第297話 勇者のダンジョン初挑戦

 

 ティナにアイテムを買い取ってもらった翌日、アカリはベスティエ獣人の王国にある遺跡のダンジョンまで来ていた。


 その目的は──



「よーし、テト。宝石をいっぱいゲットするからね! フォローよろしく!!」


「うん。まかせて!」


 最近、冒険者たちの間で、この遺跡のダンジョンには宝石などが入った宝箱が多数設置されているという噂が広がっていた。


 それを聞いたアカリが、資金集め用のアクセサリー作りに利用する宝石をゲットしようと、ここまでやってきたのだ。


 彼女は既に二億もの資金を得ているが、魔王を倒す為の装備を揃えるのであれば、もっとお金はあった方が良いのではないかと考えていた。


 装備などなくとも、ワンパンで歴代魔王を屠れる力があるアカリだが、本人は『自分はただの人間なので、十分に用意してからでないと魔王には勝てない』と勘違いしている。


 彼女が元の世界で最後に読んでいたラノベが、『レベル1で転生した最弱勇者、ひたすらレベル上げして最強レベル99になってから冒険に出かけます』──だったことも、アカリに慎重な行動を取らせる要因だ。


 この世界には蘇生魔法があることをアカリは知っていたが、自分で自分を蘇生させることはできず、一緒に旅をしてくれる仲間も今はテト以外にはいない。


 だから準備を万全にするしかない。


 どんな攻撃を受けても、絶対にダメージを受けないような装備を手に入れよう。もし死んでも、自動で自分を蘇生してくれるアイテムを手に入れよう。


 アカリはそんなことを考えていた。



「お嬢ちゃん。もしかしてあんた、ダンジョンに挑戦するつもりかい?」


 アカリはダンジョン前市場で、遺跡のダンジョンだけで使える蘇生アイテムを売っていたおばさんに声をかけられた。


「えっと……はい、そのつもりです。宝箱からとれるっていう、宝石が欲しくて」


「ひとりで?」


「いえ。この子とふたりです!」

「にゃ!」


 アカリの腕に抱かれたまま、テトが勢いよく手を挙げる。


 彼女の使い魔だということにしているので、テトが話せることがバレても問題はないが、アカリが毎回、説明をするのが大変そうだったので、テトはあまり人前で話さないようになった。


「……はぁ。悪いことは言わない。このダンジョンはやめときな」


「ど、どうしてですか?」


「このダンジョンに入って二層目までは、お嬢ちゃんみたいな町娘でもフラフラできる安心設計さぁね。でもお目当ての宝箱は、三層目以降じゃないととれないんだよ」


 このダンジョンは、ハルトが所有するベスティエにある。そしてこのダンジョン自体も、ハルトがマスターなのだ。


 元は勇者育成用のダンジョンであったここを、ハルトはベスティエの新兵育成用に作り替えた。


 ここはモンスターへの対処方法や、仕掛けられたトラップを見抜いたり解除したりする技術、自分や仲間が怪我をした際の応急処置など、この世界で戦闘職として生き残るために必要な知識、技術を学ぶのに適している。


 新兵の育成に使えるということは、駆け出し冒険者の訓練にも使えるということ。


 ベスティエに近い国の冒険者たちの間では、このダンジョンで冒険のいろはを学んでいくというのが一般的になっていた。



「一層目はモンスターが出ないし、トラップなんかも危険なのはないから、冒険者気分を楽しむにはもってこいなんだけど……三層目までいって、宝石の入った宝箱をゲットしようって思ってるなら、あまりオススメはできんよ」


 そう言いながら、おばさんがアカリの服装を見る。


「そんな格好で三層目まで行こうなんて、どう考えても無謀さぁ」


 アカリはこの世界に来た時、女神からサービスでもらった服のままだ。


 それは一見すると、この世界の町娘が着ている服と大差なかった。


 しかし女神がくれた服が、見た目通りただの服であるわけがない。


 まず基本性能として、ハルトがエルミアのために作ったヒヒイロカネの鎧と同等か、それ以上の防御力がある。


 仮に破れたりしても自動で修復されるし、アカリが望む通りのデザインに変更も可能。


 そして冒険者に必須の『クリーン』という魔法がかけられており、数日間入浴できなくとも身体の清潔を維持してくれる。


 クリーン自体はこの世界で一般的な魔法で、ほとんどの冒険者が使えるが、アカリの服が凄いのは、そのクリーンをということだ。


 ヒヒイロカネの鎧と同等以上の防御力がある時点で彼女の服は、見た目に反して神話級ゴッズ以上の装備だった。



「せめて鎧。それから武器を用意してからいかんとダメさね」


「あっ! 確かにそうですね。じゃあ、ならいいですか?」


 アカリは自らの服を、昨日H&T商会に展示してあった鎧に換装してみせた。


 超直感が使えるようになったことで、困った時にどうすれば良いか、彼女は瞬時に判断ができるようになっていたのだ。


「えっ!?」


 アカリの服が鎧へと瞬時に換装され、おばさんが目を見開いた。


「そ、それは──ドワーフの名工、カザードの鎧!?」


 H&T商会本店に飾ってあったのは、この世界屈指の技を持つドワーフが作った鎧だった。


 道具屋を営んでいるような者たちであれば、誰でも一度は目にしたことがあるほどの名品。


 もちろん、見た目だけ。

 性能はアカリの服の方が格段に高い。


「お、お嬢ちゃん……名のある冒険者とかなのかい?」


「んと。じ、実はそうなんです」


 自分は勇者なのだから、強い冒険者みたいなものだと思ったので、アカリはそう答えた。


「そうかい。それは、余計なお節介をやいちまったね」


「いえ。ご心配ありがとうございます!」

「にゃ!」


「ま、強い冒険者でも何があるかわからんのがダンジョンさね。この『蘇生の護符』は、失礼なこと言ってしまった詫びにサービスしとくよ」


 おばさんがアカリに、護符を渡してきた。


 このアイテムを持っていれば、遺跡のダンジョン内で死んでも復活できる。


 ダンジョンマスターであるハルトが作ったアイテムだ。このおばさんは、ハルトがダンジョン前市場でこの護符を販売させるために雇った従業員だった。


 蘇生の護符は一枚五万スピナする。


 新人冒険者には手を出しにくい価格だが、命には替えられないと、ほとんどの冒険者がこれを購入していく。


 遺跡のダンジョンでは、安全マージンを取りながら慎重に攻略すれば、五万スピナくらいはすぐに稼げるからだ。


「これ、いいんですか?」


「あぁ。うちのオーナーからも、気に入った冒険者にはタダであげちゃってもいいって言われてる。もちろん、ほかの冒険者には内緒でお願い。そんで、次回からはお金をいただくからね」


「わかりました。ありがとうございます」


 もらった護符をカバンにしまって、アカリはダンジョンへと足を踏み入れた。



 この世界でこれ以上ないという性能の装備を身につけたアカリが、装備を手に入れるための、お金を稼ぐための、宝石を得るため──


 つまり、ただただ時間のムダのためだけに、これから遺跡のダンジョンにチャレンジする。

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