第300話 勇者と元魔王
「生きるのを諦めなければ、旦那様のお力で復活できます。貴方の、あのお方への忠誠心はその程度なのですか?」
「も、申し訳ありません」
オルガが消されそうになったのを感じたシトリーが、ダンジョンまで転移してきたのだ。
「お姉さんも……魔物だったの?」
「いえ。違います」
オルガを強制的に別のフロアへと転移させたシトリーが、アカリに向き直る。
「私はシトリー。魔王です」
「えっ!?」
パンを譲ってくれた女性が、魔王であったことに動揺を隠せない。
「まぁ、魔王と言っても、私の力はとある方に消されてしまったのですが……」
「なら今は、魔王じゃないってこと?」
「そうなりますね。魔法学園でお会いした時のように、普段はヒトの姿で生活をしております」
「悪いこと、してないよね?」
「……私は悪魔ですので、以前はヒトの魂を食いものにしてました」
シトリーが直接ヒトに手をかけたことはない。悪魔が直接ヒトを殺しても、たいして意味が無いからだ。
しかし、彼女と契約し力を手に入れたヒトが、そのほかのヒトを殺すことは多々あった。
「それじゃ……ヒトの敵、ってことだよね」
「そうなります。私を、倒しますか?」
「い、一度だけ──」
「はい?」
「一度だけ見逃します。パンを交換してくれたお礼、です」
勇者の本能として、アカリはシトリーを倒すべき敵だと認識してしまう。
「は……ふ、ふふふ。さきほどの、私の話を聞いてましたか? 私は悪魔で、元魔王なんですよ? その私を、見逃すと?」
「はい、今回だけです。次に会った時、私は貴女を倒さなきゃいけません」
シトリーの目をまっすぐ見て、アカリが言い放つ。彼女の言葉には、確かな決意が込められていた。
「本気のようですね。しかし、それと私を倒せるかどうかは別の話」
シトリーが膨大な魔力を放出して、その身に纏う。
「……逃げてくれないんだね」
アカリも、シトリーが戦うつもりであると理解した。
「えぇ、逃げません。逃げられないのです。私はこのダンジョンの、ラスボスですから」
アカリがオルガ以上の力を持っていることに、シトリーも気づいていた。それをもってしても、彼女はアカリに負けるなどと思っていない。
魔王であった自分が、主人から力をもらい更に強くなった。それがただの人族に劣るなど、考えられるはずがなかったのだ。
「お姉さんがラスボスなんだ。なら、倒すしかないね。私はこのダンジョンをクリアしたいの」
「いい目標です。ここまでダンジョンを踏破し、オルガを圧倒した力──ぜひとも私に見せてください。私も元魔王として、全力でお相手しましょう」
「……わかった」
アカリの表情が変わる。
「魔王退治、しちゃうからね」
彼女の意志に呼応して、装備が変更された。
手にしていた黒刀にもアカリの魔力が注ぎ込まれ、ぼんやりと輝き出す。
アカリが無意識に抑え込んでいた力が、少しずつ解放されていく。
「えっ……こ、これって──」
余裕を見せていたシトリーだったが、どんどん膨れ上がるアカリの魔力に、気圧され始めていた。
オルガと戦っていた時、アカリは自分の力を一割も出していなかったのだ。
しかし、目の前に倒すべき魔王が現れた。
シトリーからは確かに、この世界でこれまで見てきたどんな魔物よりも強い力を感じる。
本当ならアカリも、パンを譲ってくれたシトリーを傷つけたくはない。
しかし、見逃す必要はないと言われた。
自分と全力で戦えと──
自信があるのだろう。
そうアカリは考えた。
出し惜しみはしない。
最初から全力をだす。
自分に親切にしてくれたシトリーを殺すのは気が引けるが、それ以上にアカリは彼女を倒したあとのことに意識が向いていた。
シトリーを倒せば、あとはゆっくりこの世界で兄に会うための方法を探すだけでいいのだ。
兄を探すための障害のひとつである魔王が、目の前にいる。
さっさと片付けてしまおう。
アカリの決意が固まったことにより、彼女のスキルが魔王を倒すために自動で動き始めた。
スキルが自動でやっていることを、アカリは<超直感>で知る。
そして、スキルに身を任せれば良いと気づいた。
そうすることで、知り合いを手にかけることの罪悪感が減るからだ。
アカリがシトリーを倒す気になった時点で、勝敗はついていた。
<神眼>が時を止める。
魔王といえど、動けない。
時を止められるのは数秒だけだが、<神速>をもつアカリにとって、その数秒はあまりにも長かった。
一瞬でシトリーとの距離を詰め、抜刀の構えをとる。いつの間にか彼女の腰元に鞘が現れ、アカリが持っていた黒刀はそれに納まっていた。
「さよなら、お姉さん」
黒刀は極限までアカリの魔力が込められ
最強の武器となった黒刀を、スキルの影響とオルガの剣技を修得して世界最高の剣士となったアカリが振るう。
鞘から抜かれ音速を超えた黒刀が、無防備なシトリーの首に──
当たらなかった。
「えっ!?」
アカリが目を丸くする。
しかしそれは、真ん中あたりでポッキリ折られた黒刀を見たからではない。
「あぶねー。間に合ってよかった」
突如目の前に現れ、黒刀を手刀で叩き折ってシトリーを助けた男に、どこか懐かしい感じがしたからだ。
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