第298話 勇者のダンジョン攻略

 

「アカリ、みぎからくるよ」


「う、うん!」


「……さん、に、いち。いま!」


「えいっ!!」


 アカリがテトに指示された方向に、デコピンを放つ。


 次の瞬間、その場に現れたゴブリンが、ボシュっと音を立てて消滅した。


 アカリが、ゴブリンを倒したのだ。



 ──***──


 時は遡り、アカリがダンジョンに足を踏み入れた直後のこと。


「テト。やっぱり私、モンスター倒すの……むりかも」


 アカリはダンジョン独特の雰囲気に、気後れし始めていた。


 女神から<不屈>というスキルをもらっているため、彼女が恐怖状態になることはなく、どんな魔物を前にしても行動不能にはならないが、実際に行動するかどうかは本人の意思による。


 平和な世界で生きてきたアカリには、動物を自分の手で殺した経験などなかった。


 しかしここは、そんな甘いことを言っていられない世界だ。自分で身を守る術を身につけなければ生き残れない。



 ──とはいえアカリは、数体の魔王から攻撃され続けても全く問題ないステータスと装備を備えている。


 そんな異常な防御力だけで、ダンジョン内を歩くだけなら問題はない。


 ただ、宝石が入った宝箱をゲットしたいという目的があるので、層の移動のためにフロアボスを少なくとも二度は倒さなくてはならない。


 モンスターを、殺す必要があったのだ。



「アカリ。ここからに、デコピンしてみて」


 テトが、十メートルほど離れた場所にある騎士の姿をした石像を指さす。


「こ、ここから?」


「うん。アレを、バーンってするイメージで」


 よくわからないが、アカリはテトの指示に従うことにする。腕を伸ばし、狙いを定め、中指を曲げて親指で保持する。


「え、えいっ!」


 アカリが力を溜めた中指を解放すると、衝撃波が飛んだ。


 それが石像を、粉々に破壊した。


 この石像、ハルトとティナが冒険者やベスティエの新兵の訓練でも使えるように作った、とても頑丈な人造魔物ゴーレムだ。


 本気で戦うと、ラスボスのシトリー、十八層目のフロアボスで鬼神族のオルガに次いで、このダンジョンでコイツが三番目に強い。


 ちなみにコレと戦わなくとも、ダンジョンを先に進むことは可能だ。また、このエリアで戦闘訓練を希望すれば、好きなだけこの石像と戦える。


 負けても、殺されることはない。


 ただし、勝つことは絶対にできない。

 そういう設定で、ハルトが作ったからだ。


 コイツに負けることで、初めて敗北を味わう兵士や冒険者もいる。


 敗北を知らないということは、それだけ驕りやすいということ。驕りは油断につながり、この世界での油断は死を招く。


 どんな万全の準備をしたところで勝てない敵がいるということを、これからこの世界で戦って生きていく人びとに知ってほしくて、ハルトはこのエリアを作った。


 とはいえ、所詮はこの世界にある素材で作った魔物。さすがにもったいないので、ヒヒイロカネをつかっているわけではない。


 オリハルコンとミスリルで作られたゴーレムなのだが、レベル300のアカリの攻撃力の前には、豆腐程度の耐久力しかないようなものだった。



「アカリ、いいかんじ!」


「す、すごい……」


「テトのあいずにあわせて、アカリははなれたところからデコピンするだけでいいよ」


「うん。わかった」


「あと、なるべくモンスターには、あわないようにするからね」


 アカリはレベル300なので、モンスターを倒してレベル上げをする必要がない。


 襲われた時や、先に進むために避けられない場合を除いて、戦闘をしなくても良いのだ。


「テト、よろしくお願いします」


「まっかせてー」



 ──***──


 その後アカリは、一層目のボス部屋までやってきた。フロアボスは、スライムだった。


 彼女がこの世界に来てから初めてのモンスターとの戦いは──



「えい!」


 アカリがボス部屋に足を踏み入れた一秒後に終わった。


 オリハルコンとミスリルでできたゴーレムが、粉々になる攻撃力なのだ。


 スライムが耐えられるはずがない。


 まるでその場に、スライムなど最初からいなかったかのように、破片も残さずスライムは消滅した。


 離れた場所からデコピンするだけで、身体の破片や血が飛び散ることもなく、モンスターが消滅する。


 血やモンスターの死体を見なくてもよいというのは、アカリの精神的な負担を大きく軽減した。



「アカリ、ナイス!」


「よ、良かった……ちゃんと当たったよ。テト」


「うん。たぶん、したのほうまでいくと、はやくうごくてきがでてくる。だけど、アカリならだいじょうぶだから、おちついてデコピンしてね」


 スキル<神速>を持つアカリにとって、このダンジョンの中にいるモンスターの攻撃や移動の速度など、問題にならない。


 この世界最高速度で攻撃が可能なヒトは、疾風迅雷の魔衣を纏った状態の獣人王レオだが、アカリはそれ以上の速度で行動ができるのだ。


 神の獣であるフェンリルのシロと、同じくらいの速度だった。



「落ち着いてデコピン。落ち着いてデコピン。落ち着いて……。テト、りょーかいです!」


「よしっ。じゃ、つぎのフロアに、れっつごー!」


「ごー!」


 こうして、最強勇者のダンジョン攻略が幕を開けた。



 ある程度の知恵と敵の力を察知する能力のあるモンスターは、アカリの進路から即座に逃げ出した。


 知恵がなく、また運悪く彼女の進路にいたモンスターは、なにが起きたかもわからぬまま消滅した。


 二層目のフロアボス、ゴブリンファイターはその装備ごと消え失せた。


 三層目まで到達したアカリたちだが、彼女らがこのダンジョンにくる数刻前に、三層目の宝箱の中身を全て回収してしまった冒険者がいた。


 ちなみに、運が悪い──というのは、このダンジョンのフロアボスに対するものだ。


 お目当ての宝石が手に入らなかったので、アカリは更に下の層まで攻略することにした。


 フロアを徘徊するモンスターは、知恵や危険を察知する能力があれば、アカリから逃げられる。


 彼女は自分の目の前に現れないモンスターを、わざわざ探してまで倒そうとはしないからだ。


 しかし、フロアボスは違う。

 絶対にアカリと対峙するしかない。


 更に、このダンジョンで宝石が宝箱からゲットできるのは、三層目と十七層目。


 つまり三層目でアカリが目的を達成させられなかった時点で──



 十六層目までのフロアボスの消滅が確定した。

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