか」


「綺麗な青色だったよ」


「あぁ。ルナか」


「その人も、ハルにぃの知り合い?」


「うん。魔法学園で、二番目に俺と友達になってくれた子なんだ」


「そうなの!? なら、また会えるかな? パンのお礼を言いたいし、仲良くなりたい! なんか……なんとなくだけど、懐かしい感じがしたの」


 ルナが俺たちと同じ世界から来てるから、アカリもそう感じるのかな?


 俺としてもぜひ、仲良くしてほしい。


「会えるよ。これから行く場所に、彼女もいるから」


「えっ?」


「アカリは転移が使えるんだろ? グレンデールとベスティエ以外に、ほかの国には行かなかった?」


「あっ。んとね、アルヘイムっていうエルフの国にも行ったよ。あと最初にたどり着いたのは、アプリストスって国。私ね、そこでギルドカード作ったの!」


「へぇ。アプリストスか」


 あそこって、アルヘイムに戦争仕掛けて以降は、周辺諸国に戦争仕掛けたりしないようになったみたいだけど……。


 大丈夫だったのかな?


「そこで、エリザさんって人にすごく良くしてもらってるの。あとね、なんかハルにぃたてまつられてたよ!」


「……は?」


「ハルにぃが、アルヘイムとの戦争を止めたんでしょ? さすが転生者だね。それでアプリストスでは、ハルにぃを崇めるハルト教が国教になってたの」


「えっ、マジ?」


「マジマジ! すっごく大きなハルにぃの石像が、王都のど真ん中に立ってるんだから。ハルにぃ、知らなかったの?」


「う、うん。しらなんだ」


 マジかよ。

 アプリストスには、俺の石像があるのかよ。


 まぁ、すでにあるもんは仕方ないな。

 どうせだから、もっと自慢しちゃおう。


「ちなみにさ、俺って、この世界来るの二回目なんだわ」


「えっ!? ど、どういうこと?」


「一回こっちの世界で、魔王を倒してる。その後、元の世界に帰ってすぐに邪神に殺されて、今ここにいるの」


「……マジ?」


「うん」


「ごめん。なんかゴメン。でも、とりあえず言わせて……ハルにぃ、ドンマイ」


「あぁ。ありがと」


「それじゃあさ、一回世界を救ったなら、その時はなんかなかったの?」


「石像とか?」


「そう!」


「あるよ」


「あるんだ!?」


「リーグゴーレンって国のガレスの街で、俺の石像が量産されてる。あと、結構いろんな本にも、元の世界の俺の顔が載ってるよ」


「……ハルにぃ、異世界生活を満喫してるね」


「今はね。魔王がいなくてわりと平和だし」


 守護の勇者の時は命懸けの日々が続いて、なかなか大変だった。転移してすぐに、死にかけたし……。


「いや、シトリーさんは魔王でしょ!?」


ね。彼女の魔王としての力は俺が消したから、今はちょっとヒトの魂をいじれるだけの女性だよ」


「魔王の力を消したって……あ、あれかな? ハルにぃは、この世界の神様なのかな?」


「違うよ」


 あはは。

 アカリ、なに言ってんだよ。


 俺が神様なわけないじゃん。



「それで、アルヘイムはどうだった? 世界樹、でかかったろ?」


「うん! 凄かった!!」


「アレの化身のシルフって精霊と俺、仲良いからさ。今度、一緒に上まで登ろーよ」


 ぜひアカリにも、シルフ特製のなんちゃってエレベーターを体感してもらいたい。


「えっ……あっ、う、うん。登る」


「あと、エルフ族。彼ら、美男美女が多いよな」


「うん、うん! 私ね、リファさんっていう凄い綺麗なエルフに助けてもらったんだ」


「おぉ、リファにも会ったのか」


「……ハルにぃ、もしかしてだけど」


「うん。リファとも仲が良いよ。彼女も、今向かってる魔法学園にいる」


「リファさんも学園にいるんだ」


「それから、ティナにも会ってるだろ?」


「あっ、黒髪の美人さんだよね! H&T商会で会って、私が作ったアイテムを買ってもらっちゃった」


「彼女が魔法学園で俺やルナ、リファに魔法を教えてくれてる先生なの」


「それじゃあ、ティナさんから私のことを聞いたってこと?」


「そ! なんか凄いアイテムを持ち込んできた女の子がいる──ってな。これ、アカリが作ったんだろ?」


 ティナから預かったブローチを、アカリに見せる。


「あー、これ! うん、私が作ったの。ちょっと、ハルにぃ見ててね。クリエイトアームズ!」


 アカリが俺の目の前で、いきなり黒刀を創り出した。


 とてつもない力を感じる。


 俺のステータスが固定じゃなかったら──もし守護の勇者の時のステータスだったら、シトリーを守ろうとしてたときに俺は真っ二つにされていただろう。


「ハルにぃには折られちゃったけど、これ、結構強いはずだよ」


 えぇ。そうでしょう。

 そうでしょうとも。


「アカリ、ちょっといいか?」


「なーに?」


「それな、かなりヤバい武器なんだ。だから無闇矢鱈と創っちゃダメだ」


「そうなの?」


「そうなの」


「ハルにぃがそう言うなら、そうするね!」


「ありがと。アカリ」


 素直に忠告を聞き入れてくれたので、アカリの頭を撫でる。


「えへへー」


 嬉しそうにする反応が昔と変わってなくて、すごく可愛らしい。




 その後、ルアーノ学長から預かっている魔具でアカリの魔力を登録して、彼女と一緒に魔法学園の敷地に入った。


「やっぱり、ちゃんと登録しないとダメなんだね」


「まぁ、勝手に入っちゃったのは、後で俺と一緒に学園長に謝りにいこう」


「ごめんね、ハルにぃ


「いいよ。それより、ほら。俺の屋敷が見えてきたよ」


「えっ……あれが、ハルにぃのお家なの!?」


「でかいっしょ?」


 とはいっても、最近は家族が増えて、ちょっと手狭になってきてるんだけどな。


「大きすぎるよ!! こんな大きな家に、シトリーさんとふたりで住んでるの!?」


 そうなるよな。

 そうだよな。


 うん……そろそろ、言わなきゃ。


「あー、あのな。アカリ」


「なに?」


「お兄ちゃん、奥さんひとりじゃないんだ」


「…………は?」


「ここ、異世界だろ? その、だから……な?」


「えっ、ま、まさか──」


「シトリーのほかに、アカリが会ったティナとルナ、リファ」


「四人も奥さんがいるの!?」


「違う。全部で、十四人いる」


「え」


「ちなみに、奥さん以外にペットの神獣と、俺のクラスメイトが二世帯。計十九人と一匹で、この屋敷に住んでるの」


「ハーレムが過ぎるよ!! なんでこんなことになってんの!?」


「その、なんて言うか、まぁ……成り行き?」


「成り行きでお嫁さん増やしすぎだよ!! ……あれ? でも、ちょっと待って。十四人も奥さんがいるってことは、今更ひとり増えたくらい関係ないってことだよね?」


 ん?


「はい! ハルにぃに質問があります!」


「はい、アカリさん。なんでしょうか?」




「妹系の嫁枠って、空いてる?」

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