第296話 ティナの提案

 

「ハルト様。ご相談があるのですが……今、お時間よろしいですか?」


 アカリがH&T商会を訪ねてきた日の夕方、屋敷でくつろいでいたハルトにティナが声をかけた。


「いいよ。どうしたの?」


「まずは、こちらをご覧ください」


 ティナがハルトの前にあるテーブルの上に、アカリから買い取った七個のアクセサリーを置く。


「おぉ。なんか強い力を感じるね」


「はい。全て伝説級レジェンドのアイテムです」


伝説級レジェンド……俺がみんなに渡してるブレスレットと、同じくらいってこと?」


「その通りです」


 ハルトが作って、家族全員に渡しているブレスレットは、ティナが鑑定したところ伝説級レジェンドのアイテムだった。


 同じブレスレットを持つ者同士で可能な通話機能や転移魔法用のマーカーとしての機能、そして炎の騎士という最上位クラスの魔法を複数入れられる、ありえない性能を持ったアイテムなので至極当然ともいえる。


「それで、これがなんなの?」


「こちらを私のところに売りに来たのは、まだ幼さの残る少女でした」


 アカリはこちらの世界でも十五歳だったが、ほぼ元の世界の姿のままこっちに来ていた。こちらの世界の人族で十五歳というと、成人していてその体つきは十分に大人だと言えるもの。


 もともとアカリの背が低かったこともあり、ティナから見て彼女は、まだまだ子供だった。


「私は、その少女を保護すべきだと思います」


 アカリには両親がいないということを、ティナは聞いていた。アイテムを作って売り、そのお金でテトとふたりで旅をする予定だとアカリが説明したのだ。


「保護? なんで? 伝説級レジェンドのアイテムを作れる子なんでしょ?」


 この世界には孤児が多い。


 魔物に襲われたり、国と国との戦争によって、親を失う子どもがたくさんいる。


 ハルトやエルノール家が世界規模で魔物を駆逐しているが、被害がなくなるわけではない。


 また、ハルトの方針として自分や家族の誰かがそれに巻き込まれた時は全力で対処するが、基本的に戦争にはなるべく関わらないことにしていた。


 H&T商会を通して孤児への支援もしているが、ハルト個人としては全ての孤児を救うことなどできないと考えていた。


 できる範囲で助けはする。


 しかし、自分でなんとかする力がある者にまで、手を差し伸べる必要はない。


 特に伝説級レジェンドのアイテムを作れる少女など、ハルトが助けずとも、この世界で生きていく力を持っているはずなのだ。


 いくら頑張っても、全てを救うことなどできない。


 守護の勇者であった時に嫌というほど思い知らされたから、彼はそう考えるようになった。



「見ていて危なっかしすぎるのです。たまたま私のところに売りに来てくれましたが、もし彼女の価値がほかの商人に知られてしまったら……いいように利用され、この世界に混乱をもたらすのはそう遠い未来のことではありません」


「世界に混乱を──って、そのレベルなの?」


伝説級レジェンドの装備をいとも容易く作り、その価値も知らず、更に私が雇った護衛の監視をすり抜けるような少女です」


 これだけ情報が揃うと、ティナの中にはとある仮説が生まれていた。


「もしかしたら、ハルト様やルナさんと同じ、転生者である可能性もあります」


「へぇ。転生者か」


 少女のことにはノータッチでいようとしていたハルトだったが、転生者かもしれないと聞いて興味を持った。


「ちなみにさ、その子の名前って聞いた?」


「はい。商会の私の部屋には、監視用の水晶も設置していますので、その子の顔も確認していただけますよ」


 そう言いながらティナは、映像が記録されている魔具を取り出し、ハルトの前の空間に今日、彼女を訪ねてきた黒髪の少女の姿を映し出す。



「彼女の名前は、アカリさんです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る