第299話 勇者と鬼神族

 

「えい!」


 アカリの攻撃で、十六層目のボスであるインフェルノウルフが一瞬で消滅した。


 彼女はここに来るまで、フロアボスやたまたま目の前に現れた魔物など、およそ百体を倒してきた。


 アカリに疲労はないようだ。


 ちなみに十一層目以降の魔物はハルトにテイムされていて、生きるのを諦めなければ復活ができる。


 アカリの攻撃が速すぎて、なにが起きたかもわからぬままに死んだので、幸いにも彼女に倒された全ての魔物が復活可能だった。


 そして魔物の中では最上位の攻撃速度を誇るインフェルノウルフであっても、アカリの攻撃は回避することはできなかった。



「次、十七層目だね。ここ何層目まであるんだろ?」


「わかんない。おばさんは、じゅうまでっていってたけど──」


「なんか普通に十一層目より下もあったね」


「うん」


 本来、十層目以降はダンジョンマスターであるハルトが許可した者しか進むことはできない。


 しかしここは、もともと勇者を育成するためのダンジョンだった。


 だからハルトは、いつか勇者が来た時のため、勇者であればハルトの許可なくとも十一層目に進めるようなシステムにしたのだ。


 アカリは勇者だ。


 そして彼女には、異世界の神であるテトがついている。


「アカリ。このそうには、ほうせきあるよ!」


 テトは、各層に配置された宝箱の中身を知る能力を持っていた。


 そのおかげで、宝石が取れる宝箱がない層はほとんどスルーして、この層まで来ることができたのだ。


「そうなんだ……でも、ここまで来たからまずは、行けるところまで行ってみたいかな」


 アカリは、テトと一緒にダンジョンを攻略している感じを楽しんでいた。


 デコピンで敵が消える。


 最初はドキドキしていた彼女も、今は一瞬で魔物を倒せる全能感に浸っていたのだ。


 当初の目的であった宝石は、もうどうでも良くなっている。


「アカリがそういうならいいよ。このそうもスルーしよ。めざせ! ダンジョンせいは!!」


「おぉー!」


 本来のダンジョン攻略とは、魔物を倒して素材を採ったり、宝箱からアイテムをゲットしながら進んでいくことをいう。


 しかしアカリとテトには、とりあえずダンジョンの最終層まで行くという考えしかなかった。



 ──***──


 アカリとテトはダンジョンの十七層目をほとんどスルーしてフロアボスを倒し、十八層目に移動した。


 十八層目は一切魔物と戦わず、ボス部屋の前まで来ることができた。


 十八層目のボスが、普段はこのフロアにいるオーガたちに退避を指示したからだ。



「それじゃテト、いくよ」


「うん。てきは、アカリのしょうめんにいる。いったいだけだよ」


「りょーかい」


 アカリはボス部屋の扉を開ける前に、テトからボスの位置と数を聞くようにしている。


 扉を開け、足を一歩中に入れた瞬間──



「えいっ!」


 ボス部屋の中心に立っていたボスらしき人影に、いつもの遠隔デコピン攻撃を仕掛ける。


 この層まで、全てこれで勝てた。

 だが、この十八層目は違った。


「ふむ。いきなり攻撃してくるとは……まぁ、奇襲も立派な作戦か」


 このフロアのボスは、鬼神族のオルガ。

 過去に三度、勇者を退けた魔物の英雄。


 勇者を退けた時、彼はただのオーガだった。


 しかしハルトにテイムされ、彼に無理やり膨大な魔力を注ぎ込まれたことで、鬼神族へと進化していたのだ。


 オルガはアカリの攻撃を受け止めた。

 躱すこともできた。


 だが、ここまで各層ボスたちを一撃で消滅させてきたアカリの攻撃力を、オルガは体感してみたくなったのだ。


 そして、それに耐えてみせた。

 余裕だった。


 ハルトに力をもらい、かつての自分より遥かに強くなっていることを実感している。

 


 オルガは優しい。


 ヨウコや白亜と本気で戦えば、彼は彼女らに負けることはない。ヨウコたちもどんどん成長しているのだが、まだまだオルガには及ばない。


 しかしヨウコたちはシトリーとの再戦を望み、このダンジョンにやってくる。


 だから彼は、いつもヨウコと白亜にわざと負けていた。


 毎回挑戦しに来るヨウコたちを煩わしそうにしているシトリーだったが、戦いの前には目を輝かせていた。


 力をなくしたとはいえ、シトリーは元魔王。

 戦うことは好きなのだろう。


 たまには力を解放させてやるべきだとオルガは考え、ヨウコたちにその相手をさせていた。



 だが今、目の前にいる少女にそんなことはできない。


 一時とはいえ忠誠を誓った魔王シトリーに、アカリは届きうる力がある。


 そんなやつを、素通りさせるわけにはいかない。


 そしてなによりオルガは、見た目は華奢なこの少女と、全力で戦えることを予感していた。


「そんな攻撃は俺には効かん。武器を持って、かかってこい」


「えっ……ひ、人!?」


「アカリ。たぶん、きじんぞくってやつ。ほら、ツノがあるでしょ」


 ヒトに攻撃してしまったのではないかとアカリは驚いたが、テトはオルガが魔物であることに気づいていた。


 もともと筋骨隆々の老齢戦士という見た目だったオルガは、鬼神族へと進化した際に若返っている。


「そっか。お兄さんも魔物なんだね……じゃあ、倒さなきゃ」


 ここまで百を超える魔物を倒してきたことで、魔物に攻撃することには慣れてきた。


 勇者としての特性で、魔物は敵だと認識してしまう。さらにスキル<不屈>が自動で何度も発動したことで、魔物を殺すことへ抵抗が薄れていた。



「クリエイトアームズ!」


 アカリが真っ黒な刀を創り出した。

 かつて守護の勇者が使っていたものと、ほぼ同性能の武器だ。


「なるほど……貴様はやはり、ただの冒険者ではないな? 面白い。このオルガ、全力で相手をさせてもらおう」


「テト、見ててね」

「うん。アカリ、気をつけて」


 テトを地面に降ろして、両手で刀を構えた。


 普段、アカリはずっとテトを抱えている。

 もちろん、この層まで来る時も。


 アカリはこのダンジョンを、右手から放つデコピンだけで進んできた。


 そんな彼女が、初めて両手で武器を持つ。



 鬼神族と勇者の戦いが、始まった。


 ちなみにアカリは、刀を使った経験はない。

 それでも──


「貴様、やはり強いな!」

「お兄さんも」


 千年もの間、剣の修行に明け暮れたオルガの剣を、彼女は容易く受け止めた。


 鬼神族になったオルガのステータスより、アカリの方が遥かに強かったのだ。


 ステータスだけではない。


「そ、その技はっ!?」


 ほんの数秒前に使った技を、アカリに模倣されてしまう。


 ──否、模倣などではない。


 それはまるで、アカリの技の方がオリジナルなのではないかとオルガが錯覚するほど、洗練されていた。


 彼女は<ウエポンマスター>というスキルを持っていて、どんな武器でも使いこなせる。もちろん、初めて手にする武器であったとしても。


 そして<神眼>で一度見たものは、どんな動きでも完璧に模倣できてしまう。


 アカリはウエポンマスターと神眼の併用でオルガの技を見て覚え、さらに最適化して、自分のものにしてしまった。


「剣って、楽しいね」

「ほざけ!」


 千年の研鑽を経て完成されたオルガの剣技を、どんどん吸収していくアカリ。


 彼女は、自分が急激に強くなっていくのを実感し、気持ちが高揚していた。


 一方、最初は全力で剣をぶつけられることを楽しんでいたオルガだったが、次第にそれは焦りに変わってきた。


 アカリに負けそう──ということに対してではない。


 彼女と剣を交えることで、とんでもないバケモノを自分が生み出してしまうのではないかと、危惧し始めたのだ。


 しかしそれは、杞憂だった。


 なぜならアカリはこの世界に来た時点から、既にバケモノなのだから。



「お兄さんのおかげで私、強くなれたよ」

「くっ!」


 アカリは普通に話しながら攻撃をしてくるが、オルガはそれに応える余裕などなくなっていた。



「貴方はオルガさん……だっけ。私ね、アカリっていうの」


 一旦距離をとったアカリが名乗る。


「……なぜ今更、名を?」


 オルガの質問に、アカリは笑みを見せた。

 その笑みを見た瞬間、オルガは自分の死を予感した。


「これで、だから」


 上段で黒刀を構えたアカリが、それを振り降ろす。


 オルガであっても避けられない速度、耐えられない威力の斬撃が飛んでくる。




「オルガ。貴方今、諦めましたね?」

「シ、シトリー様!」


「えっ……魔法学園にいた、お姉さん?」


 アカリの攻撃を、シトリーが防いだ。

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